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敵は魔王より『地の文』だって?~勇者アーサーの不本意な戦い~  作者: 一枝 唯
第3話 『地の文』に断固として抗う

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05 人間のほうに効果が

 俺は不安を覚えながら思わず丁寧語になった。ソルトさんは首をひねった。


「壊したら呪われる……なくはないかも?」

「うっ」

「壊したんすか? お嬢さんが?」

「俺が……」

「だったらアーサーさんが呪われるでしょ」

「……そうデスネ……」


 祠を壊したら、壊したヤツが呪われるよな。聖剣が跳ね返すみたいなことがないとも言えないが、エレナがそれに全く気づかないというのはおかしな話だ。いやいや、そもそも、さっきも考えた通り。あれは音を聞く道具で呪具じゃない。

 動揺してそんなことも判らなくなってるのか、俺は。


「それに、何かを壊して呪われるのと、呪うための道具があるのは別の話ですよ、たぶん」


 ソルトさんが整理してくれた。冷静なのは医者の特性か、それとも単に俺が焦ってるだけかもな。

 俺はゆっくり深呼吸した。慌てても、いいことはない。


【アーサーはこの宿場町にきてからのことを思い返した。】


 ――ヒントか?

 宿を決めて、酒場で爺さんの奇妙な言葉を聞き、エレナと相談して眠ろうとした。『地の文』がとんでもないことを言い出したのでエレナの部屋に飛び込み、貝を壊して宿を出た。

 ……手がかりがある気がしない。


【あれは宿を出たあとだ。】


 ん?


【エレナが倒れる寸前のこと。】


 あのとき……。


「石像!」


 俺は叫んだ。ソルトさんはぎょっとした顔をした。

 そうだ、あのとき、誰かに見られている気がして俺が見渡すと、小さな石像が置かれていた。俺が一瞬びびったのは、その像がいかにも不吉な――とがった爪や牙、皮膜の羽を持つ魔物像だったからだ。


 魔除けとして、不気味に見える像を設置すること自体は、そんなにおかしくない。だから俺もびびったあと、エレナに話そうとしたんだ。「魔より人間のほうに効果があるかもな」なんて……。

 まさか、本当にあれが。


「悪い、ソルトさん。エレナを頼む。すぐ戻る」

「え、まあ、いいっすけど……ちゃんと戻ってくださいよ」


 俺は〈聖なる勇者〉なんて自称しなかったし、ソルトさんが「倒れた女を見捨てて逃げる卑怯な男」の可能性を警戒したのは当然だろう。俺はそれに気づいたが、何らかの証立てや説明をする時間が惜しくて、ただ「判った」とだけ返して診療所を出た。


 月明かりだけが頼りの暗い道だが、ついさっき通ってきたばかりだ。俺は難なく表通りに戻り、先ほどの像を探した。


【石像のことに思い当たってすぐさま引き返したアーサーだったが、探しものは見つからない。場所が思い出せなかったのではない。確かにこの柱の横にあったのに――不気味な石像は、なくなっていた。】


 確かに、ない。

 それなら――当たりだ!


【こんな深夜に石像を片付ける者があろうか。盗賊がいたとしても、盗みたいと思うようなものではない。ならば、答えはひとつだった。】


 エレナが倒れたことを知り、目的を果たしたと知って、持ち去った。俺はかっとなった。


「おい! どこにいる、姿を見せろ!」


 気づけば俺は叫んでいた。深夜に怒鳴ったら迷惑だ、なんて常識はいまは要らない。


「出てこい! ツラぁ見せやがれ!」


 落ち着いて考えれば、出てくるはずもない。どういう理由であれ、向こうは目的を果たした。とっくにこの場を去っているか、いたとしても息を殺して――。


【月明かりの下、影が動いた。】


 俺は躊躇なく聖剣を抜いた。頭に血が上っていた、それはある。でも落ち着いていても同じことをしたはずだ。


 影を動かしたヤツは、まるで幽霊みたいにふらりと路地から現れた。


「……爺さん」


【それは、昨夕アーサーに〈月の民〉云々の話をした老人だった。アーサーは切っ先を少し下げる。老人を叩き切る気には、なれない。】


 ……それもそうだが……叩き切っても意味がない、と冷静になれた。


「爺さん。さっきの石像は何だ? あんたが置いて、回収したのか? 聞聴貝は? 何のために?」


 聞き出さなけりゃ。俺は矢継ぎ早に疑問を投げた。


「……り」

「何だって?」

「うらぎりものだ」

「――何だって?」


 聞こえなかった訳じゃない。「裏切り者」。どうしてだ?


「あの女は〈月女神の使徒〉なんかじゃない、偽物だろう! わ、わしらを騙して、〈月の民〉を滅ぼそうと」


 お爺さんの顔は怒りと恐怖に引きつっていた。演技じゃない。少なくともこの人は本当にそう思ってる。


「彼女は本当に月神の神女だ」


 俺はまずそう返した。


「だいたい、騙すだの滅ぼすだの……そんなこと考えちゃいない」


 冤罪にもほどがある。俺はなるべく落ち着いて返そうとしたが、苛立ちは消しきれなかった。月の民が何であれ、エレナが呪われる理由なんてない!


「騙されん、騙されんぞ……偽物だ……」


 お爺さんはぶつぶつと言った。こっちを見てない。……夕方よりも、話が通じる気がしなかった。


【老人は焦点の合わない目でぼそぼそ言い続けた。アーサーは老人が何も持っていないことを確認する。】


「……石像は? 爺さん、あの場所に置いてた石像はどこにやったんだ?」

「あれは……たったひとつの……〈日の民〉の導師をやるための……」

「どこにやった? 持ってるのか?」

「騙されん……わしは〈月の民〉を守るんじゃ……」

「だから何なんだよ、その民ってのは!」


【最初に聞かされたときは「不気味な話」、宿を出るときは「警戒する相手」、いまとなっては「敵」だろうか。しかし、その姿ははっきりしない。老人は、影に過ぎない。】


 石像はどこだ。見つけたところで、壊せばいいとも限らない。呪具を使ったヤツ、使い方を知ってるヤツをとっ捕まえて吐かせないと。


【アーサーの視界に何かが入った。ぱっと左腰を見ると、聖剣の柄がふんわりと光っている。】


 月光石か? どうし……。


「〈月の民〉に〈日の民〉。この付近で昔にあった話よ。村がふたつの陣営に分かれて、血で血を洗う争いだったとか」


 解説は、『地の文』ではなく頭上からやってきた。俺は振り仰ぐ。


「――シノン!」

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