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第25話 ☆コハル「そっちじゃないよ」(中編)

 アタシが日村くんへの恋心を自覚してから、2ヶ月以上が経った。


 ゴールデンウィーク真っただ中。

 アタシたちはいつものように、日村くんの部屋で肩を並べてマリオパーティをやっていた。


 画面の中では、キャラクターたちがドタバタとミニゲームを繰り広げている。


 けど、アタシの脳内はゲームどころじゃなかった。


 ……なんで誘ってこないの、このヘンテコ男子は!


 コントローラーのボタンをガチャガチャと押し込みながら、アタシは心の中で盛大に叫んだ。


 あの日、雪道で自分の恋心を自覚してから。

 アタシは強めにアピールしてきたつもりだ。


 用事もないのに家に入り浸って、一緒にご飯を食べて、休みの日も何かと理由をつけて隣り合っている。


「……あ」


 《《気づき》》に声を上げたアタシに、


「どったの?」


 日村くんは気の抜けた声をかけた。


「いや、なんでもない」


 アタシは適当にごまかした。


 アタシたちにとって、一緒にいるのは《《いつも通り》》だ。

 アタシは日村くんに恋する前から、日村くんと過ごしてきた。


 今さら恋人になるために、何をすればいいのか分からない。


 あー、こういうことか。

 フユミちゃんが何で日村くんに厳しいか、改めて分かった気がする。


 近づけるのに、届かない。

 すぐ隣にいて、寄り添ってくれる。それが心地よくて、好きになってしまう。


 でも日村くんは、絶対に自分から触れようとはしない。それがもどかしい。


 ちょうどいい距離感が心地よいから一緒にいたのに、今は『もっと踏み込んできてよ』と思ってしまう。


 自分勝手、かまってちゃん、めんどくさい女。


 そんな自分がイヤになってくる。

 不真面目なアタシでもそうなんだから、マジメなフユミちゃんは、もっと辛かっただろう。


 ため息がこぼれた。


「どしたの、ホントに」


 日村くんはコントローラを置いて、私の顔を覗き込む。


「今日は……」


 日村くんは何か言いかけて口ごもる。


「気圧差あるからね。ホットココア用意しようか」


「生理じゃないよ」


「俺の配慮を返してくれよマジで!」


 日村くんは恥ずかしそうに顔を覆う。


 大きな手の隙間から見える表情は、安心感で緩んでるようで……日村くん、アタシのこと心配してくれたんだ。


 日村くん、アタシのこと結構すきだな?


 アタシも日村くんが好き。


 好きなのに、好きだから、ちゃんと伝えられなくてグルグル悩んでしまう。


 こういうのがイヤだから、恋なんてしたくなかったのに。


 今のアタシは全然アタシらしくない。


「…………日村くんさぁ」


 口が勝手に八つ当たりを言う。


「女の敵だよね」


「え゙、今の俺が悪いんですか!?」


「いや、アタシが悪い。アタシが女の子なのが」


「哲学?」


「そーかも」


 首をかしげる日村くんを置いて、アタシは考える。


 受け身じゃダメだ。

 このまま待ってたら、卒業するまでずっと放課後の友達で終わってしまう。


 ──よし。


 アタシは小さく息を吸い込み、覚悟を決めた。


 日村くんがビビって踏み出せないなら、アタシから誘う。


 今日で一気に、恋人になっちゃおう。


 画面を見つめたまま、アタシは口を開いた。


「今日はさ〜」


 日村くんの目線が、横目でこちらに向くのを感じる。


「カラオケ、行かない?」


 ドキドキして震えそうになる声を、できるだけ平坦に保つ。


「おー、いいね」


 日村くんは、いつも通りの、少し気の抜けた声で返事をした。 


 よしっ!!

