03 妹……。
俺の言うことが何でも定まる訳じゃない。それは以前から判っていた。「魔王が突然いなくなったので俺は帰れるなあ」みたいな妄想を呟いても『地の文』はスルーか、「アーサーは虚しい冗談を口にして首を振った。」とかいう厳しい描写をされるかだ。
俺に世界改変の能力が備わった訳じゃない。よかった。俺は「作者」になる気はない。
なったら便利かもだけど……俺が聖剣を掲げたらどこかにいる魔王シュヴァルツが「ぐああー!」ってなって消え去って、俺はめでたく自室に帰ってる、みたいな展開にするかもだけど……それってこの半年をなかったことにするのと同じだ。エレナとの旅路を、レナとの明日を捨てることだ。
それは嫌だな。それだけって訳じゃないけど、いちばん嫌なことだ。もしできるとしたら、俺はきっとやっちゃうから、できないままでありたいんだ。
いや、ちょっと違う。楽に帰りたいことも確かに俺の望みで、苦労して旅して魔王と戦いたくなんてないんだよ。剣を振り上げて「ぐああー!」で終わるなら、たぶんそれが俺の心身のためにもいい。そう思うのも本当で……矛盾だらけなんだが、俺は「葛藤するのって人間らしいよな」って強引に着地した。
【妹……。】
ん? 存在しなかった「シュガー」さんの話は、もうしなくていいんだが?
【アーサーは純粋にレナの身を案じていた。彼のレナへの気持ちは、「妹」に近いだろうか。】
何?
【そう、アーサーにとってレナは妹……「全くもう、お兄ちゃんってばだらしないんだから!」みたいなタイプの妹なのかも。】
おい、どうした?
【可愛くて、叱ってくれて、面倒を見てくれる……そんな夢のような妹。】
『地の文』くん? レナは可愛いが、どっちかって言うとお姉さん……いやそういう話でもなくて。
【だから恋愛感情とかはなくて、下着姿に動じたのも「あいついつの間にか大人になりやがって」みたいな驚き。】
ちょっと、いや急にだいぶキモくなったが? どうした? まじで。
『地の文』は俺の脳内に一瞬で入ってくる。集中して読んでるとき、読んでるという自覚もなく内容を理解するのに近い、というその感覚は変わっていない。
つまり、あんまりキモいことを言われると、キツい。目を逸らしたり飛ばしたりできないからだ。
「ねえアーサー」
「お、おう?」
「アーサーお兄ちゃん」と脳内に響きそうになって、俺は何とかそれを打ち消した。
「雲が出てきたわ。風もある。強い雨がくるかもしれない」
「まずいな」
小雨程度なら、荷物をレナの術で守ってもらって俺たち自身は強行する、という感じで問題ない。でも豪雨になると、荷も俺たちもずぶ濡れだ。運送品のなかには岩塩やら干し肉やらがあった。水気はよろしくない。もちろん俺たちにも。
「降り出す前に雨宿りできる場所を探そう」
俺は少し足を速めながら言った。
以前にも急に降り出したことがあって大木の下に駆け込んだが、大降りが続くと葉っぱからでかい滴が落ちてきて最悪だった。木の下の雨宿りは絵になるけど、大雨だとあんまり役に立たないんだな……。
「少し街道を逸れるけれど、この先に祠になっている洞があったはず」
レナが山肌の方を指し示す。
「入れるほど大きいのか? てか、入っていいの?」
「基本的には駄目よ。でも理由があれば神にお話しした上で、場所をお借りすることはできる」
彼女が説明してくれた瞬間、大粒の雨が俺の頬を叩いた。
「お話ししてくれ!」
俺は叫んでレナの手を取り、彼女の指した方角へ駆け始めた。
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