第24話 ☆コハル「そっちじゃないよ」(前編)
へんてこ男子。
それが日村くんの第一印象だった。
容姿は普通。クラスの隅で、オタク友だちと談笑している、特に目立つわけでもない男子。
そして、お人好し。
誰もやりたがらないような細々したクラスの雑用を率先してやってくれる。
私が教科書を忘れたときには、ササッと自分のものを貸してくれたりする。
さらに、特進クイーンのフユミちゃんとは、なんだか複雑な関係みたい。
さらにさらに、あの完璧超人生徒会長こと、木南アキハとも仲良くしている。
普通なのに特別、特別なのに普通。
とにかくヘンテコな男子だった。
ふと、疑問を持った。自分自身に聞いてみる。
Q:私が日村くんに構う理由は?
A:安心安全。
私が動画投稿を始めて、インフルエンサーと呼ばれるようになったのは十二歳の頃だ。
画面の向こうから投げつけられるセクハラや中傷。そういうのには、もう慣れた。
けれど、いざ対面でそういうのを食らうと、まだまだそれなりに効いてしまう。
特に、学校という閉鎖空間では。
ヘタに男子から惚れられてアプローチされれば、周りの女子からヘイトを買うこともある。
男子からのナンパや女子からのヤキモチで嫌な思いをしたことは、数え切れないほどある。
だから私は、高校に入ってからは「明るくフランクで、派手で目立ってて、親しみやすいけど近寄り難いギャル」として立ち回るようにした。誰にとっても特別で、《《誰か》》の特別にならないように。
まるでアイドルみたいに、大胆不敵に慎重に。
そんな私にとって、日村くんは都合が良かった。
日村くんは私のことを、フツーの女の子だと思ってる。フツーに優しくしてくれて、フツーに仲良くしてくれる。
あんまりフツーだから、ついつい気が抜けちゃう。
気楽だから、日村くんと一緒に過ごす時間が好きだった。
でも、疑問はもう一つある。
最近、日村くんがミョーに良く見える。
絶対イケメンじゃないのに、日村くんの顔を見てると、なんかイイな〜って思う。
私は何を良いと思ってるんだろう。
「何なんだろうね?」
アタシは雪の中を歩きながら、日村くんに問いかける。
「何なんでしょうね。予報外れの大雪なんて」
「そっちじゃないよぉ」
私は思わず吹き出した。
その日は二月十四日。バレンタインデー。
アタシたちはスイーツパラダイスを満喫した帰り道だった。義理チョコの代わり、という名目で私から誘ったのだ。
「ねね。日村くんは何だと思う?」
「何の話題か分かりませんが」
日村くんは白い息を吐きながら、少し戸惑ったように笑った。純粋に楽しんでくれているのが伝わってきて、少しくすぐったい気持ちになる。
「なーんか、日村くんってカワイーとこあるよね?」
「な、なんすか急に……」
「あっは、また敬語になってるし。ってか、食べた後だと暑いねー」
言いながら、コートの前を開ける。日村くんの目線が私に吸い寄せられる。私が目線を返すと、日村くんは慌てて目をそらす。
かわいい。
なんか、なんだろ。
「あーわかった、弟だわ」
「え、火伏さん弟くんいたっけ?」
「んーん。姉貴と妹だけ。ただ、アタシに弟がいたら日村くんみたいな感じかな〜って思って」
日村くんは、なんか、かわいい。
同級生なのに年下みたいなとこがある。私のことを意識してるんだけど、それを悟られるだけでも恥ずかしいから、一線を引こうとしている。それなのに、自然にくつろげる雰囲気を作ってくれる。
やっぱりヘンテコだ、と改めて思う。
「あとアレ、日村くん寂しがり屋だから。そーゆーとこもカワイーよね」
「う……否定できない。まぁ最近は寂しくないよ、火伏さんがいてくれるから」
「……そーゆー言い方はカワイくないかも」
「え、ごめん……いや、これ俺が謝るべき流れか?」
「知りませ〜ん」
言いながら、アタシは頭の後ろで手を組む。
アキハ先輩が日村くんにチョッカイをかける気持ちが、ちょっとわかった。
日村くんには、かわいいトコと、沼らせ男っぽいトコがある。
距離感を保ちながら、時々こっちに依存しているような素振りを見せる。
私は恋愛なんてキョーミないから良いけど、他の女の子は大変なんじゃないだろうか。
アキハ先輩は……あの人は完璧超人だから良いとして。
フユミちゃんは幼なじみとして、時々ムカついたんじゃないかな。
まあ、邪推だけど。
みんなタイヘンだなー、と私は思う。
学生時代なんて人生で一番ヒマな時間なんだから、いちいち疲れちゃもったいない。
恋愛なんてするモンじゃない。フィクションで十分。
