07 俺に、できることは
考えろ。
考えろ、考えろ!
【エレナの死は、石像が砕けたことによって定まってしまった。】
駄目だ! やめろ! 確定させるな!
【アーサーが診療所に飛び込んだとき、ソルトは絶望的な表情で彼を迎えた。】
やめろ! やめてくれ!
「アーサー、さん……お嬢さんの、呼吸が止まって……鼓動も……」
「嘘だ!」
考えろ。まだできる、俺にできることがあるはずだ。
〈聖なる勇者〉なんて言われて、魔王を倒す運命にあると『地の文』が……。
俺の行動以外では絶対的な、『地の文』が。
エレナの――運命を……。
【アーサーはエレナの両頬に触れた。温かい、と思ったが、彼の冷えた指先がその体温を即座に奪っていくことも感じられた。】
やめてくれ。嘘だ。こんなこと、あるもんか。
【彼は震える手で救命を試みた。】
そ、そうだ、心臓マッサージ! 確か、こうやって……。
「何してんです、アーサーさん!」
何だっけ、何かの歌のリズムでやるとちょうどいいって……思い出せない、大事なことなのに。
「やめてください、駄目ですよ、そんなに女の人の身体を押したら! 折れたらどうすんです!」
「死んだらどうするんだ!」
俺の鼓動が激しい。エレナの鼓動が判らない。
「駄目ですって! そんな無茶苦茶な傷、癒やせる人はこのお嬢さんだけでしょ! 瀕死の状態でできると思うんすか!?」
必死に言われて、俺ははっとした。
ああ、ソルトさんの言うことはもっともだ。転移前の世界ならともかく……この世界でエレナのあばらを折ってしまったら? 心臓が動いても、苦しませて――。
「でも!」
何とかしないと! 助けないと! 助けたいんだ!
【だが――無駄だった。】
「まだだ!」
俺は叫んだ。ソルトさんはびくっとした。
考えろ、考えろ、考えろ!
俺に、できることは!
「名前と……声で……」
「な、なんですか……?」
「名前と声で呪う道具だと言った!」
俺はソルトさんを弾き飛ばす勢いで言った。
「聞いてくれ!」
「は、はい!?」
「エレナっていうのは本当の名前じゃない! 彼女は……レナっていうんだ! エレナは偽名! 呪いはかからない!」
俺にできることは、言動を変えて、『地の文』に整合性を取らせること!
「は、はあ……」
ソルトさんは「だから何だ」という様子だ。
でもどうだ?――『地の文』は!
【――そう、エレナというのは神女として名乗っている、仮の名。彼女の本当の名前はレナだった。】
頼む……!
【それならば、呪いは、かかりきらなかったはずだ。】
頼む!
「アーサーさん、お嬢さんの身体が!」
【エレナ――いや、レナの胸が上下しはじめた。】
は……。
「……アーサー……?」
「レ、レナ……」
エ、じゃない、レナが、目を開けた。俺はへたへたとその場に座り込んだ。
「ど、どうしたの? 大丈夫!?」
「わー、待って、あなた、人の心配してる場合じゃないですよ!?」
【身を起こそうとしたレナをソルトがとめる。】
「何しろ、死ぬとこだったんですから!」
「ええ……? だれ……?」
「あ、申し遅れました、ここで診療所やってるソルトっす。あなたが倒れたんで、そこのアーサーさんが運んできて」
「倒れた? 私が?……本当に大丈夫? アーサーが」
「あ、ああ……」
安堵のあまり、腰が抜けたみたいになっちまった。
レナが、起きてる。
喋ってる。
俺を見てる。
こんな幸せなことって、あるか?
「……レナ」
「何よ、突然。そう呼ぶことにしたの? いいけど」
少しだけ照れくさそうな顔をしてる。俺も何とか立ち上がって、ふやけた笑いを返した。
「まー、何があったのか判らんっすけど、呪いは解決っすか? 無事そうでよかったっすね。でもレナさんはそのまま寝てください。アーサーさんもそこの長椅子、使っていいっすよ。朝になったら診察して、薬草出しますんで」
ソルトさんは医者としてそんな指示をくれた。俺も、レナが倒れて気が気じゃなかったが目を覚ましたので安心した、という簡単な説明だけをして、ソルトさんの提案に乗らせてもらうことにした。
実際、休む必要がある。ちょっと心臓に悪すぎた。
よかった。本当によかった。
俺はエレナ、じゃない、レナを助けられたんだ。
うん――でも、待てよ?
全身の力が抜ける安堵のなかで、俺のなかにふっと湧いた疑問があった。
俺は……もしかして、彼女の名前を変えちまったのか? それとも俺が知らなかっただけで、本当に本名だった?
彼女からそんなことを教わった覚えがないのに、レナは「俺がもともとそれを知ってて、本名呼びに切り替えただけ」と思っている。
ここにはいったい……どんな整合性が取られたんだ?
[第4話「『地の文』がラブコメに転向したがる」につづく]
エレナから、レナへ。
果たして整合性は取られたのか?
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こんな引きからの、第4話「『地の文』がラブコメに転向したがる」。
お楽しみに!




