05 考え直せ、『地の文』!
「神話ではね、雨は悪いものなの。太陽や月を隠してしまうから」
「……成程?」
「もちろん、恵みの雨は大切なものよ。だからこれはあくまでもたとえ話なんだけども」
「ふんふん」
「雨に濡れるというのは、死や病の暗喩でもある。そして裸というのは赤子の象徴、純真無垢なもの」
「つまり……赤ん坊のときがいちばん神様に近い、みたいな?」
「そう! 判ってきたじゃないの!」
レナは物分かりの悪い教え子が正解を引き当てたと喜んでいる。
「だから、裸で抱き合うことは神に近くなることであり、病や死を避けることでもある。同時に、それは病や死が近くなっているということだから、歓迎はできないの。……あくまでも、たとえだからね?」
「何となく……判った」
『地の文』は何をしたいんだ? ラブコメみたいなことさせてくるのかと思えば、神話の解説。だいたいレナとの恋愛フラグは立たないって何度も
俺はそこでハッとなった。
『地の文』が「アーサーに対して恋愛感情を抱くことは絶対にない」と言っていたのは――「エレナ」だ。
「アーサー」
【レナがそっとアーサーを見上げる。彼女の小柄さが意識された。】
いやまさか。
いや、困る。
困るぞ!
「私……」
「レ、レナ」
【囁くような声。ごく近い距離。確実にかかる吐息。】
「お腹すいちゃった!」
「そうだな、携行食料でもつまむか!」
【レナは少し恥ずかしそうに笑って、アーサーはぱっと身を起こした。】
待て! 完全にラブコメのテンポじゃねえか! 考え直せ、『地の文』!
レナは可愛い。それはずっと思ってきた。恋愛的な意味じゃない。女子は心からほかの女子を可愛いと思えるものなんだ。
いや、いまの俺は女子とは言い難いが、転移前の自分はそういうタイプだった。ヒーローにキュンとはなるが、ヒロインの健気さにも胸を打たれる、そういうタイプ。
レナへの気持ちはそういう感じであって……妹でもなければ、ラブコメの相手でも……。
俺は頭を切り替えるためにも、ごそごそと自分の荷物を漁った。小袋から、二本の指でつまめるくらいのブロック状のものを取り出す。
「ほら」
「有難う」
旅路用の保存食は、カロリー特化で味は二の次三の次どころか、十の次って感じだ。最初は泣きそうだったが、近頃は慣れた。飯に大事なのは、まじでカロリー。バトルをこなす日々にいると心からそう思う。
でも、レナにはもっと美味いもん食わせてやりたい、とも思ったりする。
「水は?」
「もらうわ」
【レナはアーサーの手から水筒を受け取ると、一口二口、流し入れた。それに合わせて彼女の白く細い喉が小さく上下するのをアーサーはそっと眺めた。】
キモい! どうした!? 万一その二択ならラブコメの方がましだが!?
【って、ダメかなーこういうの。】
駄目だよ!
【下手くそだな。やめとこ。】
やめとけ!
『地の文』に俺の心の叫びは届いていない。これまでの感じだとそう思える。これも、おそらく、向こうの独り言だ。
――もっとも、これまではこんな呟きみたいなものはなかった。〈ワーストエンド〉の名前をずいぶん気に入っているようだとか、そういう感じは伝わってきたけど、「このネーミング最高じゃん!」みたいなことは言ってこなかった。
それが急に……何なんだ?
思えば、あのときも妙だった。〈ワーストエンド〉の素材の話になったとき。
「特殊な鉱石で、特別な作り方」「すごく硬い。頑丈」とかって、メモ書きみたいなことを呟いてた。
そうだ、これって……メモ書きだ! 俺ははっとした。
『地の文』が「お兄ちゃんと妹」について語り出したところとか、いまの、「これまでと違う描写をしてみようかな」「やっぱやめた」みたいな感じとか……ちょっとしたメモ、落書き、思いついてノートの端っこに気まぐれで書いてみては消しているかのような……。
俺は息を吐いた。
この世界が「誰かの書いた小説」かどうかは判らない。
でもどうやら、「考えながら『地の文』を書いている誰か」は存在しそうだ。
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