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敵は魔王より『地の文』だって?~勇者アーサーの不本意な戦い~  作者: 一枝 唯
第2話 『地の文』がシリアスをぶっ込んでくる

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06 何か不吉なことを

「じゃ、〈月の民〉と〈日の民〉が争ってるみたいなことはないのか?」

「争ってたら一緒に歌えないでしょ」

「神話や歌のことじゃなくて、それを模倣した……新しい信仰とか……」


 声をひそめて俺が言うと、エレナは吹き出した。


「新しい……信仰? 神は二神しかいないのに? あなたってほんと、面白いこと言うのね」


【太陽神と月神しかいない以上、「新しい信仰」なんて生まれようがない。エレナからすればそれが「常識」だった。】


 俺は少しぞっとした。


 エレナは世慣れていて頭がよくて、俺は何度も彼女の助言に救われている。そんな彼女でも、信仰については悪い意味で純粋なのか。

 同じ神を崇めていても、宗派が違えば争いは生じる。転移前の世界で俺はそれを知ってる。俺は世界史に全然詳しくないが、その辺の話を習ったとき、強烈な話だなと思ったので何となく覚えてる。


 考えつく可能性はふたつ。

 ひとつ目は、エレナが純粋で、「ほかの宗派」なんて存在しないと思い込んでる。

 ふたつ目は、知っているが禁忌であって、彼女の立場でそこに触れることはできない。カギカッコつきの「常識」には、そういうニュアンスが込められているかもしれない。


 いや、もうひとつあるな……この世界では本当にそれが真実で、新しい宗派なんて「生まれ得ない」。


「そ、それじゃ」


 俺はその考えを進めるのをやめて、言葉を続けた。

 三つ目の可能性が高い気がしたんだ。「この世界の真実」と「俺」が違うことを突き詰めたら、俺は病む。考えないのがいちばんだと、この半年でよく判った。


「『月光石』ってのは?」

「〈ワーストエンド〉の柄にはまってるのがそうよ」

「やっぱりこれ、月光石って言うのか」


 お爺さんの言葉は、そこに関しては正しかったようだ。


「何か特別な石なのか?……高いのか?」


 また俺は声を潜めた。またエレナは笑う。


「石としてはそんなに価値はないはず。そこまできれいに磨かれたら値は付くでしょうけれど、一般的な装飾品程度じゃないかしら」

「じゃ、金銭的に狙われるというようなことはない、と」

「ないでしょうね。ただし、祝福に使われる石よ。言ったように、それは聖剣と言われるだけあって、月神の強い加護が宿っている。剣には太陽神の加護が願われることが多いから、珍しい方ね」


 絶対ないって訳じゃないけど、などとエレナは改めてワーストエンドの説明をしてくれた。


【剣は打ち破るもので、「動」だ。太陽神と相性がいい。しかし、敢えて「静」を司る月神の加護を込めるというのは、強い守りを意味した。】


 俺の剣は我流だし、攻撃は最大の防御みたいなノリで攻めていくことしか知らないから、守りが強くなるのは助かる。エレナの癒やしは強力だが、癒やされるまではすげえ痛いからな。もし怪我をしづらくなるなら、めちゃくちゃ有難い。


「さっきからどうしたの? 何か言われたの?」

「ああ、あの爺さんが妙な話を」


 俺はちらりとお爺さんのいた片隅を見てぎくっとした。


【――先ほど老人が居座っていた場所には、誰もいなかった。】


 ……いや、一瞬びびったけど、出てっただけだよな。給仕の人とも話してたし、幽霊とかじゃないよな。俺は息を吐いた。


【ほどなく運ばれてきた肉の香草焼きはアーサーの好みの味をしていたが、どうにも不吉な予感を覚えた彼は、それを飲み込むのにいつもより時間がかかってしまった。】


―*―


【老人は何者だったのか。アーサーは先ほどの給仕に尋ねてみようと思ったが、客が増えて慌ただしくなった食事処では難しかった。】


 そうなんだよな。ほかの給仕にちらっと聞いてはみたけど、常連の老人は何人もいるみたいで特定できなかった。


【エレナに聞いても、〈月の民〉と〈日の民〉の諍いなどは存在しそうにない。アーサーは、やはり給仕の言っていたようにあれは老人の戯言だったのだろうと考え、身体を休めることにした。】


 うーん、フラグの気配がすごくある。

 「大丈夫そうだと思った」ってわざわざ『地の文』が言うのは、ひっくり返る前置きじゃないのか?


 とは言え、どう警戒したらいいのか難しい。

 いまのところ「聖剣によって追い詰められる」が『地の文』の言いようで、その準備とばかりに出てきたのがさっきのお爺さん。

 エレナを「月女神の使徒」、月光石を持つ俺を〈月の民〉と言い、そのときがきた、〈日の民〉の導師を……()れ、と。


 そもそも、〈月の民〉〈日の民〉が何なのかも判らない。エレナの説明によると、正確には〈月を歌う民〉〈日を歌う民〉だそうだから、歌のことは関係ないのかもしれない。

 何にせよ、明日になったらここをさっさと離れればいいだけの話――であってほしいが、『地の文』が触れている以上、そう簡単にはいかなさそうだ。

 気味は悪い。が、現状、どうしようもない。

 俺は寝台に横になった。


 エレナとは、もちろん、別室だ。もっとも旅の最初、彼女は、二部屋取るのは無駄遣いだと主張した。〈聖なる勇者〉が神女を襲うはずもなし、と言うのだが――「万一のことがあれば月神の加護がなくなると思え」という脅しつきではあった――、俺が駄目だと言ったんだ。

 断じて、エレナちゃんに悪い噂をつける訳にはいかん。

 いくら俺が本物の勇者で、魔王を倒して英雄になったとしても、エレナちゃんに「勇者の女」なんて下卑た称号は絶対に与えんぞ!


【紳士的にもアーサーはエレナと別の部屋を取った。町で噂になるまいとする配慮ではあるが、野外では同じ天幕で眠っていることを思えば、あまり意味のない行動かもしれない。】


 うるせえな!


【それでも彼はそれを選ぶのだ。彼女を守るためだった。】


 ……判ってんならいいか。


【――そうした選択が、】


 俺はどきりとした。

 瞬時に、何か不吉なことを言われると判った。


【エレナの死を招くことになるとも知らずに。】


 俺は飛び起きた。即座に聖剣を手にすると宿の床を蹴り、勢いよく部屋を出て、隣室の扉を叩きもせずに開ける。


「エレナ!」


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