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戦闘の開始と同時に無数の凶器が降り注がれた少し後のこと、集落の民家の影に逃げ隠れた優花は、追いかけてきた周吾の仲間の一人——田児義和と交戦を続けていた。
涼子とは同時に民家の影に飛び込んだが、分かれ道になっている箇所で、すぐに逸れてしまった。
逸れてしまった分かれ道の奥からは今も物音が聞こえてくるし、おそらく涼子もそう遠くにはいないだろうと判断する。だが、今は他の誰かを気にかけられるだけの余裕はない。目の前でつまらなさそうな顔を浮かべる田児の攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
優花の身体へ、重症には至らない細かな傷が無数に刻まれていく。
田児は周吾たちの班の中でも一番身体が大きく、学校の中でもいつも横暴な態度を取っているのが目についていた。彼はいつも相手を小馬鹿にするような態度をとる。今回もまた例外ではなく、余力を残すそぶりを見せながら、いたぶるような戦いをしている。
どうにか逃げるようにして間合いを取ると、そこで田児は攻撃の手を止めた。
「ねえねえ優花ちゃんさあ。もうちょっとちゃんと抵抗してくれないとつまんないんだけど。ねえ?」
「いい加減にして。この場所を奪って、それであなたたちはどうなるの?いいことなんて何一つないはずだよ?」
ひとしきり暴れ、それでもなお好戦的な態度を崩さない田児に問いかける。この言葉がどこまで相手に届くのか分からなかったが、それでも言葉をかけることをやめたくはなかった。
「るせえな。良いことがあるかなんて俺らが決めることだろ?それに、俺らとしては好きに暴れられて、それでお前らの困った顔がみられりゃあ、それだけで十分なんだよ。それ以外に、まだ理由がいるか?」
あまりにも勝手な言い分に、身体の内側から怒りが込み上げるのを感じる。
「最低、だね」
本気で軽蔑をしながら、優花は吐き捨てる。信条としてあまり汚い言葉は使いたくは無かったが、そんな風に言葉を選べる相手ではなかった。もういい加減に我慢の限界がきていた。
「はん、非難したければ勝手にしてろ。結局この世の中は強い奴が偉いんだからよ」
田児の口から放たれる乱暴な言葉に憤りを覚えつつも、その言葉を完全に否定しきれずにいる自分がいることに気づく。
子供たちが私欲のために争って、力ですべてを決めている様子を、嫌と言うほど目にしてきた。班の内部での地位のため、珍しい価値のあるものを手に入れるため、条件の良い領地を手に入れるため。そんな光景を何度も目にしながら、それでも力あるものが権力を持っているわけではないと口にできるほど、現実が見えていないわけではない。
むしろその現実をよく理解しているからこそ、余計に許せないのだと思う。
「強い人の方が偉い。悲しいけど、確かにそうかもしれない。でも、だからと言ってそれは、私たちの班を攻めてもいい理由にはならないよね?」
「は?理由にはなるだろ。頭悪いなあ。俺たちはお前らより強い、だから俺たちはお前らより偉い。つまり、俺らはお前らに何をしたったいいわけだ。分かる?」
田児の言葉に優花は歯噛みする。もうこれ以上は彼のめちゃくちゃな暴論を聞くには耐えられない。説得することを諦めたくはなかったが、これ以上話を続けたところで何が変わるわけでもないことは明らかだ。
今こうして話をしている間もどこかで、同じ班の仲間が彼らに苦しめられている。それを思うと、こんなところでこれ以上時間を無駄にしているわけにはいかなかった。
「あなたたちのめちゃくちゃな理論なんて、分からないし分かりたくもない。だから、これが私からあなたたちへの最後の言葉。手加減なんてできそうにないから、早くここから出て行って」
怒りを押し殺して、努めて平坦な声を作った。だが、そんな精一杯の忠告にも、田児は呆れたような顔で返した。
「お前、自分の立場分かってる?手加減って、それは上の立場の人間が使う言葉だと思うんだけど?」
もはや言葉を返す気は無かった。説得を続けるのも、今の言葉に対して反論をするのも、あまりにも無意味だ。田児の言葉など無視をして、意識の底へ神経を集中させる。
――意識が、研ぎ澄まされて行く。
脳に全身の神経が集中していくのを、どこか遠い出来事のように感じていた。脳だけでなく、周囲の空間すべてに神経を通わせるような、そんなイメージを頭の中に描く。
まるでこの世界そのものを自分の頭の中に投影するような感覚。半径にしておよそ3メートル。わずかもない間に、その空間すべてが優花のものになった。
次にイメージをしたのは、透明な30センチ四方程度の分厚い板。その板を四方八方に空間を埋め尽くすほどに配置する。優花が本気で戦うと決めた際の、おきまりの布陣だ。
その気配を察してか、田児は顔をしかめた。
「てめえ、何しやがった」
「さあ、別に知らなくてもいいことじゃないかな」
その挑発的な口調に田児の機嫌が悪くなっていくのが見て取れた。今にも飛びかかって来そうなほどの雰囲気だ。
そう思った次の瞬間のことだった。田児は渾身の力で地面を蹴り、その巨体を優花の方へと向けて一直線に飛ばしていった。