ドロドロの感情を隠して、ひりひりスリルを味わうのは、きっとすごーく楽しいんだと思う。
でも、それはビョーキと同じだ。中毒で依存症だ。
それが私の結論だった。
友だちの恋話だけでも胃もたれするのに、自分でやろうなんて思えない。
もっとラクに、程々の青春でも、コスパ良く楽しめるのに。
「みーんな計算がヘタっぴだよねー」
振り向いて、日村くんに問いかける。
「え、火伏さんが数学ニガテって話?」
「そーだけど、そっちじゃないよ」
言いながら、私は歩く。
溶けかけた雪を踏む。ずるんと滑る。
前を見ていなかったせいで、受け身も取れない。
「あぶない!」
とっさに日村くんが腕を掴んでくれた。
「あっぶね〜……このへん、瓶ゴミが雑に捨てられてるんだな」
姿勢を崩した私を引っ張り起こしながら、日村くんは辺りを見回す。
その目線を追うと確かに、割れた瓶ゴミの破片が、雪に隠れてそこかしこに散らばっていた。
「火伏さん、大丈夫? 怪我してない?」
日村くんは、すごく心配そうな顔をしている。罪悪感が私の中で張り詰める。
「あ、うん。へーき……ありがと」
「ああ、全然。無事でよかったよ」
当たり前のように言う日村くんの笑顔が、眩しいような気がする。
まっすぐ見つめてられなくて、私はチョットうつむいた。
日村くんの足下の雪が、赤く染まってる。
血。
踏んだ破片が靴を貫通したんだ。
「ひ、日村くん、血! 足ケガしてるよ!」
「ん? あ、ほんとだ!」
足の怪我に気付いた日村くんの第一声は、
「ごめん! せっかく火伏さんにもらった靴なのに!」
だった。
……いや、確かに私があげた靴だけど。
PR動画撮るときに企業さんから貰ったヤツが余ったからあげただけだし。
そんなのより、自分がケガしたことを考えるべきでしょ。
日村くんって、やっぱりヘンテコだ。
「ごめん、火伏さん。ほんとにごめん……」
日村くんの謝る顔は、捨て犬みたいに心細げだった。
「いいよ、別に。貰い物だし、靴はまた買えるし。そんなことより、ちゃんとケガの消毒しないと。破傷風?とか怖いし」
「あ、うん。ありがとう」
「あと、いつまでアタシの腕握ってんの?」
「え? あ、ごめん!」
日村くんは慌てて手を放した。
「もー、謝りすぎ! 私を助けてくれたんだから、気にしなくていいから! ほら、近くの病院行こ! ……歩ける?」
「う、うん」
日村くんは、私の隣を歩き出した。
私は日村くんに握られた手を、顔の前に持ってくる。で、握ったり開いたりする。
日村くんの手、大きかったな。
力も、びっくりするほど強くて……。
男の子なんだから当たり前、かも。
「どうしたの? 手首、ヒネっちゃった?」
日村くんが私の顔を覗き込む。さっきと同じ、心細げな表情。
「別に」
自分でも意外なほど素っ気ない声が出た。
なんで私、ちょっとイライラしてるんだろう。
今の私の態度は、フユミちゃんが日村くんと接するときの態度に似てる。
日村くんはちょっと不安そうな、寂しそうな顔をしている。さっき私を助けてくれたのに。私を気遣ってくれて、私が気まぐれに渡した靴のことも気にしてくて……。
それなのに、自分のケガは全然気にしてない。
日村くんのヘンテコさは、寂しがり屋から来ているのかもしれない。
私がイライラする理由が分かった。
私は、日村くんが寂しそうな顔をするのがイヤなんだ。
日村くんと初めて話した日のことを思いだす。
『うち、親がいないから』と言ったときの日村くんの表情を覚えてる。
日村くんにはもう二度と、あんな顔をしてほしくない。
……え、なんで? それって────。
すとん、と。
落ちるものがあった。
「……あ」
腑に落ちた。
恋に落ちてしまっていた。
「あー」
病院に向かう道の途中、私は小さくうめく。
「あ〜〜」
こうならないように立ち回ってきたのに。
「あ〜〜〜あ」
フユミちゃんが日村くんに塩対応する理由が分かった。
フユミちゃんも日村くんが好きなんだ。とにかく好きで、好きだからこそ、日村くんを見てるだけでソワソワして、ドキドキして、イライラする。
「……あーあ」
こういうのが嫌だから、避けてきたのに。
恋なんてビョーキだから、したくないと思ってたのに。
「ひ、火伏さん? 大丈夫?」
心配そうな日村くんの声に、
「大丈夫!」
私は食い気味に返した。
日村くんの顔は見れない。見たらどうなっちゃうかわからんから。
「日村くん!」
「な、なんですか?」
「絶対に治してよね」
「え? ええ、まあ。小さい怪我だからすぐ治りますよ」
そっちじゃないよ。
私は口の中で呟いた。




