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敵は魔王より『地の文』だって?~勇者アーサーの不本意な戦い~  作者: 一枝 唯
第1話 『地の文』のネーミングセンスを疑う

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03 全然かっこいいだろうが!

【エレナは神の使いだが、現実の力――金の力もよく知っている。旅には金がいるのだ。勇者の善性だけで食ってはいけない。】


 そうそう。金は要るんだよな。旅の初期にいくらかは資金ももらったんだが、宿代や飯代、装備の手入れ代であっという間に消えた。勇者様なんて言われても、魔物退治で稼ぎながら旅をしているのが実情だ。

 ……ん? 勇者の善性だって? それも何かこそばゆいからやめてほしい。


「あ、あの、本当に困っていて!」


 女の子はエレナのガードを超えて俺と目を合わせようとした。なかなかガッツがある。嫌いじゃない。


「聞くだけ聞いてみよう」


 俺はエレナを取りなすふうに言った。エレナも仕方なさそうにうなずく。


 が、不満ってことじゃない。彼女も〈聖なる勇者〉様の評判は落としたくないからだ。

 これは「勇者の言うことを聞くふり」。勇者が連れの言いなりじゃ、格好がつかないもんな。半年のつき合いで、エレナの考えや対応もかなり判るようになってきた。


【エレナが引き下がると、村娘はほっとした顔でアーサーの正面に立った。歳の頃は十五、六だろうか。まっすぐな黒髪に黒目、はっきりとして整った顔立ちをしており、こう言っては何だが「田舎娘」らしくはなかった。】


 失礼だなこいつ。容姿についてどうこう言うのも、「田舎」を馬鹿にするのも。

 ……そういや俺やエレナはどんなふうに表現されてたっけ?


【アーサーは、やわらかい茶色の髪と明るい茶色の目を持ち、決して美男子とは言えないが〈聖なる勇者〉として許容できる範囲の外見をしている。そこに勇者としての自信が加わることで、まあまあ見られる若者だ。】


 おい! 全然かっこいいだろうが! イケメンとは言えるほどじゃないのは同意するけど、俺はわりといいと思ってるぞ!


【傍らのエレナは長い銀髪に縹色の目をした、儚げな美少女である。口を開かなければ、だが。】


 こらぁ! エレナちゃんになんてことを! 何を喋ったところで彼女は美少女だろうが!


【そうした印象的な三人が何やら語らっている様子は、広くない食事処で人目を引いた。「何だ?」「勇者らしいぞ」などという囁きも聞こえてくる。アーサーたちはその場を離れることにした。】


 それには賛成だ。俺は席を立ち、ふたりについてくるよう促した。


 ……さっき、反射的に「エレナちゃん」って考えちまったな。気をつけないと。男が女の子を「ちゃん」付で呼ぶなんてキモいと思われる。……女の子同士じゃないんだから。


 わ――俺はそっと首を振った。

 もうだいぶ、いまの状況に慣れたつもりなんだ。


―*―


 『地の文』は、転移したそのときから俺を実況してる。これは、「聞こえる」と言うよりは「見える」に近い。


 かと言って、文字が宙に浮いているとか、頭に浮かぶと言うのでもない。

 集中して文章や字幕を読むとき、読んでいるという自覚もないまま頭に入ってこないか? あれに似ている。「意味」が一瞬で頭に入ってくる感じだ。

 伝わらなければ、まあ、「頭に浮かんでくる文章を素早く読んでいる」と思ってもらってもいい。同じようなもんだ。


 これまでに試して判ったのは、必ずしも『地の文』は絶対ではない、ということ。もし『地の文』が「アーサーは立ち上がった」と言っても俺は座っていられる。強制的に不思議な力が働いて立たされるというようなことはない。これは助かる。


 で、そのあと必ず、強引に整合性が取られる。

 「いや、立ち上がろうとしたが、考え直した」みたいに追加される感じだ。


 ただ、それはあくまでも「俺の」行動に限られる。エレナを含む周囲について、『地の文』が言うことは確実だ。たとえば、食事処の今日の定食は魚だ、みたいなささいなことから、このあと突然雨が降る、といった天候のことまで、違っていたことはない。

