03 ラブコメにしても酷い
『地の文』とこの世界の関係については何度も考えたが、答えは明確じゃない。
いちばん判りやすいのは、「誰かの書いている小説の世界」で、その誰かが書いた通りになる。言わば「誰かの想像した、虚像の世界」。
俺自身は『地の文』を無視して行動できると思っているが、その後に、不自然であろうと整合性は取られる。「この世界は書かれた通りになっている」と言える。
もうひとつは、この世界はこの世界で実在しており、誰かの妄想とは違うが、何らかの理由でリンクしている。『地の文』が先かこの世界が先かは、鶏が先か卵が先かみたいなもんで、神様以外には判らない。
俺は、どちらかと言えば後者なんじゃないかと思ってる。思いたい、というのもある。レナが「誰かの妄想」だというのは受け入れがたいからだ。
と言ってもそれだけじゃない。俺が感じてるのは、「『地の文』が描写していない部分もきちんと存在する」ということ。
さっきの消火活動なんかがいい例だ。『地の文』はそんなことがあったと匂わせもしていない。
「勇者の冒険譚」っぽくはないから、じゃない。あいつはこれまで、「路銀が足りなくて稼ぐ」みたいなシーンも書いていた。「格好つかないから書かない」みたいな対応じゃなかった。
俺は、『地の文』が書かないことは『地の文』が知らないだけだ、と考えてる。
ワーストエンドがあった村の名前、〈月の民〉がどうとか言ってたお爺さんの名前、そういったものも「出てこなかった」が「名前がない」訳じゃない。『地の文』はそれを描写しなかった。知ろうとしなかった。物語には必要なかったから。
そして何より――全く出てこないのが「アーサーの転移前」のこと。
必要最低限の描写はあった。「アーサー」のような強靭な肉体ではなかった、「勇者」に憧れていた、元の世界に戻るために魔王を倒すことを決意したなどなど。
でも肝心のこと――「アーサー」が転移前は女である、ということを『地の文』は語らない。演出的に「隠している」んじゃない。「アーサー」と同年代だが貧弱な体に自信が持てない「少年」だとはっきり言っていた。
俺も転移前の身体にそんなに自信はないが、「少年」でないことは間違いない。
この大きな不一致が示してると思うんだ。
この世界と『地の文』はリンクしているが、『地の文』によって作り出されてはいない、と。
それでも俺が「『地の文』は厄介だ」と言い続けるのは、この世界について書かれたとき、その影響力はほぼ確定と言えるほど、半端ないからだ。
エレナ、レナ問題。
名前による呪いを消すために俺が叫んだ「エレナの本名はレナ」を『地の文』が「採用」した瞬間、彼女は生き延びたが、俺たちの過去が一部改変された。俺はエレナから本名を聞いていたみたいになった。聞いてなんかないのに。
だから、『地の文』がジャレットを転生者だと言うならあいつは転生者だし、ユウオがスパイなのも間違いない。
ただ、これまでは「小説という体裁」「小説としてのギミック」を大事にしていた『地の文』が、この数日、妙に壊れてる。
設定や新キャラだって盛り込みすぎだ。せめてジャレットが完全に仲間になってからユウオのエピソードをはじめるべきだろ。
俺はそうしてぐるぐる思考を巡らせながら、宿のベッドにいた。
あのあと、笑いが生じたタイミングで俺は半ば強引に「食事会」を締め、明日の集合を決めた。心なしかジャレットはほっとしたようで、レナは何か言いたそう、ユウオの感情は全く判らなかった。
それからジャレットが俺を公衆浴場に誘ってきて……これはヤバかった。ひとりで行く分には周りを見ないか、見ても忘れることにすればいいが、知人となるとそうもいかない。見たくないよ、知り合い(男)の全裸なんて……。
身体を洗いたくはあったから、何とかごまかして時間をずらし、切り抜けることができた。
でもジャレットとパーティを組むってことはこういう問題が出るんだな。毎回断るのも不自然だし、何か理由を考えないとな。
リスク管理の観点から無防備になる時間はずらした方がいい……とか。うん、悪くないぞ。
レナと話す時間を取ろうと思ってたが、そんなバタバタで約束し忘れた。彼女も風呂に行って、もう寝るところだろう。朝、早めに少し相談を――。
【トントン。宿の部屋に戻り、休もうとしていたアーサーの耳に戸を叩く音が聞こえた。】
……ん?
「アーサー開けて。私よ」
俺は身を起こした。
これは……。
【レナの声だ。そう感じたアーサーの脳裏に、様々なことが浮かんだ。主には、「夜にレナが俺の部屋へ? まさかとは思うがもしそういうつもりだったら女の子から言い出すのは勇気が要るだろう、俺がリードしてやろう」というようなことだ。】
阿呆か!!
ラブコメにしても酷い!!
「アーサー」がそんなこと考えてるって扱いされるのもヤダ!!
それにレナなら昨夜もきたが!!
暴れそうになったが、深呼吸をして心を落ち着けた。
――これは『地の文』が全知じゃない状況証拠のひとつとも言える。
『地の文』は知らない。
俺の部屋を訪ねるとき、レナが必ず特徴的なノックをすることを。
つまり、ドアの向こうにいるのは。
俺は聖剣を手にした。
「アーサー、開けて。寝ちゃったの?」
呼吸を整え、俺はそっと扉へ向かった。
「アーサーってば。こんなところでいつまでも待たせないで。女の子に恥をかかせる気?」
レナがそんなこと言うかあ!
俺は取手を掴むと勢いよくそれを開けた。
「あらっ、びっくりした。おどかしちゃった? 入れてちょうだい、アーサー」
そこには顔をレナに似せた魔物がいた。方向性としちゃ似た顔立ちだけど、半年以上寝食を共にしてる俺が間違えるレベルじゃないぞ。舐めんなよ。
「聞いたことはあるけど本当なんだな」
「なあに? 早く入れて」
「――魔物は、招かれないと、部屋に入れない」
「……あら」
「似てねえよ。帰んな、シノン」
聞き覚えのある声に、俺は唇を歪めた。
オカルトもので時々ある。魔とは知らずに招いてしまったせいで悲劇が……みたいなヤツ。
設定はいろいろなパターンがあるが、この場合だとおそらく「宿屋」という個人のものではない建物には入れて、「個室」というプライベート空間になると招待が必要、ってとこかな。
「嬉しい、すぐ気づいてくれるなんて。好きになっちゃいそ」
【レナ、いや、魔物はくすくすと笑いながら変化の術を解く。そこには見慣れはじめた女妖魔の姿があった。】
俺は瞬時に剣を抜いた。
【勇者の反応は素早かった。彼はいつしか手にしていた聖剣〈ワーストエンド〉を鞘から引き抜くと、魔物に突きつけた!】
「うふ、激しいわね、若いわぁ」




