01 俺だってこっそりやったもん
「その男」には、俺から声をかけた。
さすがに無視はできなかった。って言うのは、『地の文』のネタバレのせいじゃない。
街道を歩いていたらバサバサ、ガサガサ言う妙な音が聞こえたんだ。
魔物かと警戒しながらそちらに向かった俺とレナの前には、ぶつぶつ言いながら風術を試している男がいた。細い木なんか一撃で真っ二つにしてて……けっこうな威力だった。
それだけでも声をかける価値はあったし、加えて、もし『地の文』がバラしてこなかったとしても、この時点で知れたんだ。
男が小声で「バギクロス」だの「エアロガ」だの呟いていたから。
……まあ、気持ちは、判らないでもない。正直、俺だってこっそりやったもん、水の呼吸。
「アーサーだって? まさか、〈聖なる勇者〉か?」
俺が術を褒めてから名乗ると、相手は目を見開いた。年齢は俺より少し上、二十代半ばくらいだろうか。体格はがっしりしていて、偏見めいた言い方になるが、術士より戦士と言われた方が納得しそうな雰囲気だった。
「ええ、陛下より〈勇者〉の称号を賜ったのみならず、聖剣を抜くことのできるただひとりの人物で、魔王を倒す運命にあるという〈聖なる勇者〉その人です」
すっとレナが進み出る。俺が自分で「はい、勇者です」と言いたがらないのを知ってフォローしてくれているのだが、少々過剰だ。俺は鼻の頭をかいた。
「へえ……」
【男は、アーサーとレナを無遠慮に眺めた。】
俺を値踏みするのはいくらでもしていいが、レナに変な目を向けたらただじゃおかないからな。もしこいつの目線がレナの身体の上で止まったりしたら、『地の文』がどう言おうとこいつを仲間になんてしないからな。
「いいな、いかにも『勇者様と聖女様』って感じだな!」
【そんなことを言って笑顔になると、男は親指を立てる。ニッと笑った様子は人好きのする雰囲気で、「悪い人じゃなさそう」って感じ。】
『地の文』がまた少々雑になったが、言わんとするところは判る。確かにちょっと無骨そうなイメージが笑顔で解消された。
「私は勇者より同行を許されている一神女であり、聖女と言われるような立場ではありません」
レナが静かに訂正する。俺にとっては聖女様だし、俺がついてきてもらってるんだけどな。でもこの辺はレナのやり方に任せた方がいい。俺は腕を組んで「その通りだ」と思っている顔をした。
それにしても「勇者様と聖女様」か。この世界でもそんなおかしな言い方じゃないけど、転生者っぽさが強い。
「俺はジャレット。風術が使えるんだが、これまで巧く使えてなくてな。最近コツを掴んだんで、練習を重ねてたとこだ」
男は名乗って、そんな説明をした。
名前の元ネタは判らないな。よくある名前って感じじゃない。
「ジャレット」には、「アーサー」「ワーストエンド」「シュヴァルツ」みたいな判りやすさはないもんな。「エレナ」「シノン」みたいに、意味より響きで考えられた感じかな。「ソルト」は……悪いけど、たまたま目に付いた単語だと思う。
だとすれば、こいつはモブじゃない。いや、ソルトさんがモブだと言うんじゃないけど。
【ジャレットは、最近、前世の記憶を取り戻したところだった。ゲーム知識のおかげで風術の使い方を理解し、急速に上達している。】
『地の文』のネタバレ解説が入った。
成程……調子に乗って有名呪文を唱えてたと言うよりは、イメージしやすくて使ってたってことかな。
――俺たちみたいに、ある日突然異世界に降り立っちゃうこの手の現象は、主に「転移」「転生」「召喚」の三種類らしい。俺はあんまり詳しくない……評判作をちょっと読んだりはする、くらいのライト勢だが、友人に創作ガチ勢がいるんで、話を聞いたことがある。
俺は「転移」。俺の場合は「気がついたら異世界だった」だが、何か明確なきっかけがあることも多い。トラックにはねられるとか。そのままの身体や精神が別の世界に行き、何らかの活躍をしてそのままそこで暮らしたり、帰ってきたりする。
ジャレットはどうやら「転生」。これは、元の世界ではどういう事情であれ、亡くなっている。トラックにはねられたりとか。その魂が異世界で生まれ変わって成長するが、何かの拍子に前世を思い出し、その記憶を使って活躍する。
あとは「召喚」。これは明確に、指名して呼び出されるパターン。聖女とかに多いらしい? あと猫の世界とか? よく判らんけど、友人はそんなことを言ってた気がする。少なくともいまのところ周りにはいない。
「あんたたちはふたり旅なのか? ほかに仲間は?」
レナがちらりと俺を見た。この返答は任せる、という意味だ。と思う。
「――ふたりだけだ。それで充分なんでね」
俺は「自信に満ちた勇者」みたいな演技をした。相手の出方を見たい。
「そうなのか。でも、剣士と〈月の癒やし手〉だろう?〈太陽の撃ち手〉もいると、戦いが楽になるんじゃないか?」
ストレートな売り込みだ。俺は少し戸惑った。
【ジャレットのような風使いがいれば確かに心強い。そう考えたアーサーは、共に魔王退治に向かう仲間としてジャレットを迎え入れることにした。】
いやいやちょっと待て。勝手に決めるな。
「能力は見せてもらったが、そう簡単に誰でも歓迎はできない」
俺はもっともなことを言った。もっともだろ?
【アーサーは、返事の前にやっぱり少し考えることにした。】




