第17話 文化祭実行委員、四天王といっしょ!
特別棟、第二会議室。
イギリス王室風の優雅なティータイムは、ジュネーヴ四巨頭会談のような緊張感に包まれていた。
上座には、生徒会長・木南 秋葉。
彼女はティーカップを音もなくソーサーに置くと、薄く形の良い唇を開いた。
「では、実行委員会の初仕事とまいりましょう。まずは今年の体育祭の『スローガン』を決定したいと思います」
スローガン。
文化祭の指針であり、全校生徒を鼓舞する魂の標語である。
「日村さん。リーダーとして、前に出て進行役をお願いできますか?」
「え、あ、はい……」
俺は緊張に手足を震わしつつ、立ち上がってホワイトボードへ向かう。
そしてテーブルへ向き直る
……流石に、壮観なり。
いま俺の目の前には、学園美少女四天王が勢揃いしている。
右側にフユミとコハル。
左側に冷水 夏希。
そして中央奥にアキハ先輩。
なんだこの配置。アキハ先輩が俺含む全員を偵察する気満々じゃないか……そりゃそうか。そのつもりで配置したのだろう。
閑話休題。
「えー、と。じゃあ、何かアイデアがある人は……」
「はいはーい!」
真っ先に手を挙げたのは、やはりコハルだった。
彼女はマカロン片手に身を乗り出す。
「アタシ考えたんだけどさ、去年のスローガンって『一致団結』っしょ? ちょ〜〜っと足りないよね。『華』がさ? ね? “““華やかさ”””が足りませんよね??」
コハルは俺とアキハ先輩をチラチラ見ながら言った。さっきアキハ先輩から『華やか』と褒められたのが余程うれしかったらしい。
「時代は令和! いっちょここはバズりそうなスローガンでいきましょーよ!」
「ほー、具体的には?」
「『世界で一番エモい場所。七曜しか勝たん祭!』とか!」
「却下でしょ」
即座にフユミが反対した。
澄まし顔で紅茶を飲みながら、フユミは続ける。
「文化祭は地域の皆様もいらっしゃる伝統ある行事よ。そんな一過性の流行語を冠するなんて、品格を疑われるわ。もっとこう、『一致団結・雲外蒼天』とか、そういう当たり障りのないものにすべきよ」
「えー? フユちゃん堅すぎ! それじゃ誰も来ないって。ねー、ナツキちゃんはどう思う?」
コハルが同意を求めるように左を向く。
話題を振られたシミズは、銀ブチ丸眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ふむ、と呟いた。
「……火伏さんの『バズ』という概念は、記号論的に言えば情報の爆発的伝播を指します。一方、月澄先輩の『伝統』は歴史的文脈の固執。……私に言わせれば、どちらも表層的ですね」
「なっ!?」
「む、確かに」
フユミとコハルが同時に声を上げる。
シミズは動じることなく、淀みない口調で続けた。
「文化の本質は『混沌』と『再構築』にあります。スローガンはもっと形而上学的なものであるべきです。例えば……『リチュアルとリアリズム』」
「学術書かよ」
俺は思わず突っ込んだ。
「あはは! ナツキちゃんマジウケる! 『りちゅある』って何? 新手のギャルのニックネーム?」
「いえ、これは至極真面目な文芸的アプローチで」
「いいじゃん、かっこいいよナツキちゃん! アタシ、その『りちゅある』って言葉すきかも!」
コハルがシミズの肩を抱き寄せる。
シミズは「ちょ、近いですよ」と口では言いつつも、されるがままになっている。
いつの間にかこの二人、完全に『オタクに優しいギャル』と『ギャルに懐くオタク』のドリームタッグになってる……。
百合か?
