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自由の島  作者: 琴羽
エピローグ
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43/43

Ep-3

 一七歳の誕生日を迎えて大人になってから一ヶ月が経った。大人になったその日から、男につれられるままに寮での暮らしを続けている。寮での暮らしは生活の全てが管理され、それはまさに地獄のような日々だった。朝起きる瞬間から夜眠る瞬間まで、そこに一切の自由はなく、大人として生きるために必要な教育を叩き込まれた。

 大人として生きていく毎日の中で、目がさめるたびに自分の中で何かが変わっていく感覚に囚われる。変わっていくものが何なのか、どれほど考えてもその答えは分からないが、それを気にかける余裕もない。大人として生きるため、そして政治家と呼ばれる存在になるために、ただ無我夢中に日々を過ごしていた。

「明日は政治家として、初めての仕事に臨んでもらう」、男からそう言われたのは、夕日が沈む時間になってからのことだった。

 寮の自室で、男から渡された資料を机に広げる。その資料は一人男の手記だった。そこには書かれているのは、大人と子供の争いの歴史。

 ずっと追い求めていた、この島の――この世界の真実を、創は夢中になって貪るように読み続けた。



 ◆


 大人と子供の歴史、そして人類の再起の軌跡をここに記す。



 20XX年、◯月。特殊な力を持った子供が、初めてこの世界に確認された。テレビなどで取り上げられ、たちまちその情報は全世界に知れ渡る。始めはやらせだの合成だのと疑われていたが、その子供が惜しげも無く力を披露したことで、次第に誰もその力を信じるようになった。

 この時はまだ誰も、あれほどの悲劇が起こるなどと、想像さえもしていなかったと思う。

 20XX年、○月。不思議な力を持った子供の存在に、だんだんと世間が関心を薄めていたときのこと、二人目の力の所有者が現れた。その子供はずっと自身の力を隠していたようだったが、事故に遭遇した際に思わず力を行使してしまったようだ。偶然にもそれを多くの人々が目撃しており、彼女の存在は瞬く間に世間に広まっていった。

 彼女はとても聡明で、一人目の子供よりさまざまな力を扱うことができたと、後になって語られている。

 20XX年、○月。二人目の存在が明らかになってから、一月も立たない間に、三人目と四人目が同時に二カ国から現れた。新時代の幕開けだと、そんな風に語られ始めたのはこの時からだ。特殊な力を持った彼らのことを、まるで神のように崇める者もいれば、逆に不気味に思う者もいた。

 その後も次々と特殊な子供の存在が明らかとなり、世界は混乱に包まれていった。

 20XX年、◯月。一つのニュースが全世界に衝撃を与えた。特殊な力を持った一人の子供が何者かに殺害されるという事件が起きた。その犯人はすぐに見つかり逮捕されたものの、自らの行いは正しいものだと、その正当性を訴え続けた。

 一人の殺人犯の遠吠えに過ぎなかったはずのそれは、世界中の人々の心の奥に潜んでいた感情を、確実に揺さぶっていった。

 その犯人の思想に感化された者たちは、特殊な力を持った子供たちのことを迫害し始めて、彼ら子供たちのことを追い込んでいく。

 この世界の誰もが彼らのことを迫害しようとしたわけではないが、表立って彼らのことを支援しようとする者はいない。得体の知れない力に対して、誰もが恐怖を抱いているのは明らかだった。

 20XX年、○月。特殊な力を持った子供の一人が、この世界を作り変えることを宣言した。自分たちは特別な存在であり、何の力も持たない凡庸な人間を全て排除する。それが彼の主張だった。

