Ep-2
二三時五五分。寒空の下、家の外に立って迎えの大人が来るのを待つ。もうずっとこうして家の外で立っているものだから、いい加減に身体が冷えてきた。二四時の瞬間まで迎えが来ないことは分かっているはずなのに、もう一時間近くもこうしている。あまりにもバカみたいだと自嘲する。
二四時の町に人影は一つもない。創が大人になるこの瞬間を見送りに来た者は一人もいない。けれど、そこに寂しい感情は少しもない。異端児と呼ばれた子供の最後としては、ふさわしい光景に思えた。
一七歳の誕生日を迎えるということは、子供としての命が終わることと同義だ。誰かが大人になる瞬間はあんなにも焦りを覚えたというのに、いざ自分の番がきて仕舞えば、不思議なほどに心は落ち着いている。あれほど恐れていた二四時の時計の針を、今は待ち遠しいとさえ思う。
待ち望んだ瞬間が近いことを悟り、創は静かに目を閉じる。少しの間そうしていると、やがて前方から足音が聞こえた。
目を開けると、目の前には一人の大人。いよいよその時が来た。
目の前の大人は目深にフードを被っていて、その顔はよく見えない。体格からは辛うじて男性であることが読み取れた。
フードの男は厳かに口を開く。
「水野創さんですね。一七歳のお誕生日おめでとう。あなたを迎えにきました」
「待ちくたびれたよ」
そう言って、創はわざとらしく不敵に笑って見せる。
フードの男の表情は見えず、この反応がどう映ったのかは分からない。目の前の男に、他の子供とは違うのだと言うことを見せたかった。
だが、そんな創の思惑に反して大人は何の反応も見せずに、黙って歩き始める。いったいどこへ向かうのかは分からなかったが、創は慌てて後をついて歩く。
修也や涼子、そして優花を連れて行った大人たちとは、どこか異なる雰囲気を男は纏っている。違和感を覚えつつも、今は男の後をついて歩くことしかできない。
二四時の町中を、男は臆することもなく足早に進んでいく。どれほど進もうと、男は口を開こうと言う様子すら見せない。投げかけたい質問はいくらでもあったが、男と我慢比べでもするように、創も一切の口を開かなかった。
三○分ほど歩いて、ようやく目的地の前までたどり着くと、男はそこで立ち止まる。そこは、大人エリアへ続く門の前だった。
フードの男がこちらを見つめるのが分かった。フードの奥に隠れた彼の双眸は、真剣な表情で創の顔を射抜いているのだと確信できた。
「水野創。子供ではなくなったきみに二つの質問をする。この島の支配者は誰だ?」
男の口調に始めの丁寧さはなく、その言葉遣いは同じ大人へ向けられるそれだ。試されているのだと分かった。
一度小さく息を吸ってから、創は答える。
「支配者は大人だ。子供が大人を支配しているのは誤りで、本当は大人が子供を管理している」
男の表情は見えず、正解か不正解かもわからない。けれど、間違いではないという確信ならあった。
「二つ目の質問だ。子供たちの使う力、あれの正体は何だ」
それは、ずっと昔から考え続けてきた問いでもあった。かつては見つからなかったその問いの答えも、今ならもうわかる。
「答えは、想像力だ。それが直接的な正解かは分からないけど、想像力の豊かな子供の方が能力の使い方がうまいのは明らかだ」
「なるほど。では三つ目の質問だ」
「二問じゃなかったのかよ」
男は予定になかった三つ目の質問に移ろうとする。フードの下から覗く男の口元は、ほくそ笑んでいるようにも見えた。
「その予定だったが、気が変わった。ますますきみに興味がわいた」
「ま、いいけど」
フードの下では、緩んでいた男の口元が再び真一文字に結ばれる。ややあってから、男は最後の質問を口にした。
「先ほどの二つの答えから導き出せる、この世界の真実は何だ」
やけに真面目な声を作って、男はそう問いかけた。その問いが持つ意味は分からなかったが、それでも何か大きな意味を持つことは明らかだ。
創は慎重に言葉を選びながら、たどり着いた答えを口にする。
「大人たちは子供の力におびえながらも、それを管理することを選んだ。そして、子供たちはそれに気づかずに飼いならされている。大人が子供を神様扱いしているのは、子供に余計な想像力を付けてほしくないからだ。それでも学校に行かせたり五人組の班を作っているのは、最低限の教育の確保かな」
創のその答えに、男が満足そうに笑うのが見えた。
「合格だ。想像以上だよ」
言いながら、男はフードを外す。フードの下から現れたのは、いつか大人エリアで遭遇した怪しげな男の顔だった。
だが、この男がただの怪しい男ではなく、大人たちの代表を務めている者であることを今の創は知っている。そんな立場の大人がわざわざ一人の子供を迎えに来たという事実に、様々な憶測が頭の中を駆け巡った。
男は再び歩き始めると、大人エリアの中へと入っていく。創はそれについて行き、大人エリアへと足を踏み入れる。
この場所を訪れるのは一年前の夏に五人で来た時以来だが、その行為が持つ意味合いは、その時とはまるで違う。この町に暮らす大人の一人して、創はこの地に足を踏み入れた。
大人エリアも二四時を過ぎれば、家の明かりもまばらで、外を歩く人影はない。誰もいない通りの真ん中を歩いて、男は語る。
「きみは政治家という存在を知っているか?」
「いいや」
「一言で言うなれば、大人たちの代表。つまりは、この島の支配者だ」
「あんたが、その政治家ってやつなのか?」
