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敵は魔王より『地の文』だって?~勇者アーサーの不本意な戦い~  作者: 一枝 唯
第3話 『地の文』に断固として抗う

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06 ねじれた揶揄

「ふふ、ありがと、名前を呼んでくれて」


【どこかの宿屋の屋根に腰かけて足をぶらぶらさせているのは、皮膜の翼を持った魔物、村娘のふりをしていた魔物シノンだった。】


 この前はいかにも村娘みたいな服装をしてたが、今日はチューブトップみたいなヘソ出しのトップスに、マイクロミニパンツくらいのごく短い、ほとんど下着みたいなボトム……要するに露出度が高い。俺が純真男子だったら顔を赤くするところだ。


【身体にぴたりと合った「ごく小さな布きれ」だけを身につけて色艶を前面に押し出してきたシノンだが、アーサーは動じることなく睨みつけた。エレナの下着姿に困惑していた姿が嘘のようだ。】


 うるせえなこんなときに! エレナは特別に決まってるだろうが!


「もしかして勇者様は、これを探していらっしゃいますかぁ?」


【村娘のような口調でわざとらしく言うシノンの右手には、あの石像が握られていた。】


「てめ」


 俺は怒りでカッとなると同時に、血の気も引く。

 シノンが手引きした? 老人の戯言や村人の悪行程度じゃ済まない――エレナにかけられたのは、魔物の呪いだって?


「ほら、おじいちゃんもあの女は月の民なんかじゃないって言ってる。あれは似非神女だってあたしも言ったでしょ? 信じて、勇者クン?」

「ふざけるなよ。爺さんに吹き込んだのはお前だろ」


 剣の届かないところで笑っている魔物をどうすればいい。


「ずいぶん怒っちゃって。アーサークンったらかーわい! やっぱり特別なんでしょ、あのオンナ。シノン、嫉妬しちゃうなあー」


【シノンはくねくねと身をよじってみせた。アーサーは唇を噛みしめる。】


「これね、名前と声を使って呪うんですって。その二点で個人を特定するみたい。面白いこと考えるわね、人間って」


 声だって? 聞聴貝は、話の内容を聞くためじゃなくて、声を呪具に与えるために置かれていたってことか?

 神女なら寝る前に祈りを捧げるって推測されてた……貝の存在に、先に気づいていれば。俺は悔やんでもどうしようもないことを悔やんだ。


「人間の道具? お前たち魔物の仕業じゃないのか?」

「あはっ、笑っちゃう。そんなせせこましいことしないわよ、あたしたち」


 魔物の(ことわり)じゃない。これはいい情報だ。神殿で解呪できる可能性がある。


「古ーい呪具で、もう何人も殺してるみたい。素敵ね、禍々しい」


【魔物はうっとりと石像を見た。舌をチロチロさせる様子はわざとらしくもあったが、妖艶でもあった。】


「さあ――〈白銀月の癒やし手〉エレナ。その命は、この石像に捉えたわ」


【シノンはエレナの正式な呼称を述べた。似非神女などと愚弄しながら、真実の神女として呪う。魔物のねじれた揶揄だった。】


「……返せ」

「あら。どうする気? 戻す方法なんて知らないでしょ。あたしから奪って、調べてみる? どれくらい時間かかるかしら。手遅れになるかもねえ。それとも壊してみる? そうしたら似非神女チャン、死んじゃうわよ、ふふっ」


【アーサーに打つ手はなかった。】


 おい!


【シノンは聖剣〈ワーストエンド〉を抜いた本物であるアーサーは殺さないと言った。そしてエレナがアーサーの弱点であることは明らかだ。戦いの面でも、心の面でも。】


 ――口先でごまかした程度じゃ、無意味だったか。


「本物の勇者なら、癒やし手なんかいなくてもやっていけると思うのよね」


【嘯くように言いながらシノンは石像を放り投げては受け止めた。そのぞんざいな扱いが、「壊れれば死ぬ」という発言を証立てているように見える。】


「あ……石像、か、返してくれ」


【老人が魔物の手にあるものに気づいた。】


「必要なんじゃ、〈日の民〉の導師をやる、ために……」

「あーら、ごめんね、おじいちゃん。もう使っちゃった! それに、〈日の民〉も〈月の民〉も、もうおじいちゃんの頭のなかにしかいないのよ。みーんな、死んじゃったからね」


 くすくすとシノンは笑う。お爺さんの過去に何があったにせよ、少々残酷な物言いだ。同情する気はないが……不快ではある。


「かえし、かえして」


【老人はふらふらと魔物の真下に向かい、弱々しく手を振った。】


「あら、ちょっと可哀想になってきたわね」


【魔物はまばたきをした。】


「あたし、優しいから」


【そう言って、シノンは唇を舐めた。】


「返して、あげよっと」

「――よせ!」


【アーサーは地面を蹴った。シノンが石像からぱっと手を離す。石像が落ちる。老人が手を伸ばす。石像は――。】


 あ……ああ……!


【がちゃん、と無様な音を立て、石像は砕け散った。】


「シ――シノン! てめえ!!」

「あはは! すごい顔! あたしを睨んでないで、エレナチャンに最期のお別れでもしてきたら? 冷たくなる前に間に合うかもしれないわよ!」


【バサリ、と皮膜の翼が夜気を包んだ。魔物は笑いながら再び飛んでいく。老人はうずくまりながらかけらを集め、若者は痛いほどに拳を握り締めながら、きた道を駆け戻った。】


―*―


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