 だから、エレナは俺に恋をしないと言われればそれは間違いないし、俺たちの間でラブコメははじまらない。


 別に、それがつらいということはない。俺はエレナのことが可愛いと思っているし好ましくも思っているが、仮に脈ありだったとしても、俺が女の子とつき合うみたいなのは……難しい気がする。


【村娘シノンの依頼は、想像から外れないものだった。即ち、村に魔物が現れて負傷者も出ているが、去年の不作で村に余裕がなく、旅の戦士を雇うようなことができない。魔王と戦うべく研鑽している勇者様ならこの苦境を救ってくださるのでは――という類だ。】


 わりとある。これまでも、ちょくちょくそういう頼みごとはあった。俺はサブイベントみたいなもんだと思って引き受けていた。経験にもなるからだ。

 でも、エレナがそこに待ったをかけた。俺が腕を磨くことも大事だが、無報酬では危険と割に合わないと言うのだ。

 確かに、サブイベ、ミッション、お使いクエスト、その手のものは経験値のほかにゲーム内通貨とセットだよな。装備を買うにもガチャを回すにも石は要る。俺も納得した。


 なおこの世界では基本的に「オル」という単位が使われていて、だいたい十オルが百円くらいのイメージ。細かい単位や大きな単位もあるんだけど、日常生活はオルで済むことが多い。


「お金は、少ししか出せないんですけれど」


【シノンは目を伏せながら自分の財布を取り出した。薄汚れた布袋で、中身が入っていそうには見えない。】


 失礼……とも言えないか。立派な財布じゃないのは事実だ。


【彼女が出してきたのは、小さなオル貨が数枚だった。エレナが額を押さえる。】


 うーん、まあ、これだと数千円ってとこかな。そりゃ命がけのバトルとは割に合わない。


「で、でも、聞いてください! 勇者様に相応しい剣を差し上げます!」


 きた!


【微妙な空気を感じ取ったか、シノンはそんなことを言った。アーサーは疑わしいと肩をすくめる。】


 いや、お前さっき「手がかり」って言ったじゃんよ。


 こんなふうに俺が内心でどれだけ毒づいたり、ヒントを見出したりしても、それは『地の文』には反映されない。

 罵倒しても、逆に媚びて褒めまくっても、何も反応がない。『地の文』は俺の行動を見てはいるが、内心は判らないらしい。


 ただ、妙に波長が合うと言うのか、俺が思い浮かべた疑問に答えが返ってくるみたいなときもある。たぶん、同じ映画を見て同じツッコミを入れるって感じだな。

 いや、俺は出演者側だし、向こうは制作側だが。


 と言っても、この世界が誰かの書いた小説の世界なのかって言うと、はっきりしない。


 もしかしたら、この小説はいまこの瞬間に書かれていて、俺の様子を見ながら実況してるのかもしれない。だから、「アーサーは立ち上がった」のあとに「考えを変えて座り続けた」みたいな、不自然な流れになるのかもしれない。


 それとももしかしたら、この世界はこの世界で存在していて、誰かがそれを感じ取って小説にしてる、その『地の文』が何故か俺に届いてる、そんな多層構造なのかもしれない。この世界とどこかの小説がリンクしている、みたいなイメージだ。


 本当のところはさっぱり判らない。転移の際に神様が俺に教えてくれるようなことはなかった。


 でも、俺にはこの世界はリアルに思える。そりゃ、俺という「転移者」に都合のいいことも多いし、「設定」みたいな気配を感じ取ることもある。それでも、手触りとか、匂いとか――何より、エレナは俺にとって、本当に存在している仲間だ。


 とにかく、どういう仕組みであれ、主人公――だよな?――に地の文が伝わるというのはたぶん一般的じゃないだろう。ここに俺の活路がある。つまり、誰かの決めた「アーサー」の言動をなぞるだけの人形じゃなくなる訳だ。


 ……判らんけど。たぶん。


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