「そうだ。そしてきみはこれからその政治家になるんだ」
「なんだって?」
突拍子も無い男の言葉に思わず絶句する。しかし、男の顔はいたって真面目であり、そこに冗談の響きは少しも無い。
「我々大人は常に見定めている、頭の悪い子供たちの中にも、優秀な人材がいないかと。きみほどの人材を見つけられたのは幸運だよ」
「そんなこと言われても、政治家なんて存在は今日初めて知ったし、何をすればいいのかわかんねえよ」
「心配することはない、いずれわかるよ。きみはもう子供ではないのだから」
男はそこで、ふと立ち止まる。視線を前に向けてみるとそこには、アーチ状の屋根が特徴的な、不思議な形をした大きな建物があった。それは、他の建物とは明らかに異なる雰囲気を放っている。
「ここは?」
「議事堂と呼ばれる、政治を行う場所だ。ここにはすべての町の政治家が集まるんだ。つまり、この島の中心だよ」
「そんなところ、俺には……」
「大丈夫、きみの友達もうまくやっているよ」
「俺の、友達……?」
その時、目の前の建物の入り口の扉が開いた。その扉の向こうから姿を見せたのは、あまりにも見慣れた顔。
「優花!」
「創、久しぶりだね」
久しぶりの優花は、顔の作りこそ最後に会った時と変わりないが、どこか大人びた雰囲気を帯びている。あまりにも唐突な再開に、喜びよりも困惑が先に立った。
優花と再開ができたら話したい話題がいくらでもあったはずなのに、語るべき言葉が見当たらない。形容のし難い感情が、胸の奥で渦巻いた。
「彼女は立派な政治家に育っているよ。そして、大人になっても力を失っていない、非常に稀有な例でもある」
「そんなことがあるのか!?」
「本当に一握りだがね。そうした人材は、時たま現れる。彼らは行き過ぎた子供への対抗手段として、非常に重要な役割を担っている」
「行き過ぎた子供、ね……」
突如として大人狩りを始めた子供たちや、大人たちを奴隷にするため、大人エリアへと乗り込んでいった子供たちのことを思い出す。彼らのような自制の効かなくなった子供たちを相手に、優花のような大人たちは戦いを続けているのだろうか。
「大丈夫だよ。この前の大人狩りみたいなのは本当に珍しい例で、子供と対峙することなんて、実際はほとんどないから」
不安げな創の表情が伝わったのか、安心させような調子で優花は言った。けれど、あの革命の時に起こった惨劇を思うと、素直に安心できる気分にもなれなかった。
「さて、水野創。残念ながら、この島の大人には職業の選択の自由がない。大人になった瞬間から、きみは政治家になることが決定されているんだ」
男は創の目を見つめて、そんなことを口にする。彼がとても大事な話をしていることは分かっていたが、あまりにいろいろなことが起こり過ぎて、いよいよ思考が追いつかない。頭の上に疑問符を浮かべて黙っていると、それに気づいた男がフォローをするように続けた。
「すまない。話を急ぎすぎてしまったな。別に何も、明日から政治家としての仕事をこなせと言うわけじゃない。一七歳になって大人エリアへと来た者は、まずは大人になるための訓練を受けなければいけない」
一七歳になった瞬間に、大人と呼ばれる存在になるわけじゃない。何か施設に閉じ込められて、大人になるための研修を受けなければいけないという話を思い出した。
「その訓練を受ければ、俺も大人になれるんだな?」
「そうだ。だから、きみが今日から過ごすのはこっちの方だ」
男は再び歩き出す。優花は穏やかな笑みを浮かべるだけで何も言わない。優花も一七歳になった時は、同じ案内をされたのだろうか。
「ここだ。この寮が今日からきみの暮らしていく家だ」
男が指をさすのは、汚れた外装が目立つ二階建てのアパート。部屋の中までは見えないが、部屋も外観同様に薄汚いことが容易に想像できた。
「なるほど。こんなところから、大人になるための試練は始まるんだな」
「そう言うなよ。これでも他の寮に比べれば、まだ良い方なんだ」
男の言葉に、思わず苦笑いが溢れる。いよいよ覚悟を決めなければいけないようだ。大人になる覚悟ならとっくにできているつもりでいたが、いぜその時が来てみると、尻込みする感情があることに気づく。
「これはあまり、これから研修を受ける子供に言わないんだが……大人になるための訓練は、生易しいものじゃないぞ。これから始まるのは、辛く厳しい時間だ」
男はえらく真面目な顔をしてそう言った。きっとその言葉は本当に正しいのだろう。それをあえて創に伝えた真意は分からないが、どのみちその訓練を絶えぬかなければならないことには変わりない。
「頑張ってね」
優花のそんな優しい声を聞くのも久しぶりだ。その訓練というのがいったい何週間、何ヶ月続くのかは知らないが、しばらくの間はこの励ましの言葉一つで、耐えていけるような気がした。
「どうにか、頑張ってみるよ」
「覚悟を決めろよ。きみはもう子供じゃないのだから」
言って、男は一つの鍵を投げて渡した。数字の書かれたタグのついたそれは、これから暮らしていくことになる部屋の鍵だろう。
錆び付いた階段、くすんだ外壁。このアパートの狭い一室で、今日から新たな生活を始めるのだ。
世界は否応無しに変わっていく。大人になると言うことの意味なんて、今はまだ少しも理解していない。
それでも自分はもう子供じゃない。それだけは分かっている。ならばもう、男の言う通り、覚悟を決めるしか道は残されていなかった。