 彼のその言葉は、特殊な力を持たない当たり前の人間にとって、脅威以外の何物でもない。瞬く間に、全世界は恐怖と混乱の渦に包まれた。

 迫害をされ続けてきた特殊な力を持つ子供たちは、彼のその言葉に賛同して、団結をしながら各地で暴動を起こし始める。

 今まで世間から虐げられてきた反動か、子供たちの暴動は過激なものだった。特殊な力を自在に操って、力なき市民に暴虐の限りを尽くす。いよいよ警察の力だけでは抑えられなり、それぞれの国の軍隊が出動するまでに至った。

 軍と子供が殺し合う、言葉にするのもためらわれるほどに、恐ろしい世の中だった。

 20XX、◯月。戦いの最中にも特殊な力を持つの子供の数は増えていく。始めは一握りの子供だけが使えたはずの力も、いつしかすべての子供が手にするようになっていた。

 始めは一部の子供とそれ以外の人々との争いだったはずのそれは、大人と子供の争いへと姿を変えていく。

 もはやこの世界は取り返しのつかないところまで来てしまった。

 20XX、◯月。子供たちと軍との争いは数カ月にわたって繰り広げられ、その争いは各地に甚大な被害をもたらした。通信インフラはすべて破壊され、今世界がどうなっているのか、その情報すら分からない。

 テレビを点けても砂嵐が流れるだけで、ラジオを点けても雑音が流れるだけ。きっとこの日本はもう、国家としての機能を保ってはいないだろう。

 我々の住む町は戦火の中で、周囲の町からは完全に隔離されてしまった。無論、救援などはあるわけもなく、絶望だけが町を包む。

 だが、幸いにしてここは港町だ。すべての住民を船に乗せて、我々は日本本土を旅立つことを決意した。

 我々には一つの当てがあった。人口の都市部集中の流れで人々に捨て去さられ、今や無人島となってしまった一つの島、その島へと我々は移り住むことを決めた。

 他の人類がどうなっているかはわからない。だが、我々はこの小さな島から再起することを目指したのだった。

 20XX、◯月。この島に移住してから二年の時が経ち、この小さな島で初めての子供が誕生した。当初すべての住民が子供を産むことに抵抗を持っていたが、子供が生まれないことには人類の再起はない。おびえながらも、あの惨劇を繰り返さないように、上手く育てていくことを誓った。

 子供たちの特殊な力の源が想像力にあることは分かっていた。だからこそ、徹底的に甘やかし、思考を停止させ、想像することをやめさせた。

 20XX年、◯月。一人目の子供が生まれたことをきっかけに、二人目三人目の子供が生まれ、気づけばこの島に暮らす子供の数もずいぶんと増えていた。彼らは皆、目論見通りに想像力を失って、奔放な性格に育っていった。何一つ力が使えないというわけでなかったが、そこにはかつて世界を恐怖で支配した、恐ろしい子供の面影はない。まるで、たちの悪いやんちゃな子供と同じだった。

 20XX年、◯月。この島で産まれた初めての子が一七歳の誕生日を迎えた。その時が来たと、誰もが思った。子供にのみ発症する特殊な力も、大人になれば力が使えなくなる。世界中の研究者の手により、そうした仮説が立てられていた。

 無理矢理に縛り付けて大人の考えを植え付ける方法は、かつて子供達が猛威を振るっていた時から、対抗手段の一つとして考えられていた手法ではあった。

 しかし、幼少な子供にそれをすることは、あまりにもリスキーだ。では、何歳を迎えた子供であれば大人としての考えを植えつけることができるのか、その答えは分からない。

 そこで我々は一七歳を迎えた彼を被験体として、無理矢理に子供の思想を奪い取る実験を始めた。

 20XX年、◯月。一七年間ひたすら好きに生きてきた彼にとって、大人になるための訓練は地獄であったのだろう。訓練の最中に大人を襲うことが何度もあった。しかし、それでも我々は訓練を止めることなかった。ひたすら彼から振るわれる暴力に耐え続け、一ヶ月の時が立った時、ついに彼は大人となり、特殊な力の一切を失ったことが確認された。

