3-4
創たちが試合を終えて、そこから小一時間が経った頃、一回戦のすべての試合が消化された。時刻はすでにお昼近く。一つの班につきたった一回の試合で、もうすでに半数の班が敗退を決めたのだ。去年は気にも留めなかった当たり前の事実に、胸の奥で寂しさを覚える。
この大会に参加している班の中には、創たちのようにきちんと戦術を練って戦う班もあれば、先ほどの相手のようにやる気のない班も多くある。運悪くやる気のある班同士が当たってしまった場合、たとえこの大会のためにどれだけ準備してきていようと、どちらかの班は必ず、たった一回の戦いでこの大会を終えるのだ。
自分たちは生き延びた。その半分に、混ざることができたのだ。
やる気のない班のほとんどは、二回戦目まで上がって来ることはない。次からがいよいよ本当の戦いになる。
二回戦目に入ると、試合展開も一方的なものが減って試合時間は伸びる傾向にあるが、単純に試合数が半分になったことでトーナメントの進行は速くなる。一回戦目の時よりもずっと早く、創たちの出番が回って来た。
「さあ、二回戦だ。さっきのように練習通りに行くよ」
望むところだ。胸の内に唱えて、創は立ち上がる。
再びフィールドに上がった創たちを待っていたのは、またしても顔も知らない相手だった。けれど、一回戦の相手とは明らかに違う。戦うことを望み、勝利を求め、それを掴むための努力を重ねてきた。彼らの顔がその事実を物語っていた。
「いいじゃねえか、やるならやっぱり相手も本気じゃねえと」
その事実を竜司は歓迎する。たとえどれだけ勝ちは勝ちだと納得しても、何一つ勝負に参加できなかった一回戦目には不満が残っているのだろう。ギラつかせた目で、じっと相手を睨む。
創たちはお互いに目配せをして、そして各々の持ち場へと散っていく。ほどなくして、開戦を告げる合図が鳴った。
そこからの流れは一回戦目の時と何も変わらない。相手と遭遇する前に修也と合流を果たす。何度も繰り返したその動きは、難敵であることが予想されるこの二回戦でも上手くいった。まず最初の関門を突破できたことを、修也と共に安堵しつつ、いよいよ相手の動きを探りに出る。
思い描いていた戦いの算段から外れたのは、この時からだった。
フィールドの中を歩けども歩けけども相手の姿が見当たらない。相手は一体どこに潜んでいるのかとフィールドの中を歩き回っていると、不意をつくかのように投擲による攻撃を仕掛けられる。
彼らは決して姿を表すことはなく、どこまでも物陰からの奇襲に徹していた。彼らの狡猾な攻め方に対して苛立ちが募るが、相手の姿が見えないのでは反撃もできない。一箇所に留まるわけにもいかず、逃げるようにしながらフィールドの中を移動した。
そんなことをしていると、やがて優花と竜司と遭遇をした。そのまま二人と合流してフィールドを歩くが、状況は一向に変わらない。
一方的に居場所が知られている状況は、ハンデにしてはあまりにも重すぎる。まだ誰か脱落者が出たわけではないが、焦れったい試合展開に集中力がすり減っていくのがわかる。
特に竜司はその傾向が強く、まるで苛立ちが隠せていない。こうなることが彼らの目的であることは分かっていたが、どうしようもない現状に焦りが抑えられずにいた。時間が経てば経つほど、悪循環へとはまっていく。
開けた場所に出ると、修也は足を止めた。
「さて、ここからどうしようか。どう見ても、あまりいい状況とは言えないね」
「くそっ。なんなんだよ、こいつらは。ムカつくったらありゃしねえ!」
竜司は腹の中にたまった苛立ちと共に吐き出した。修也は口に人差し指を当てて、声のトーンを抑えるようなジェスチャーを送る。
「抑えて、竜司君。彼らはきっと近くに潜んでいるし、会話を聞かれないように気をつけないと」
「悪かったよ。けど、この状況はどうするんだよ。いっそ、周りの障害物を全部壊して回るか?」
「そうしたい気分は山々だけどな。どうせ障害物が壊れるゴタゴタに紛れて襲われるのがオチだろう」
