05 人間のほうに効果が
俺は不安を覚えながら思わず丁寧語になった。ソルトさんは首をひねった。
「壊したら呪われる……なくはないかも?」
「うっ」
「壊したんすか? お嬢さんが?」
「俺が……」
「だったらアーサーさんが呪われるでしょ」
「……そうデスネ……」
祠を壊したら、壊したヤツが呪われるよな。聖剣が跳ね返すみたいなことがないとも言えないが、エレナがそれに全く気づかないというのはおかしな話だ。いやいや、そもそも、さっきも考えた通り。あれは音を聞く道具で呪具じゃない。
動揺してそんなことも判らなくなってるのか、俺は。
「それに、何かを壊して呪われるのと、呪うための道具があるのは別の話ですよ、たぶん」
ソルトさんが整理してくれた。冷静なのは医者の特性か、それとも単に俺が焦ってるだけかもな。
俺はゆっくり深呼吸した。慌てても、いいことはない。
【アーサーはこの宿場町にきてからのことを思い返した。】
――ヒントか?
宿を決めて、酒場で爺さんの奇妙な言葉を聞き、エレナと相談して眠ろうとした。『地の文』がとんでもないことを言い出したのでエレナの部屋に飛び込み、貝を壊して宿を出た。
……手がかりがある気がしない。
【あれは宿を出たあとだ。】
ん?
【エレナが倒れる寸前のこと。】
あのとき……。
「石像!」
俺は叫んだ。ソルトさんはぎょっとした顔をした。
そうだ、あのとき、誰かに見られている気がして俺が見渡すと、小さな石像が置かれていた。俺が一瞬びびったのは、その像がいかにも不吉な――とがった爪や牙、皮膜の羽を持つ魔物像だったからだ。
魔除けとして、不気味に見える像を設置すること自体は、そんなにおかしくない。だから俺もびびったあと、エレナに話そうとしたんだ。「魔より人間のほうに効果があるかもな」なんて……。
まさか、本当にあれが。
「悪い、ソルトさん。エレナを頼む。すぐ戻る」
「え、まあ、いいっすけど……ちゃんと戻ってくださいよ」
俺は〈聖なる勇者〉なんて自称しなかったし、ソルトさんが「倒れた女を見捨てて逃げる卑怯な男」の可能性を警戒したのは当然だろう。俺はそれに気づいたが、何らかの証立てや説明をする時間が惜しくて、ただ「判った」とだけ返して診療所を出た。
月明かりだけが頼りの暗い道だが、ついさっき通ってきたばかりだ。俺は難なく表通りに戻り、先ほどの像を探した。
【石像のことに思い当たってすぐさま引き返したアーサーだったが、探しものは見つからない。場所が思い出せなかったのではない。確かにこの柱の横にあったのに――不気味な石像は、なくなっていた。】
確かに、ない。
それなら――当たりだ!
【こんな深夜に石像を片付ける者があろうか。盗賊がいたとしても、盗みたいと思うようなものではない。ならば、答えはひとつだった。】
エレナが倒れたことを知り、目的を果たしたと知って、持ち去った。俺はかっとなった。
「おい! どこにいる、姿を見せろ!」
気づけば俺は叫んでいた。深夜に怒鳴ったら迷惑だ、なんて常識はいまは要らない。
「出てこい! ツラぁ見せやがれ!」
落ち着いて考えれば、出てくるはずもない。どういう理由であれ、向こうは目的を果たした。とっくにこの場を去っているか、いたとしても息を殺して――。
【月明かりの下、影が動いた。】
俺は躊躇なく聖剣を抜いた。頭に血が上っていた、それはある。でも落ち着いていても同じことをしたはずだ。
影を動かしたヤツは、まるで幽霊みたいにふらりと路地から現れた。
「……爺さん」
【それは、昨夕アーサーに〈月の民〉云々の話をした老人だった。アーサーは切っ先を少し下げる。老人を叩き切る気には、なれない。】
……それもそうだが……叩き切っても意味がない、と冷静になれた。
「爺さん。さっきの石像は何だ? あんたが置いて、回収したのか? 聞聴貝は? 何のために?」
聞き出さなけりゃ。俺は矢継ぎ早に疑問を投げた。
「……り」
「何だって?」
「うらぎりものだ」
「――何だって?」
聞こえなかった訳じゃない。「裏切り者」。どうしてだ?
「あの女は〈月女神の使徒〉なんかじゃない、偽物だろう! わ、わしらを騙して、〈月の民〉を滅ぼそうと」
お爺さんの顔は怒りと恐怖に引きつっていた。演技じゃない。少なくともこの人は本当にそう思ってる。
「彼女は本当に月神の神女だ」
俺はまずそう返した。
「だいたい、騙すだの滅ぼすだの……そんなこと考えちゃいない」
冤罪にもほどがある。俺はなるべく落ち着いて返そうとしたが、苛立ちは消しきれなかった。月の民が何であれ、エレナが呪われる理由なんてない!
「騙されん、騙されんぞ……偽物だ……」
お爺さんはぶつぶつと言った。こっちを見てない。……夕方よりも、話が通じる気がしなかった。
【老人は焦点の合わない目でぼそぼそ言い続けた。アーサーは老人が何も持っていないことを確認する。】
「……石像は? 爺さん、あの場所に置いてた石像はどこにやったんだ?」
「あれは……たったひとつの……〈日の民〉の導師をやるための……」
「どこにやった? 持ってるのか?」
「騙されん……わしは〈月の民〉を守るんじゃ……」
「だから何なんだよ、その民ってのは!」
【最初に聞かされたときは「不気味な話」、宿を出るときは「警戒する相手」、いまとなっては「敵」だろうか。しかし、その姿ははっきりしない。老人は、影に過ぎない。】
石像はどこだ。見つけたところで、壊せばいいとも限らない。呪具を使ったヤツ、使い方を知ってるヤツをとっ捕まえて吐かせないと。
【アーサーの視界に何かが入った。ぱっと左腰を見ると、聖剣の柄がふんわりと光っている。】
月光石か? どうし……。
「〈月の民〉に〈日の民〉。この付近で昔にあった話よ。村がふたつの陣営に分かれて、血で血を洗う争いだったとか」
解説は、『地の文』ではなく頭上からやってきた。俺は振り仰ぐ。
「――シノン!」