 それはまさに、人類が未知の力に勝利した瞬間だった。

 彼――野上一を被験体として扱ってしまったことは、我々大人として非常に恥ずべきことである。しかし、無事に大人へと昇華して我々に希望を与える存在となってくれた彼には、際限のない感謝を送りたい。

 その時から我々は一七歳を成人と定め、一七歳の誕生日を迎えた者には彼と同じ訓練を受けさせることとした。始めは子供たちから強い抵抗があったものの、そのルールが根づくにつれ、大人になることは仕方のないことだと、抵抗も少なくなっていった。

 そうして我々は、恐ろしい力を持った子供を適切に管理しながらに育てる、教育のサイクルを手に入れたのだ。

 20XX年、◯月。今日もそのサイクルは続く。最後の最後に私事で申し訳ないが、いよいよ私にも死期が迫っているのが分かる。この小さな島から始まる人類の再起を、最後まで見届けることができないことが心残りだ。

 確かに、人類は子供を飼いならし、彼らの脅威を極限まで下げる方法を確立することに成功した。けれど、大人と子供がいがみ合う現状が続いていくのは、あまりにも寂しいことだ。

 大人と子供のかつての正しい関係を取り戻し、人類が再び日本列島へ、そして大陸へと戻っていける日を願う。


 ◆


「目は通したか?」

 翌日、この島の政治の中心である議事堂の前で男と落ち合うと、開口一番に男は訪ねた。目を通したのかと尋ねたのは、おそらく昨日の資料のことだろう。

「はい、内容は全部頭に入りました」

「ならいい。これからきみの初仕事が始まるわけだが、覚悟はできているな?」

 いよいよ今日、政治家としての第一歩を踏み出す。新たな世界に好奇心がないわけではないが、それ以上に不安の方が大きかった。

「やるだけやってみる、としか言えないですけど。結局、何をすればいいのかもまだあまり分かってないですし……」

「なあに、そんな気負わなくていいんだよ。初仕事と言っても、暴走した老人がおかしなこと言ったら、適当に怒鳴りつけてやればいいだけだから」

「そんなものですかね。僕みたいな新米がうまく立ち回れるとも思えないですけど」

「うまく立ち回ろうなんて思わなくていいんだよ、とりあえずがむしゃらに手を抜かずにやればそれでいい。じいさんたちは島の中の子供のことで頭がいっぱいだが、今日は海洋進出を提言できる貴重な議会なんだ。気合い入れていくぞ」

 そう言うと、男は議事堂の扉をあけて建物の中へと進んでいく。創はそれについて行き、建物の中に入る。建物の中の空気は冷たく、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 ふいに、この広大な建物の中に一人立ち尽くしているような感覚に襲われる。ふと天井を見上げてみると、吹き抜けになっていたようで、天井は遥か高い。あまりの部屋の広さに圧倒されて、前を歩く男に置いていかれていることにもすぐに気づけなかった。

「緊張しているか?」

 前を歩く男は創の様子に気づくと、立ち止まってそう問うた。

「いえ、部屋の大きさに少し圧倒されただけです」

 言いながら、創は男の元へと歩く。天井から垂れ下がる電気は弱く、部屋全体が薄暗い。少し歩くと、目の前に巨大な観音開きの扉が現れた。

「さあ行くぞ、水野創。逃げ道なんて、どこにだって用意されていないんだ。覚悟を決めて歩き出せ、きみはもう大人になったのだから」

 男はそう言うと、目の前に立ちふさがる巨体な扉を開く。一度小さく息を吸ってから、その背中に語る。

「大丈夫ですよ、野上さん。覚悟ならもう決まっていますから」

 扉の奥へ歩き出す。扉を超えるとそこには、三六〇度見渡す限りの大人がいた。誰もかれも、町で見かける大人とは雰囲気が違う。一度唾を飲んで落ち着くと、ようやく感覚が追いついた。

 逃げられない戦いが、始まったのだ。


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