そんなことは想定しきった動きで、優花は焦ることもなく、田児の進路に浮かべておいた板を集中させて道を塞ぐ。予測通りに無数の板の壁にぶつかった田児は動きを止めて、呻きを上げる。このまま全身を無数の板で囲んで、動きを封じて仕舞えば、それで終わりのはずだった。が、その後の動きは完全に予想外だった。
「うるああ!」
田児は雄叫びと共に無理やり身体を押し出して、集中的に配置された板を押し動かした。慌てて2つ目の壁を作ろうと板を集めたが間に合わない。田児はついに壁を突破し、再び加速をつけて迫ってきている。
「うそ」
とっさに足に力を込めて後ろへ跳ねたが、田児が迫る方が早い。身体をひねって避けようとしても、それさえ間に合わず、田児が振り上げた右腕は優花の脇腹を打ち抜いた。
「かはっ」
激しい痛みと共に、肺の中の空気がこぼれ出た。とっさに身体をひねったおかげか意識を飛ばすまではいかなかったが、戦意をそがれるには十分な痛みだ。その場に立っていることすらできずに、地面に膝をつく。
「なんだ、でかい口叩いたくせにそれまでか?妙なことをしている気配がしたから何かと思ったが、結局大したことなかったな」
田児はついに警戒心を解いたのか、近くにあった陶器の破片を浮かべて遊んでいる。何かを言い返す気にもなれず、ただその様子を眺める。他の班員たちは今頃どうしているだろうか。気になるのはそんなことばかりだ。戦闘の流れで遠く離れた場所まで来てしまったせいで、他の四人の様子は分からない。
いつまでもこんなところで足止めされているわけにはいかないのに。目の前に立つ田児のことを睨みながら、どこかで戦っている四人のことを想う。
不安が頭をよぎる。ひょっとすれば、今頃誰か戦いに敗れてひどい仕打ちを受けているかもしれない。耐えがたい痛みを、与えられているかもしれない。苦痛に顔をゆがめる仲間たちの姿が嫌でも脳裏に浮かぶ。修也に竜司、涼子。そして一番強いイメージとして頭に浮かぶのは創の顔。頭の中に浮かぶのは、全身をひどく傷つけられた創の姿。イメージの中の創が受けた痛みが、そのままに自分の身体に伝わってくるのを感じる。腕が、足が、胸が痛い。脇腹に受けた一撃の痛みも忘れるくらいに、それはリアルな感覚を伴って優花の身体を痛めつけた。
その痛みが優花の身体を奮い立たせる。
行かないと、みんなところへ。
「ごめんなさい。今度こそ本当に手加減できないから」
四角形の透明な板を使った陣形は、あくまで相手を傷つけずに勝利をつかむための手段でしかない。攻撃を防ぎ、相手の動きを止める。それだけのために最適化された手段。それで対応できない相手となれば、次の段階に移らなくてはならない。その段階まで来てしまえばもう、相手を傷つけずに勝利を得ると言う理想ばかりも言っていられない。
それは、相手を傷つけて動きを封じ、確実に勝利を得るための非情な手段。
「お前さあ、自分の立場分かってる?とっておきの防御が突破されたばっかりなのに、よくもまあそんなこと言えるよ。お前、これで負けたら相当カッコ悪いよ」
嘲笑う言葉も耳に入らない。心を静めて次の一手となる物体を想像する。無数の物質を生み出して、それを周囲の空間に配置する。やることと言えば前回の構えとそう大差はない。だが、生み出したのは四角の板ではなく、頂点が鋭く尖る三角形の透明な薄い板。それが今、優花の周りを取り囲むように無数に配置されている。
「今度は何をした?」
余裕ぶった田児の声。それも耳には入らない。頭の中に浮かぶのは、この三角形の板で身体を傷つけられて苦痛の叫びをあげる田児の姿。今から自分の手によって誰かが傷つけられるのだと思うだけで、胸が痛む。想像をしたいわけではないはずなのに、どうしてか誰かの痛みを自分の痛みのように感じてしまう。
何かが浮かんでいる気配を感じたのか、田児は浮かんでいる一枚の三角の板をつかみ取った。
「なんだ。何をしたのかと思ったら、さっきと何も変わらないじゃねえか。悪いけど、俺としてもいつまでもこんなところにいるわけにもいかないし、さっさととどめ刺させてもらうわ」
田児の両足に力が溜まっていくのが分かる。きっと、さっきと同じ強引な突進が来るのだろう。強引に来ればくるほど、これはきっと彼の身体を傷つける。今から起こることを思うと胸が締め付けられる。
「ごめんなさい」
胸の痛みに耐えられなくなった優花は、ついに涙をこぼした。
その瞬間、田児の身体がさっきの焼き直しのように飛び出した。さっきと違うことは一つ、田児の身体を待ち構えるのはただの壁ではないと言うこと。宙に浮かぶ三角の板の中を、田児の身体はかき分ける。田児の身体に三角の板の角が刺さるのが見えた。
安全のために頭の位置には浮かべなかったが、それでも胴体から腕、足の先まで身体の深いところまで刺さっていくのを感じる。それだけではない、角に当たらなかった板はその衝撃で砕け散り、粉々の破片となって細かい傷をつけていく。
一瞬の間があってから、悲鳴とも怒号ともとれる叫びが辺りに響き渡った。
「ああああああああああああああああああああああああ!!」
その悲痛な叫びに、思わず優花は目を閉じた。
やがて、叫び声が枯れると、どさりという音がして静寂が戻った。
恐る恐る目を開ける。眼下には全身から血を流した田児が倒れていた。




