02 聞聴貝
【この貝の正体は、「聞聴貝」。対になっていて、片方の貝の拾った音をもう片方に届けるものだ。アーサーは知らな】
俺は聖剣を振り上げるとその柄で貝をたたき割った。
盗聴器!? キッショ!!
【……かったが、貝が奇妙な音を発していることに気づき、不審に思って剣の柄を打ちつけた。貝は粉々になる。】
「なっ、なに!?」
大きな音を立ててしまったせいで、エレナが飛び起きた。
「すまん、起こしちまった」
俺は聖剣の柄を払う。〈ワーストエンド〉の初仕事が盗聴器を砕くことだとは……デビューとしちゃ締まらなかったな。
「襲撃、じゃなさそうね」
寝起きの頭をクリアにしようと、エレナはまばたきを繰り返している。可愛い。いやそんな場合ではない。
「これ、判るか? 砕いちまったけど」
「貝? 何、壊したの? え? なんで?」
寝台から降りてきて、エレナはそれを確認した。
聡明な彼女がちょっと寝ぼけてる。可愛い。いや、そんな場合ではないのだ。
「一応確認するけど、エレナのじゃないよな?」
俺はあまりエレナの方を見ないようにしながら言った。下着姿だ。
「ここに置いてあったのよ。誰かの忘れ物かもしれないと思って、宿の人に言うつもりだったわ」
「風が抜けるみたいな小さな音がしてた。……聞聴貝って知ってるか?」
『地の文』は俺がそれを知らないと言ったが、配慮してやらなくてもいいだろう。
「聞いたことある……密偵や斥候が使う道具……?」
「たぶんな。対の貝があって、音や声がそっちに届くんだろ。……どこかの酒場で聞いたことがある」
強引につけ加えた。『地の文』への配慮は要らないが、エレナへの説明は必要だ。
【アーサーは以前、「変わった道具」を持っていると吹聴する旅人と会ったことがあった。そのときたまたま、「聞聴貝」を目にしていたのだ。】
そういうことになったらしい。
「私の部屋に? どうして?」
目が覚めてきたようだ。エレナは考えるように口元に手を当てる。
「独り言の癖はないし……あなたがいなかったら無音よ?」
「――それなら、ここに俺がいないと判る」
「ええ?」
エレナはぴんとこないと言うように首をかしげて、それからはっとした顔を見せた。
「目的は情報の取得じゃなくて、私がひとりでいるかどうかの確認?」
「有り得ると思う」
「私の結界は魔を防ぐものであって、生身の人間には無意味……鍵はかかっていたけれど、宿の関係者なら解錠できる」
「室内に貝を置けるのも宿の関係者だ」
俺は額に手を当てた。清潔そうな宿だと思ったが、やべえところだったのか? それともあの常連っぽいお爺さんなら、ふらふら入り込める? あのお爺さんがそんなことをする理由は思い当たらないが……。
「それにしても何が狙われたのかしら。……私の貞操?」
「貝を置いたヤツ、オレ、コロス」
「落ち着いて。いまのは冗談」
「冗談にならないでしょ!?」
神女を襲う奴は――どっちの意味でも――そうそういない。神への畏怖があるからだ。
かと言って絶対じゃない。エレナは若くて可愛い女の子で、スタイルもいい。もし俺が親だったら、心配で家からだって出したくない。
いやこれは言い過ぎだけど。それくらい魅力的ってことだ。
「神女」というガワがなかったら、かつ、俺が隣にいなかったら、エレナに向けられる目はもっと気持ち悪いものが多いだろう。転移前も、美人の友だちと歩いてると、妙な目線やからかいを受けることが珍しくなかった。でも異性の友人も一緒のときは、そういうのがぐんと減るのだ。
そんなことを思い出して、ふるふると俺は首を振った。駄目駄目、元の世界のことはあまり考えないようにしなくちゃ。「どうして自分がこんな目に」って気持ちのループは、はまりやすいのに抜け出すのがしんどいんだ。
「とにかく、どういう理由にせよ、エレナが狙われている。いますぐここを出るか、宿屋の亭主を叩き起こして貝のことを訊くか……」
俺は両腕を組んだ。エレナは髪をかき上げて考えるようにしている。
「私個人には、この宿場町で狙われる理由は思い当たらない」
「可愛い」以外にはな……。
「ただ、例のご老人。私のことを〈月女神の使徒〉と言っていたのよね? そして〈月の民〉は〈日の民〉と敵対しているかのように」
「俺も考えた。俺たちを〈月の民〉で〈日の民〉の導師の暗殺者だとでも思っているなら……〈日の民〉側は情報を探ったり、ことによっちゃ……俺たちを先に始末しようと」
そんな民が本当にいるのか判らないままだが、考え方としちゃおかしくない。
「あなた、それを警戒していたの? もしかして、『お告げ』が?」
改めてエレナが問うた。俺は曖昧にうなずく。『地の文』はそこまで言っていなかったが、流れとしては有り得ることだ。
「よし、ここを出よう。貝が片方壊されたことに向こうは気づいたかもしれない。敵だと認定されたら、なりふりかまわず襲ってくる危険性もある」
返り討ちに……はしたくないもんな、人間なら。俺は嘆息した。
「判ったわ。すぐに支度を」
エレナはうなずき、髪をざっとまとめはじめる。
「まず頼みたいんだが」
聖剣を腰に差しながら、俺はもごもごと言った。
「先に、上を着てくれ」
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