03 きちんと警戒していれば
【アーサーとエレナは静かに深夜の町へ出た。天には月――ヴィリンと呼ばれる月神の化身が煌々と輝いている。彼は恨めしげにそれを眺めた。】
これまで神様の話はフレーバー程度にしか考えてなくて、エレナが月神に祈るのも「雰囲気がいい」「癒やしてもらえて有難い」くらいの感覚でいた。
それがいきなり、月と日の争いだか何だかに巻き込まれた。
実際のところ、〈月の民〉云々は、神様とは関係なさそうに思う。でも、あのお爺さんや聞聴貝を置いた誰かがどう思っているかは別の話だ。
少なくともあのお爺さんは「月女神の使徒」「月光石」を自分の陣営のものと解釈していた。それなら〈日の民〉から見れば、俺たちは敵の陣営。誤解だと説明しても通らない、と考えておくべきだろう。
【小さな宿場町に、娯楽施設などはない。ここに立ち寄る人々は、ただ屋根の下で眠るためにやってくるのだ。深更を大きく回り、夜明けはまだ遠い時間帯、動く人影は全くなかった。】
せっかくの宿だったが、仕方ない。二部屋の宿泊代も痛いが、仕方ない。
……待てよ、仕方なくないよな。こちとら被害者だ。何で宿泊費払って盗聴器仕掛けられて逃げてんだよ、理不尽!
【街道の一部に建物が連なっている状態である。小路をこっそり抜けるようなことは難しく、ふたりは身を隠す場所さえない大通りをまっすぐ歩いて行くしかなかった。】
俺は呼吸を整えた。緊張は身体を硬くするし、判断力を鈍らせる。
大丈夫だ、冷静に行こう。こっちが隠れられないということは相手も隠れられない。きちんと警戒していれば、不意打ちなんかはされない。
念のため、剣の柄に手をかけておく。俺の防具は月神の祝福を受けた装備で、一見したところは頼りないミディアムコート風なんだが、こういうときは音が出なくて助かる。
通りに人はいない。屋根の上みたいなところにもいない。
【宿の入り口で、物陰から誰かがこちらを見ている――と感じたアーサーは一瞬ぎくりとしたが、よく見ればそれは片手で持てるほどの小さな石像だった。】
脅かすなよ。俺は息を吐いてエレナを振り返った。
「見たか? あの石像。正直、一瞬びびっちまっ……」
緊張の緩和を兼ねてそんなことを言おうとした俺の言葉が止まる。
【アーサーが振り返ったそのとき、エレナの身体がぐらりと揺れた。】
「エレナ!?」
【素早く彼は彼女を抱きとめ、エレナがそのまま硬い街路に叩きつけられることはなかった。】
「おい、ど、どうし……」
【エレナは意識を失っていた。】
――何だ? 何が起きた? 俺は全身の毛が逆立つのを感じた。
終わってないんだ。エレナの命の危機は。部屋に飛び込んでも、貝を叩き壊しても、宿を離れても。
息はしてる。鼓動もしっかりある。俺は彼女に顔を寄せ、手を取ってそれらを確認した。
何の前触れもなく倒れた。これまでの旅路で、こんなことはなかった。体調が悪い様子もなかった。確かに今夜は眠れていないが、強烈な睡魔に負けたなんてこともないだろう。だいたい、寝たんじゃない、気絶したんだ。
【辺りを見回し、アーサーは迷った。すぐそこの宿屋に飛び込むか? しかしこの時間帯ではどこも開いていない。正面玄関に鍵をかけ、宿の者たちも眠ってしまうのが通例だ。さっきの宿に戻る? 彼らは正面の鍵を内側から開けて出てきた。しかし、敵地かもしれないのだ。その選択肢も採れない。】
俺はエレナの荷物を背負い、彼女を抱き上げた。
自分の鼓動がヤバい。どうする? どうすればいい?
落ち着け。落ち着け。俺がここでパニクっても、何にもならない。
宿が駄目なら……医者! 診療所みたいなところはないか?
そこだって閉まってるだろうが、神女が倒れたとなれば起きて応じてくれるかもしれない。医者も、癒やしって面で月神の使徒なんだし――いや、この宿場町の医者が〈日の民〉とか仲間だったら?
どうする。
エレナのために、俺が選ぶべきは――。




