01 何てことない会話
あのあと、『地の文』がとうとうと説明したこの地の歴史をまとめると、だいたいこんなふうだ。
この付近、昔は田園地帯だったけど、近くの池が干上がりはじめてから住民間で水争いが起きた。農業には死活問題だもんな。
んで、いつしか武闘派の方が〈日の民〉、穏健派が〈月の民〉とか名乗るようになって……レナが聞いたらキレそうだが、とにかく彼らはそうやって自分たちを区別した。
本当にやべえ争いで、武闘派はマジで武力に訴え、穏健派に何人も死者が出たらしい。そこで穏健派が頼ったのが「呪い」。
……ちっとも穏健じゃないが、追い詰められたんだろう。向こうのトップ、つまり〈日の民〉の導師さえ殺せばイーブンに持って行けると、そんな目算だったっぽい。
もっとも、その辺でお上に騒動が知れた。農村は解体されて住民がだいたい余所に移住した頃、皮肉にも池の水はもとに戻った。街道近くにあって整地もされてたことから、だんだん旅人向けの宿ができるようになった。そして現在に至る、と。
あのお爺さんは、行先がなくてここに残った住民だった。子供の頃のことで「〈日の民〉の導師さえいなくなれば幸せになる」なんて擦り込まれていたみたいだな。
ずっとあんな感じだった訳じゃなくて、ちゃんと宿屋とかで働いてて……引退した最近になって妙なことを言い始めるようになったらしい。
何つーか、そういう事情を知って気の毒に感じる気持ちと、全く同情できない気持ちと、俺には半分ずつくらいある。
「……思わぬ出費だわ」
レナが額を押さえている。ソルトさんも慈善事業ではないので、俺たちは診察費と薬草代を払うことになったのだ。緊急だったということで、一晩のベッド代は入っていない。いい人だ。
「これってそのお爺さんに請求できないかしら」
「大いに賛成したいが、実際には難しそうだな」
あのお爺さんが状況を理解して「呪ってごめんなさい」なんて言い出すとは思えないし、ひとりで食堂にいたことからもご家族はいなそうだ。それに、呪具であろうとあの石像がお爺さんのものなら、盗まれて壊された被害者でもある。
俺たちやお爺さんが請求できるとしたらシノンになるだろう。もちろん、払ってくれるはずがない。あ、それに……。
「忘れてたが、聞聴貝を壊したのは俺だ。払う気はないが」
「……それもそうね。正当な対応だとは思うけれど、他人のものを壊したのも事実だものね」
レナも請求を諦めた。
「少し稼いでおきたいな。輸送依頼でもないか、ちょっと商店をのぞいてくるか」
「待って。その前に、昨日の宿に一声挨拶を入れておきましょう」
昨夜は逃げるように出てきたが、宿から見た俺たちは不審な動きの旅人だ。もしかしたら窃盗とかを疑われているかもしれない。
「正当な理由があったことを伝えておくべき。魔物の気配があったので様子を見に出たことにするのは? 大きく嘘ではないわ」
【〈聖なる勇者〉の評判のためにも、「こそこそ出て行った」という印象を残さない方がいい。レナはそう提案した。】
「いや、それはやめておこう。実際にシノンは出たが、俺は倒せた訳じゃない」
【「魔物が出たが、倒せなかった」では、ただこの宿場町に不安を与えるだけだ。シノンはアーサーをからかいにやってきただけで町を脅かした訳ではないが、町の者たちは安心できまい。】
「からかい」で「エレナ」を死なせたって?……冗談じゃない。俺はそっと拳を握り締めて平静を保った。
それにしても、あんなふうに屋根の上やら上空やらでべらべらやられた日には、聖剣が飛び道具でない限り無理だよな。ワーストエンドは投擲に向かないし。
「もともと予定があったことにしないか? たとえば……そうだな、ソルトさんの予定を借りよう。早朝に咲く花を摘んで薬草にする必要があったんだ」
「悪くなさそうね」
レナはうなずいた。
「夜明けや夕暮れは、月と太陽のどちらも気配のある時間帯。聖なる力も宿りやすいもの。説得力があるわ」
「へえ、そうなのか?」
「そのように言われています」
澄ました口調でレナは言い、俺は吹き出しそうになった。しれっと「諸説あります」みたいなことを。
「よし、じゃあ宿への義理はそれで行こう」
いつも通りの、何てことない会話。旅を続けるための擦り合わせ。
俺はしみじみとそれを楽しんだ。
続けられるんだ。レナと。
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