04 い……医者は
【アーサーの頭を様々な選択肢が駆け巡った。決断を下せないまま、彼がもう一度振り向いた、そのときである。】
「え」
「あ」
【建物の影から、赤毛の若者が現れた。】
「びっくりした。もう発つ旅人さんがいるんすか? 宿取れなかったとか?……ってか、どうしたんすか、その子」
【宿場町の者のようだ。こんな時間に歩いている人間はまずいないことから、急ぎの用で出て行くのか、それとも宿に泊まることを諦めて通過しているところかと問いかけ、それから抱えられるエレナに気づいてぎょっとした様子だった。】
「い……医者は」
考えが固まらないまま、俺は口走っていた。
「あっ、急病人っすか! あんた運がいいっすよ、ウチが診療所。こっちへ!」
【呑気な口ぶりだった赤毛の若者は引き締まった表情になると、ぱっと踵を返してアーサーを手招きした。】
これは……どっちだ?
『地の文』は、これが罠だとも助けだとも語らない。
しかし……。
「判った、助かる」
もし「敵」がいて俺たちを狙ってるなら、エレナを抱えたまま逃げるのは難しい。それに、この人は本当にたまたま出てきたように見える。
俺はこっちに賭けることにした。
―*―
【赤毛の若者はソルトと名乗った。】
塩!? 今日は目の前に塩あったんか!?
反射的に突っ込んでしまったが、いまはどうでもいい。いや、『地の文』が名前をつけようと思う相手、かつ、複雑な名前をつけるほどではない相手、って判断ができる。
【案内された小屋は大きな宿の裏手にあって、看板なども出ていない。基本的には宿場町の住民用と見えた。】
確かにな。俺が探そうとしても無理だったかもしれない。
【ソルトは薬草師でもあって、早朝に咲く花を摘みに出かけるところだったと言う。アーサーは、その邪魔をしてしまった詫びと、手を貸してくれることへの礼を素早く述べた。】
ここにくるまでの早口でのやり取りがまとめられた。助かる。
「それでソルト先生、彼女は……」
「や、『先生』はやめてほしいっす、こっぱずかしくて」
「……あー、じゃあ、ソルトさん」
顔を真っ赤にして手を振るソルトさんを見ると、緊張感が削がれそうになる。
「失礼して軽く触れさせていただいたところでは、熱はないっすね。呼吸も脈拍も正常に思えるっす。一見したところ、めちゃくちゃ深く眠ってるようにも見えますけど、これ」
診察台のようなものに横たえられたエレナから離れて、ソルトさんは片隅の箱から小袋を取り出した。
「それは?」
俺は少し警戒しながら尋ねた。そこが伝わったのか、彼はまず「安全なものっす」と言った。
「氷っすよ。アーサーさん、手を出してください」
「あ、ああ」
言われるままに俺は右手を出した。と、ソルトさんは手首辺りにその袋を当ててくる。俺は反射的にびくっとした。
「ですよね」
何が。
「これをお嬢さんにやると……」
エレナの手首に氷袋が当てられる。と、エレナはぴくりともしない。
「……寝てるだけなら、何かしら反応を返すはずなんすよねー。たとえ熟睡してても、無意識に払いのけようとしたり」
「いきなり倒れたんだぞ、寝てる訳があるか」
「この方、癒やし手さんでしょ? 他人を眠らせる術とかあるんじゃないっすか? 普通は自分にはかけないっすけど」
「術自体はありそうだが……いまは違うんだよな」
一瞬、誰かがエレナにそんな術をかけたのかと思いそうだったが、いまは「眠っているのではない」という話だった。
「持病はないってことでしたよね。失礼っすけど、女の人特有の、毎月のやつとかは、いつ頃」
「え」
……やっぱあるのか、この世界にも。それ。
「いや……」
俺はもごもごと言った。エレナの体調が悪いときに「もしかして」と察してはいたが、さすがに確認はしてないし、その、周期の把握までは……。
「ですよね」
ソルトはまた言った。俺は頭を抱える。
「女の人は血の道が弱るとぶっ倒れることってあるんですけど、顔色はそんな悪くないしなあ。何ですかね、これ」
淡々と進めてくれた。この辺は確かに医者って感じだ。
「失礼っすけど、妊娠の可能性は」
「ない!」
これには即答した。あまりの勢いにソルトが目をぱちぱちとさせたほどだ。……すまない。でもここは、俺よりエレナの名誉に関わるので。
「うーん、そうすると、オレの領分じゃないかもっすねー……」
【ソルトは呟くように言い、アーサーは顔を上げた。】
病気じゃない、って意味か?
「癒やし手さんが恨み買うことってあんまないですけど、何か心当たりあります?」
「恨みだって? どういう意味で……」
「言いたかないですけどね」
そっとソルトは手指を動かした。ちょくちょく見かける。神様への祈りだ。いまのは太陽神にも月神にも使えるやつ。
「呪い、の類かも」
の、呪い。
俺は〈ワーストエンド〉の名を聞いたときに考えたことを思い出した。聖剣じゃなくて呪いのアイテムじゃないか?――なんて。
【その言葉を聞いたアーサーの脳裏に、昨夕の老人や砕いた聞聴貝のことが蘇った。】
――そっちか。そりゃそうだ。そっちだよ。
俺は少し躊躇って、それから思い切って尋ねることにした。
「ソルトさん。……〈月の民〉とか〈日の民〉って、知ってるか?」
これでソルトさんが「ええ、オレは〈日の民〉っすよ」とかにこやかに言ってきたらどうしよう。
「何すかそれ」
よ、よかったー!! 俺は心から安堵の息を吐いた。
「この宿場町で、そんな話を聞いたんだ。その二者が対立しているというような」
俺はふんわりと答えた。知らないっす、とソルトさんは肩をすくめる。ごまかしているようには見えない。
「へー。子供の遊びっすか?」
「……ご老人だった」
「へー」
全く興味なさそうだ。情報を持ってはいなさそうか。
「俺たちも何も知らないんだが、彼女が癒やし手だからか〈月の民〉だとか勘違いされて……もしかしたらそのせいかもしれない」
大まかなところを話した。うーん、とソルトさんは両腕を組む。
「オレも聞きかじりですけど、呪いにも種類があるらしいっすよ。何だっけな、生身で直接呪うのは難しくて、普通は道具を使うとかって。『普通』って何だって気がしますけど」
「道具……」
聞聴貝じゃないよな。あれは音を聞く道具だったはずだ。それに、ぶっ壊したし。……いや、壊したらまずいとか、あるか……?
「あの、道具を壊したら呪われる、とかあります、かね……?」




