01 効きすぎじゃないの?
幸い、そのまま俺が消えるようなことはなかった。
ただ、どうも身体の調子が悪くなって……レナの祈りでも治らない。
深刻な状態ではなくて、ちょっとだるいとか、朝にふらつくとか、寝不足が続いた程度のことだ。でも転移してきてからはかなり無茶をやっても全然元気だったから、俺も自分で驚いてる。
いつだったか『地の文』が言ってたみたいに、本当にメンタルからきてるってことも考えたけど、「じゃあ気にしないようにすれば治るよね!」って簡単に行くもんでもない。
気になっていることはいくつもある。
ひとつには、『地の文』が本当にあれで物語を終わらせたのであれば「アーサー」はどうなるのだろうということ。
もうひとつは、「俺」、それとも「私」のこと。
魔王を倒せば俺が元の世界に戻れる、というのは『地の文』が言ったことだ。
あいつが打ち切りみたいに幕を引いたとき、「アーサーは元の世界に戻ることだろう」という内容のことは言わなかった。
もう、魔王を倒しても、俺は帰れないかもしれない。
そう思うと……もしかしたら、魔王を倒そうという気持ちになれない、のかもしれない。
自分のことなのに、はっきりしない。変な気分だ。
最悪、帰れないことも考えた。レナやジャレットと、ここで生きて行くことを。
そんなに悪い話ではない。ネットもスマホもゲームもライブもイベントもないことや、元の世界の友だちに二度と会えないこと、親を泣かせるかもしれないこと、なんかを除けば。会社に迷惑をかけることは……まあ、悪くは思うけど、そこまで愛社精神はないから……。
帰るとなったら、レナとお別れだもんな。それもつらいし。……ありなのかもしれない、アーサーとして、男としてここで一生を過ごすのも。
もう可愛い服とか着られないのかな。いや、男だって可愛い服を着ていいんだけど、そういうことじゃなくて。素敵だと思って買ったあのシャツもワンピも、ろくに袖を通してない。「アーサー」に似合う可愛い服って何だろ……着痩せするから王子様みたいなひらひら服も案外いけるかも……。
私――俺の思考はどうもふらついて、自分のやりたいこと、やるべきこと、目標、望み、いろいろと混乱してしまってた。
「……アーサー。少しいいかしら」
『地の文』の気配がまた消えてから、十日が経った。
俺たちは魔王城があると言う国境の先を目指して北上していた。
魔王の襲撃の情報なんかはない。もともと、そんな頻繁に被害がある訳じゃないから、「倒してくれるなら有難い」くらいのノリなんだしな。
それでも拠点が近くなると純粋に魔物の数が増えてるのか、エンカウントバトルはまた多くなってる。
俺はただ、剣を振るいながら先へ進んだ。
帰れるのかは判らない。でも、いまの俺にできることはそれしかない。魔王を倒して、それでも帰れなかったら、そのとき考えればいい。
そう思えるくらいには落ち着いているつもりだ。でも、不調は抜けない。
十日の間にはシノンが姿を見せる一幕なんかもあったんだが、『地の文』はだんまりだった。空を飛ぶあいつにジャレットの風術がめちゃくちゃ効果あったとか、あいつ、書きたかったんじゃないの。露出高い女妖魔のエロ方向にきわどい発言とかも、俺は嫌だけどあいつは好きだろ。
あいつが描写するとしたら……どんな?
「シノンは相変わらず裸体に小さな布切れだけをまとって彼らの前に現れた」?「『少しは魔王様に勇者が戦うところをお見せしましょうか』『終わったら今日こそイイコトしましょ、どうしてもって言うなら神女ちゃんも一緒でいいわ』」。ここは最悪だった。俺だけならまだしもレナを巻き込むのは罪。
「上空から魔物たちを指揮してアーサーたちを翻弄するシノン。しかしそこに、ジャレットの風術が飛ぶ!」とか。あいつ好きだよな、「!」。
シノンも心得たもので、ジャレットの射程や射線にはしっかり気をつけてたが、風を起こされると単純に飛び回りづらそうだった。
そうそう、シノンに「風術士クンは、アタシの服でも狙ってるの? 見たいのね、男の子」なんて茶化されたジャレットは簡単に動じちゃって、標的を外しまくってた。お前がやる? ラノベ主人公。
ああ、それから――動揺したジャレットが、普段なら絶対外さないようなでかい敵を払い損なって、俺がヤバかったとき。
ほんとビビったんだけど、俺が握ってたワーストエンドの柄、そこにある月光石からすっごい光が出て。それで魔物が溶けるみたいになったんだよ!
これは俺も「!」をつけるレベルの驚きだったよ!
レナは「聖なる光」って言ってた。俺だから出せるものだけど、自在に出せるものではなくて、月神の守りの部分が凝縮した……何て言ってたかな、『地の文』が好きそうな単語だった。何だっけ、「ルクス」って入ってた。光って意味だよな。
そうだ、ルクスアンチノミー! 何? 判んないけど、光で敵を倒すみたいな? 光の二律背反、とか言ってた気がする。何?
てかさ、勇者の聖剣を使った新必殺技みたいなの、書かない理由ある?
あいつだって絶対好きだろ。ド王道シーンじゃないか。
それでも『地の文』は何も描写しなかった。
本当にもう書くのをやめたのか。
街道の魔物たちには、ジャレットの新しい強力な魔杖の力でそうそう苦戦はしなかったが、俺の動きは自分でも判るほど精彩を欠いてた。レナにもずいぶん、癒やしの術を使わせちまったな。
そんな冴えてない夜、野営で火の番をしていた俺に、レナが声をかけてきたんだ。
何となく気まずい気持ちになったのは、仕方ないと思う。
「――悪いな、足引っ張っちまって」
俺は、あんまりよくない言い方をした。こんなふうに言ったら、レナは「そんなことない」って返してくれるに決まってるんだ。俺はそれに甘えて……。
「は?」
彼女はきょとんとした。
「どうしたのアーサー?」
「え」
「やだ。そこまで自信喪失してたの? 嘘でしょ、効きすぎじゃないの? 呪い」
「呪い?」
今度は俺がきょとんとした。え、俺、呪われてるの?




