05 そこまでは俺の想定内で
【シノンの雰囲気が変わった。妖しかった笑みは冷たくなり、手招く指先には黒々とした爪が尖る。】
「痛めつけると言われて出ていくような趣味はないが」
そんなふうに返したときだ。俺の耳に微かな音が聞こえた。おそらくシノンには聞こえていないはずだ。
躊躇はなくもないが――ええい、何とかなれ!
俺は思い切り踏み込み、ワーストエンドをシノンに叩きつけようとした。
「なっ!」
俺がのらりくらりと逃げ続けると思ってたんだろう、シノンは反応が遅れた。
人型はあんま斬りたくないけどこれは魔物! 魔物だから!
【アーサーの攻撃!〈ワーストエンド〉がうなる! シノンはヒラリと身をかわした!】
くそっ、速え! 届くと思ったのに! てか古いゲームか!? 突っ込ませんな、いま忙しいから!
【シノンの攻撃!〈雷疾風〉! アーサーの手が痺れた!】
おい!
シノンがぱっと手を振ったら実際俺の手は痺れた。剣を落とすほどじゃないが、扱いづらい。
「驚いた、そんな――」
シノンが何か言おうとすると同時に、隣室の扉がでかい音を立てて開いた。レ
【隣室から姿を見せた人影が杖を大きく振ると、鋭い風が走った。】
ナ……じゃなくて、え、ジャレット? なんで?
「ち、術士を呼んだの。ここじゃ不利ね」
【目に見えない妖術の盾を張ってそれを防いだシノンは、舌打ちをして右手を複雑に動かした。】
「転送術!?」
レナの驚いた声が……ジャレットの背後から……え、何で? ジャレットは別の宿を取ったろ? なのに、俺が部屋に入ったあとにこっそりやってきて、レナの部屋に? いままで、ふたりで、同じ、部屋に?
「アーサー!」
レナの声と共に痺れを治す術がきた。俺が固まったのが、シノンの妖術のせいだと、思った……?
「またね、アーサークン! 次はきっとイイコトしましょ!」
【シノンはそのまま、煙のようにかき消えた。】
俺は「断る」とも「キモい」とも出てこないまま、呆然としていた。
「……アーサー? 動けるわよね?」
レナが不審そうに声をかけてくる。俺は剣の切先を揺らした。
「……何でジャレットがレナの部屋に?」
落ち着いて尋ねようと思ったが、声にトゲが出た。
さっき音を立てたのはレナだ。あれは、レナの特徴的なノックだった。
俺が誰かと話している気配は隣室に伝わっただろう。彼女はシノンがやってきたと知り、俺に「反撃の準備ができた」と知らせてくれたんだ。
実際、痺れのデバフは俺に入ったが、〈月の護り〉のおかげで怪我はしてない。だからそこまでは俺の想定内で……何でジャレットが……?
「何でって」
「呼ばれたから」
「呼んだからよ」
ふたりの返答がハモった。
「大した神女だよな、レナは! どうやって俺を呼んだと思う? 扉から出られないなら窓だ、って飛び出して、隣の宿にいた俺を叩き起こしたんだよ」
「え……」
「アーサーが時間を稼ぐつもりだと判ったもの。ジャレットの風術があればシノンが外に出ても対抗する手段になると思ったんだけれど、転送術まで持っているとは思わなかったわ」
ジャレットはレナを賞賛し、レナは悔しそうだった。
え?
「どうしたんだ、アーサー。剣を持ったまま……あっ!」
ジャレットが小さく叫ぶ。
「ちちち違うぞ!? 誤解してないよな!? 俺にNTRの趣味はなくて」
「えぬ……何?」
「……誤解? いや、まさかお前たちができてるなんて思う訳ないだろ」
よ、よかった。
よかったー!
レナは最高の女の子だ!
俺は崩れ落ちそうになるのを何とか堪えながら聖剣を下ろし、「変なこと言うなよ」という顔をしてみせた。成功してたかは知らん。
「えぬ……というのは何?」
「な、何でもな……」
レナが知的好奇心で尋ねている。ジャレットはしどろもどろだ。
知らない言葉をそのままにしないのは偉いよな。……さっきの『地の文』の、秋波だっけ? 無事に帰れて覚えてたら俺も調べよう。
「ジャレットの生まれた地域の方言か、それとも人に言いづらい隠語か? 気をつけろよ、聖女様の前だぞ」
俺はその用語を知らないふりで、フォローめいたことをしてやった。フォローになったかも知らん。
「そ、そう。方言。ちょっとよくない意味。ははは」
ジャレットが空気を読まずに説明しはじめたら殴ろうと思ったが、彼は俺のパスを受け取ってごまかした。「よくない意味」と思う理性があるなら許す。
「まあいいわ、今日はもう休みましょう。こんなところでいつまでも騒いでいたら迷惑よ」
「お、おう」
「結界は張ったから」
「ありがとな」
「ジャレット、窓から戻れる?」
「深夜に窓から出てくの完全に間男だが……いやすみません勇者様、何でもないです!」
「まおとこ」? これも聞いたことないな。でも何となくニュアンスは判った。俺は軽く睨んだあと、苦笑だけで済ませてやることにした。
「よし、じゃあレナの結界に感謝しながら休むとしよう」
【戦闘は回避。そしてアーサーたちは解散して寝た。】
そこで『地の文』が呟いた。「呟いた」ように感じた。
実際、バトルは回避したし、解散するところだが――俺は顔が引きつりそうになる。
さっきの戦闘描写も雑だった。一応やる気はあるのかと思ったけど、今度はまた、こんな突き放し方。
やっぱ『地の文』の様子は、どこかおかしい気がする。
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