07 「決定」か、それとも「演出」
「聞いてくれて有難う。もう寝るわね。魔物退治の仕事はあるはずだから、明日は少し稼ぎましょうか」
「そうだな、魔石が出たら運がいい」
例の魔石設定を受け入れることにして、俺はそんなふうに言った。『地の文』も新しい設定使いたいだろ?
「おやすみなさい、アーサー」
「ああ、おやすみ、レナ」
……ちょっとだけ甘やか。これくらいの空気は、俺も好き。
俺は彼女が隣の部屋に入るまで見送って、それから扉を閉めた。
待てよ、ジャレットが同行することになったら……ここに「おやすみなさいジャレット」が加わるのか……やっぱりあいつ置いてくか?
―*―
【翌朝は快晴だった。ジャレットは朝食を済ませてアーサーたちに合流し、住居を引き払ってきたと話した。】
「まだ試用期間だと言ったよな?」
俺はしかめ面で確認したが、ジャレットは判ってると手を振った。
「必要ならまた探すさ。ただ、もし今日急に発つことになって連絡なしに出てったら、大家のおばあちゃんに迷惑かかるだろ」
……何だこの気遣い魔人。
「ま、『勇者の仲間になって将来安泰』と思ってる訳じゃなきゃ、それでいい」
「はは、危険は承知だよ」
「ジャレット、少しいいかしら」
レナが軽く片手を上げた。
「実戦が起こる前に、ひとつ。あなた、〈月神〉の癒やしを受けたことはある?」
「あ? どうかな、ガキの頃に祝福受けたとかはあるかも」
【記憶にはない、とジャレットは答えた。レナはうなずく。】
「そんなことだろうと思った。ちょっと手を貸して」
「手?」
【ジャレットが差し出した無骨な手にレナの白く細い指が触れた。】
……ちょっとイラッとするな。『地の文』の書き方にだぞ。これは、確認のためだと、俺は知ってるからな。
「――どう?」
「おっ、何かちょっと暖かく感じる。これが癒やしか?」
「よかった。効果あるわね。〈太陽神〉側の力が強いと、上滑りするみたいに〈月神〉の祈りが流れていってしまうことがあるから」
そうそう。俺も最初に見てもらった。俺は術士じゃないけど、癒やしのかかり方は確認しておきたいからって。
……長くないか? 触ってる時間。ジャレットが誤解したらどうすんだ? あ、離した。よし。
「でも、俺は後衛だろ? レナの癒やしは全部アーサーにとっとけよ」
俺の心配をよそに、ジャレットは爽やかだった。
「お前、いいヤツだな」
軽口半分で返した俺だが、本当にいいヤツそうで困惑している。これがフリで、逆転してくるならいいんだが。いや、よくないな。いいヤツの方がいいに決まってる。
「後衛だからって安全じゃないわよ、魔物にだって妖術使いはいるんだから」
「あー、それもそうか」
「参戦、考え直すか?」
「そんなに追い返そうとしないでくれよ」
傍目には、わりといい感じの三人パーティに見えただろう。タンク、後衛アタッカー、ヒーラーというロールバランスだけじゃなく、打ち解けている友人、みたいな。
果たして俺たちはその通りの仲間になるのか、それとも……。
―*―
【アーサーたちは、最近魔物がよく見かけられるという場所に向かうことにした。事前に、街道警備の詰め所で仕事を請け負う。】
街道警備隊っていうのはその名の通り街道の治安を保つ存在だけど、対獣や対人がメインで、対魔物は流れの戦士に依頼することが多い。
警備隊はたいてい、自警団みたいな感じだ。つまり「慣れた素人集団」で、反応の読める相手にはわりと強いが、例外や突発事態に弱い。魔物は動きが速かったり、パターンを読むことが困難だったりするので、戦闘で食ってる戦士の出番になる。
俺は対人は無理だから……無理って言うか、人間を斬るのはさすがに抵抗があるんだ。
と言うのも、俺は基本的に帰るつもりでいるからな。異世界であろうと勇者であろうと、人間を斬ったあと現代日本に戻って以前の通りに暮らせる気はしないのよ。
最悪、この世界で生きることになったなら、この世界の価値観でいいよ? 悪党をガチでたたっ切るとかも、どうしても必要だって言うなら頑張って馴染むよ。でもさ、帰るつもりでいる以上はなるべく避けたい訳よ。
だから助かります、魔物狩りで稼げるの。
【これまでもアーサーは多くの魔物を屠ってきた。彼の転移前の知識がさまざまな魔物の生態や戦術を見破り、転移後の強靭かつしなやかな肉体が思い通りの動きを可能とするためだ。】
……何か照れるな。
最初の頃はショックが強くて、肉体について『地の文』に触れられると泣きそうだったが、もうすっかり馴染んでしまった。これはこれで怖い。どうしよう、元の世界に戻っても男の挙動をしちゃったら。
【そして、いまや近い知識を持つジャレットもいる。彼らは最強のコンビになるだろう。】
さて。
いまのは「決定」か、それとも「演出」?「最強のコンビになるはずだったのに何らかの事情で巧くいかない」って展開の伏線みたいな?
俺は『地の文』が調子よく書いているのか、ニヤニヤして伏線を仕込んでいるのかを見極めようとしたが――もちろん無理だ。だいたい、いまはそのつもりでも、あとになって「やっぱやーめた」ができるヤツなのだ、『地の文』は。
【伝えられた小さな森の奥に向かった彼らは、辺りの様子を確認した。一見したところ、普通の森だ。風は柔らかく吹いて木々を揺らし、葉の擦れる音が心地よい。】
警備隊によると、出てくるのは小鬼タイプ。亜人も人型に近いと抵抗はあるが、小鬼は明らかに人間ではないので、何とか戦える。切った感触も生々しくないしな……本当にこれは魔物のいいところ。
「静かだな」
【ジャレットはキョロキョロする。】
「根城がある、みたいな感じじゃなさそうか」
【縄張りに足を踏み入れた途端襲ってくる、といったことはなさそうだ。】
「いや」
俺は小さく言った。
「油断するな。――鳥の声がしない」
【勇者の一言に神女と風使いは杖を持ち直した。と、そのとき。】
「くるぞ!」
俺も腰の剣を抜いた。聖剣……ワ、ワーストエンド!
【アーサーが聖剣〈ワーストエンド〉を抜いたのと、鬨の声が響いたのはほぼ同時だった。細い木々の陰から、その木よりも細く小柄な魔物たちが飛び出してきた。】
三、五……六体! 少し多いな。
サイズ的には子供くらいだが、頭身が違う。頭がでかすぎる。あと、手足が小枝みたいに細くて、目が虫みたいな複眼。小鬼と言うだけあって頭のてっぺんにツノも一本生えている。
うーん魔物。行けます、これなら!




