02 どうであろうと同じだ
【アーサーとレナは昨夜の宿に声をかけ、ちょうど北の町に運んでほしい荷があると仕事を請け負った。昨夕ここを「真っ当そうな宿だ」と判断したことは、間違っていなかったのだ。】
実際、少々不審に思われてたっぽいが、説明しに戻ったことで「疑ったことのお詫び」として仕事をくれた……という感じらしい。
こういう「顔つなぎ」みたいなことは俺にはぴんとこないので、本当、レナがいてくれるおかげだ。
【彼らのような剣士と術士であれば、隊商の護衛などで道すがら稼ぐのが比較的簡単なのだが、何しろアーサーは魔物との遭遇率が高い。護衛どころか魔物を呼び寄せるようでは、本末転倒だ。】
そうなんだよな。普通なら「護衛がいる」という理由で襲われないこともあるから、「同行するだけで金がもらえる楽な仕事」になり得るらしい。もちろん、何かあれば命を張ることになるから、誰でもできることじゃないが。
【彼らが運ぶことになったのは、「日持ちのする食材」だった。人の手で運べる程度の量と重さ、金銭的価値は高くないが、需要のあるもの。初めての相手に依頼する内容としては、適切だろう。】
いわゆる「お使い」的なミッションだ。俺は嫌いじゃない。世界を知ることができるからな。
「レナ、調子平気か?」
俺はちょくちょく彼女に声をかけた。レナは、不思議そうに首をかしげる。
「荷物はほとんどアーサーが持ってくれてるじゃないの」
「そりゃまあ、筋力はあるから」
転移前の身体と比べると、「アーサー」はかなり強靱だ。もともとの筋力だったら、譲ってもらった中古剣も〈ワーストエンド〉もろくに振れない。両手で持って振り下ろすくらいならできたと思うが、片手で思うままに振り回すのは絶対に無理だ。
そもそも、剣なんて転移前は握ったこともない。本物はもちろんだが、剣道だってやったことがなかった。
なのに、ちょっと教わっただけで、俺は熟練戦士みたいに剣を操れるようになった。いくら鍛え上げられたような肉体だからって都合のいい話だが、この状況では助かる。
転移してきたばかりの頃、考えてみたことがあった。
『地の文』は、俺がこの世界に転移して「アーサー」になったと語ったが、それはどういう意味だろうか、と。
俺に「この世界で生まれ育った」記憶はないので、いわゆる転生とは違う。それなら、実はこの身体の持ち主である「アーサー」が俺以外に存在していて、俺はそれを乗っ取って動かしてるんじゃないか、とか。
ただ、もしそうだとすると、「アーサー」を知っている人物がいるはずだ。だけど、そんな人に出会ったことはない。〈聖なる勇者〉なんて言われるようになったら、昔の知り合いだの親戚だの湧いてきそうなのに、そんな気配もない。
それから、服。気がついたときは森のなかみたいなところにいたんだけど、そのわりには着ているものもまるで新品で、どこかから旅してきたようには見えなかった。背負い袋なんかも同じで、すり切れひとつなく、旅路に便利な最低限の道具類が「初期装備」みたいな感じで入ってた。
個人的なものは何ひとつなくて……「もともとこの世界にいたアーサー」の気配は全くない。
何より、肉体。これだけ強い身体と剣を操る能力を持っていて、元の自分とは何から何まで違うのに、何て言うか、全体的な身体の感じは同じなんだ。
たとえば腕のほくろの位置なんかは、転移前の身体と一致してる。特に手のひらや爪の形を見るとよく判るんだけど、よく知ってる自分の手をそのまま大きくしたみたいな感じ。
不気味だったし、違和感もすごかったけど、「この『アーサー』は自分なんだ」というのはわりと早く馴染んだな。
この世界は何なのだろう、という疑問には、ずっと答えが出ない。
『地の文』がある以上、小説というものに関わりはありそうだ。
でも、「小説の世界」と言うよりは、「小説とリンクしている世界」と考える方がしっくりくる。「小説に書かれたことが影響する世界」という感じだ。
何にせよ、証拠はないが……どうであろうと同じだ、と最近は思うようになった。
どうあれ、俺はここにいる。起きる出来事に対処していかなくちゃならないとか、それが正しいかどうかは判らないとかいう点だけ見れば、転移前の世界と同じだ。
……転移前は、生死に関わるような出来事はそうそう起きなかったけどな。
俺は隣を歩くレナを見た。
彼女には、まさに「生死に関わる出来事」が起きたばかりだ。
だから俺は彼女の体調を気にかけてしまうが――レナ自身はそこまでのことだったという自覚はない。話はしたが、実感がないんだろう。「アーサーが妙に声をかけてくるのは何故?」とでも思っている様子だった。
「……それにしても、本名と神女としての名前が違うって、面白いよな」
ふと俺は、気になっていたことを少し探ってみようと思った。
「どういう理由なんだ?」
「あら、アーサーもやっと神への興味を?」
レナが嬉しそうにする。ちょっと胸が痛い。
「知っての通り、神々は天においででしょう」
言いながら彼女は空を指差した。いい天気だ。
「子供向けに判りやすく言うと、空は聖なる場所で、地上の穢れを持ち込むべきではない、或いは穢れたままで赴くことはできないのね。だから私たちは代わりの名前を使って、神様とお話をします」
後半は完全に子供向けの口調になった。うーん、子供でも教わる常識に欠ける俺。
……いや違う、そういう話じゃなくて。
「それって、ずっとそうなのか?」
「ずっと、って?」
「いや、何でもない」
愚問だった。「もともと世界はそうだった」のか、「俺が変えてしまった」のかは、レナの言葉から判別はできない。レナは当然、ずっと昔から、信仰がこの世に誕生した頃から、或いは教義が整った頃に定まったやり方だと考えているに決まっている。
俺が変えたのかもと思うと、正直、怖い。たまたま言い当てたのであってほしい。
「今朝から変よ、アーサー。ソルト先生の妹について聞いたりとか」
「は、はは」
朝になって改めて怖くなった俺は、ソルトさんで試させてもらった。「シュガーって妹がいますよね」とか雑なことを言った。ソルトさんの返事は「いませんけど」「アーサーさんにも薬草出しますか?」だった。