俺が間に挟まってるの、無かったことにならんかな。
「ちょっと、トーマ!」
フユミが俺を問い詰める。
「あんたリーダーでしょ。なんとか言いなさいよ!」
そう言われても、俺の脳内は既にパニック状態だ。
コハルの映え重視か、フユミの伝統保守か、シミズの哲学路線か。
誰か一人を選べば、他の二人にちょっとシコリを残すかもしれない。
こういう些細なポイントが均衡に響く……気がする。
もうね、俺いまビビりすぎてて事の軽重を測れないんですわ。助けてくださいホンマに。
とアキハ先輩にSOSの視線を送ると、彼女は静かに口を開いた。
「談論風発、助かります。しかし、まとまりきらないようですね」
言いながら立ち上がる。
「では、いっそ折衷案はどうでしょう?」
アキハ先輩はゆっくりと、俺の隣まで歩いてくる。
そして、俺に手を差し出す。俺はマーカーを、召使いのごとき丁寧さで手渡す。
アキハ先輩からふわりと香る、バラの花の匂い。
ハイソなものを身につけていらっしゃる……。
「皆様の意見、いずれも素晴らしいです。火伏さんの発信力。シミズさんの思想性。そして月澄さんの保守性。……これらを全て統合すればよいのです」
アキハ先輩は、それはそれは整った達筆で、ボードにさらさら書き込んだ。
『リアルに響け、七曜の音』
「おお……」
思わず声が漏れた。なんかそれっぽいのが来たな。
「今年の七曜祭は、ミュージカルを主軸に据えた構成を予定しています。また、インターネット広報にも力を入れてるつもりだったので、ちょうどいいかと。年配の地域の皆さんから私たちと同年代の人々まで、幅広い層に楽しんでもらおうと考えています」
アキハ先輩の言葉は、予め用意しておいたみたいな流暢さだった。
「……確かに、最適なコピーですね」
フユミはぐぬぬと言いたげな顔だ。
「おー! なんかプロっぽい! さっすがアキハ先輩!」
コハルは素直に感心している。
「弁証法的解決、アウフヘーベンですね」
シミズは腕組みオタク顔。
こいつ知ってる単語をテキトーに並べてるだけじゃないのか?
ともかく、三人とも納得してくれた。
アキハ先輩はマーカーを置くと、そのまま流れるように役割分担を発表する。
「火伏さんには『広報』をお願いします。あなたのSNSでの影響力と人脈を、学園の宣伝に注ぎ込んでください」
「かしこまり! とにかく歌って踊ってショート動画投稿します!」
「冷水さんにはパンフレット作成と演劇部の脚本監修を。あなたの筆力があれば、学園の歴史に刻まれる一冊ができるはず」
「……フッ。全校生徒の脳細胞に、私の言語能力を上書きして差し上げます」
「そして月澄さんには『会計』と『風紀維持』。つまり、予算の管理と各クラスの出し物の適正チェックをお願いします。あなたしかいません。あなたほど清廉で厳格な方もいませんから」
「……わかりました。トーマが浮き足立って予算を無駄にしないよう、私がしっかり財布の紐を握ります」
「ええ、お願いしますね」
おお、なんだか話がまとまった。
指示役のアキハ先輩と世話焼きのフユミは、役割的には相性が良いのかもしれない。
「そして、日村さん」
「あ、はい」
アキハ先輩が俺に向き直った。
女性の中では上背のある彼女の目線の高さは、俺とほぼ同じくらいだ。澄んだ瞳には、吸い込まれそうな輝きがある。
「あなたは『実行委員長』として、彼女たち三人の潤滑油になってください。……お願いできますね?」
誰か一人とだけイチャこいてヒイキすんなよ、ってことですよね。
わかります。わかりますよ!
俺は赤ベコのごとくうなずいた。
「では、連絡網を作りましょう。全員でグループLINEを作成してください」
アキハ先輩の指示で、全員がスマホを取り出した。
「QRコード出しますか?」
「いやぁ、先にグループ作っちゃった方が早いっしょ。トーマ、お願い」
「あ、はい」
俺はラインにて、グループを作成した。
【七曜祭実行委員会(仮)】。
そして、美少女四天王の全員に招待を送る。
ピコン。ピコン。ピコンピコン。
4連続の通知音は、俺の平穏の終わりを告げた。
デジタル空間でも、リアル空間でも、俺は四天王に完全に包囲されたのだ。
「それでは、今日の会議はこれにて終了。おつかれさまでした」
アキハ先輩の号令で、お茶会はお開きとなった。
コハルはシミズの腕を引っ張り、「ねーナツキちゃん、今日こそトーマといっしょにカラオケ行こ!」と言い、シミズは「……こ、これは不可抗力というやつで……」と呟きながら引きずられていく。
フユミは「トーマ、帰りに文房具店寄るわよ。予算管理のノート買うから」と言い残して去った。
最後に残った俺に、アキハ先輩がすれ違いざま、耳元で囁いた。
「……お疲れ様、トーマさん。ご褒美に、放課後の生徒会室にいらしてくださいな。二人きりで、今日の反省会をしましょう?」
俺の返事も待たず、彼女はコツコツとヒールを鳴らして去っていった。
その後ろ姿を見つめながら、俺は空になったティーカップを握りしめた。
文化祭まで、あと二ヶ月。
俺の胃壁が保つのが先か、学園が崩壊するのが先か。
戦いの幕は、いま、最悪の形で切って落とされた。