 アタシは内心で小さくガッツポーズをする。


「じゃ、決まりね。フリータイムで入ろ」


「うん」


 平静を装ってそう返したけど、コントローラーを握る手には、じわじわ汗が滲み出す。


 ただカラオケに行くだけじゃない。


 今日、絶対に日村くんを落としてみせる。





「いやー、やっぱ火伏さんチョー歌上手いね」


 日村くんが拍手をしながら言う。


「へへーん、昔からやってるからね」


 アタシはピースサインで返した。


 カラオケに訪れたアタシたちは、一時間ほど歌い続けていた。


 アタシの家の最寄りの、駅前にあるカラオケ。

 二人で外で遊ぶときは、だいたいアタシの家の近くまで来てもらうことにしている。学園や日村くんの家の辺り一帯は都会だから人が多くて、ファンの人に見つかりかねないから。


 それに、人気(ひとけ)のないアタシの地元に日村くんを連れて行くのは、なんだかちょっと、征服感(セーフクかん)?みたいな感じがある。


 アタシは明らかに浮かれてる。


「次、日村くんの番ね!」


「ん。なに歌おっかな〜」


「履歴から選べば?」


 デンモクを渡すふりをして、少しだけ身を乗り出す。肩と肩が触れるくらいに。

 日村くんは少しビクッとして、さりげなく距離を放す。でも、嫌がっているわけじゃない。


 耳の先が少し赤くなっているのが、薄暗い部屋でもよく分かった。


 初々しくて、ぎこちない。


 友達以上、恋人未満。

 この甘酸っぱくて安全な距離を潰すために、今日アタシはここに来た。


 でも、いざ二人きりになるとアタシも変に緊張してしてしまっている。


 最後の一歩が踏み出せない!


 そうこうしているうちに、帰宅間近になってしまった。


「あー、歌ったねー」


「うん。楽しかった。火伏さん、やっぱ歌うまいよね」


 日村くんが満足げに笑いながら、テーブルの上のスマホを手に取った。


 その瞬間。


「あ、電車止まってる」


 画面を見た日村くんの顔から、スッと血の気が引いた。


 アタシも自分のスマホを開く。


 ニュースアプリの通知が何件も溜まっていた。


 気象情報。運行情報。大雨。強風。倒木の影響により運転見合わせ。復旧の目処は立たず。


「あらら……」


 日村くんが使う路線が、見事に全て止まっていた。

 カラオケにいたせいで気づかなかったが、外は大荒れらしい。


「電車、いつ動くか分かんないなぁ」


 タクシーも無さそう、と日村くんは続ける。眉が下がった困り顔。


 どうしよう、とアタシが口を開きかけた、その時だった。


 ピロン。

 アタシのスマホに、LINEのメッセージが届いた。ママからだ。アタシの無事を確認するメッセージの下には、


『ヒヨリと一緒に、近くのお姉ちゃんの家に泊まらせてもらうことになった』


 と書かれていた。


 つまり──


 アタシは、固まってしまった。


 電車が止まって、日村くんは家に帰れない。

 そして今夜、アタシの家には《《誰もいない》》。


 これって。

 アタシが日村くんを、自宅に泊めるしかないってことじゃん。


「火伏さん? 大丈夫? 親御さん心配してる?」


 日村くんが覗き込んでくる。


「あ、ううん! なんでもない!」


 アタシは慌ててスマホを伏せた。

 心臓の音は、耳に響くほど高鳴っている。


 カミサマなんて信じてなかったけど、もしいるんなら最高のプレゼントだ。


 自分から誘う勇気が出なかったアタシに用意された、これ以上ない《《言い訳》》。


「とりあえずドリンクバー行ってくるよ。火伏さんは次もオレンジジュースでいい?」


 日村くんは呑気に立ち上がり、空のグラスを掴んだ。アタシは慌ててうなずく。


「う、うん。お願い」


「了解。すぐ戻るね」


 バタム。

 防音扉が閉まり、日村くんが部屋を出ていく。


 アタシは一人きり。

 スマホカメラを手鏡代わりに、前髪とメイクを整え直す。


 顔が赤い。触ると熱い。バカみたいに火照(ほて)ってる。


「らしくねぇ〜〜」


 自分で自分を笑い飛ばしても、恋心は冷めてくれない。


 ひとしきり笑い終えてから、アタシは息を整える。


 そして、


「……よし」


 これまでの人生で一番の覚悟をした。


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