07 今日からまた、急転直下の展開が
「なに!? びっくりした」
聖剣を抱えてそのまま飛び込んだ隣室では、髪をとかしていたエレナが仰天してこちらを見ている。
「……か、鍵、かかってないんだが」
口をついて出たのはまずそんな言葉だった。
「かかってるわよ」
「いや、俺、入れて……」
「緊急の可能性あるでしょ、あなたなら開けられるように術を編んであるだけ。そんな無防備じゃないから安心して」
「え、ええと……」
「何? 何かあったの? まさか夜這いにきた訳じゃないでしょ」
「断じて違うが!」
「だから、何」
「いや……え、何?」
「私の台詞だってば」
エレナは困惑しているが、俺だってそうだ。
これまでの検証からすると、『地の文』に逆らえるのは俺だけだ。『地の文』が「アーサーは横になった」と書こうと、俺がもうちょっと起きていようと思えばそれは可能。『地の文』側に訂正が入る。「いや、まだやることがある、と思い直した」みたいな無理のあるヤツ。
だが、さっきのは俺のことじゃなかった。俺以外の事柄について、『地の文』と事実が違っていたことはない。
だから、エレナの……言いたくない。
待て、考えるんだ。
『地の文』は、俺とエレナが別室であることで……問題が起きると言った。俺はこうしてエレナの部屋に飛び込んだ。『地の文』はどう整合性をつける?
【不意に不吉な予感を覚え、アーサーはエレナの部屋を訪れた。彼女は驚いた顔を見せたが、信頼する勇者をそのまま迎え入れた。】
『地の文』が一瞬で俺の頭に入ってくる。よし、変わった!……よな?
……これはまじで、怖い。『地の文』には、決定権がある。俺の行動だけはそうでもないが、仮に『地の文』がいま「不吉な予感がしてエレナの部屋に行ったが、もう遅かった」なんて言っていたら――。
俺は身を震わせた。
「嫌な気配があるんだ。今夜は俺もこっちで寝ていいか」
「ええ……?」
「あ、だ、駄目か、こんな急じゃ」
いくら俺が手を出さないと信じてくれてても、急に言われたら戸惑うよな。俺だって、異性の友だちがこんなこと言ってきたら「いいよ」と即答はできない気がする。
「あなたの部屋代、返金してもらえるかしら。無理よね、いまから別の客入れられないもの」
「そこか」
真顔で言うエレナに俺は脱力したが、彼女は一貫している。俺がぶれてるのに怒ったりせず、応じてくれた――んだよな?――んだから、有難い。
「魔物に襲われそうな予感があったの?」
「……その可能性はある」
何とも言えないが、有り得ることだ。俺がうなずけば、エレナは苦笑いした。
「本気で嫌がってるのね。任せて、強力な結界張ってあげる」
「ん?……ああ、いや、襲われるってそうじゃなくて」
シノンに夜這いをかけられることを俺がずいぶん警戒していると、エレナにはそう取れたようだ。……そう言えばそんな話もあった。つい数日前のことだってのに。
そうだ、ほんの数日。
――この世界に転移したばかりの頃、俺は戸惑いと恐怖と、「どうして自分がこんな目に」という気持ちでいっぱいだった。ゲームやお話は好きだが、ガチで体験したいとは思わないじゃないか。
でも、いろいろな人に出会って助けてもらった。飯を分けてもらったり、剣を譲ってもらったり、大きな街まで連れていってもらったりする内に、次第に「この世界」を知っていった。
王都では魔王の送り込んだ魔物と戦うことになってそれを倒し、エレナに出会った。王様から勇者の称号をもらって、魔王を倒すための旅に出た……確か、そこまで一週間とか半月とかだったと思う。
それからしばらく、大きな出来事はなかった。
ちょっとした依頼なんかはあったが、大きな進展はなかった。
そして半年近く経ち、俺が〈聖なる勇者〉なんて呼ばれるようになって、「勇者の自覚」みたいなものも芽生え出してきた頃、ここ数日でいきなりこの濃さだ。
もしかしたらなんだが、俺が気づいていないところで『地の文』が「半年後――」みたいな一語を入れてたんじゃないだろうか。
この推測が当たっているとすると、今日からまた、急転直下の展開がはじまる可能性が高い。〈ワーストエンド〉を手に入れ、魔物シノンと出会い、魔王の名を知って――エレナの、運命、が、予言されるのを、聞いた。
冗談じゃない。
覆す。
俺は両の拳を握り締めた。
[第3話「『地の文』に断固として抗う」につづく]
祈るべきは神か悪魔か『地の文』か。エレナの運命や如何に。
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第3話「『地の文』に断固として抗う」もお楽しみに!