彼らの動きはどこまでも計算尽くだ。きっとやけを起こした相手の対処法くらい、彼らの中には確立されているだろう。
「でも、どうしようか。せめて相手の居場所だけでも分かればいいんだけど……」
優花は顎に手を当てて考えるそぶりを見せるが、特に妙案も思いつかないのか、その表情は冴えない。何か打つ手はないものかと誰もが思考を巡らせると、辺りには沈黙が生まれた。
やがて、それを破ったのは修也の一言だった。
「上手くいくかは分からない、けど……」
誰もが一斉に修也の方を振り向いた。
「竜司君、ちょっと無茶なお願いをしても?」
竜司はそれに、あからさまに怪訝そうな顔を返した。
一通り話し合いを終えると、再び障害物の立ち並ぶ狭い通りへと入った。辺りの障害物は背が高く、先の様子まで見通すのは難しい。さらに、障害物と障害物の隙間が数多くあるこの場所は、居場所のわからない敵と戦うには最悪の場所だった。
そんな通りを創たちは慎重に進んでいく。いつどこから奇襲を仕掛けられるか分からない状況で、竜司の苛立ちは最高潮に達しようとしているように見えた。
瞬間、緊張に満ちた空間に風切り音が響いた。音のした方へと目を向けると、無数の瓦礫のようなものが飛来するのが見えた。物陰からの奇襲は、もう何度受けたかも分からない。創たちはそれを冷静に受け流す。この程度の攻撃では、何も状況は変わることはないはずだった。
だが四人の中で、竜司だけは冷静さを欠いていた。
何かがプツリと切れたように、竜司は突然、瓦礫の飛来した方角へと向かって走り出した。物陰からの奥に潜む相手を目指し、竜司は単身で切り込んでいく。それは、誰の目にも無茶な突進に映るはずだった。
まるで罠にかかった獲物を歓迎するかのように、頑なに姿を隠してきた相手が、竜司へと襲いかかろうとしているのが見えた。集団から浮いてしまった竜司は、それでリタイアとなるはずだった。
もしも本当に、竜司の頭に血が上っていたのなら。
相手のうちの何人かが物陰から飛び出した瞬間、竜司は唐突に走る足を止めて、すぐに後ろへ飛んだ。このまま突進してくると踏んでいた彼らは、思いがけない竜司の動きに慌てた様子を見せる。彼らのうちのほとんどは賢明にもすぐさま姿を隠したが、一人の子供は身を引こうとする竜司を深追いする形となった。
修也が竜司へ与えた指示は、頭に血が上ったフリをして相手を誘い出すこと。竜司はそれを、見事にやってのけた。
あぶれてしまった一人を落とすため、創はありったけの力を込めて駆け出した。
「ありがとな。あとはこっちの仕事だ」
逃げ出す隙は与えない。自分が攻める立場にいると思っていた相手は、逆に攻め込まれた時の対処法など頭になかったのか、慌てたように背中を向けて逃げ出そうとした。
その背中に向けて、ついさっき投げつけられた瓦礫を投擲し返す。彼の姿が物陰へと隠れるその直前、瓦礫は彼の背中の的を砕く。背中に受けた衝撃で、彼は逃げ出そうとする勢いのままにその場で転倒した。
「くそっ」
倒れた男は悔しさを吐き出し、地面を叩いた。それだけで、彼らのこの戦いにかける想いを感じる。
見事に仕事をやってのけた竜司をねぎらおうと、竜司の肩を叩こうとした。その瞬間、すぐ近くの障害物の影から二つの人影が飛び出してきた。
その二つの人影はそれぞれ創と竜司の元へと一気に迫り、額に巻かれた瓦をめがけて拳を突き出した。創も竜司も、それをどうにか受け止めたが、反応が一瞬遅れたことで受け止め方が不完全になりよろけてしまう。それを好機と見た相手は何度も追撃を繰り出し、後退をしながら受け止め続ける。創は足元に落ちていた瓦礫を利用し、目の前の相手を牽制すると、どうにか一定の距離を取ることに成功する。
若干の余裕が生まれ竜司の方へと目を向けると、壁際に追い詰められた竜司が相手と組み合っているのが目に入った。二人の力は拮抗しているのか、状況は完全に硬直している。
追い詰められた竜司へ救援に入ろうと、修也と優花が走り出す。だが、その二人の前に一人の少女が現れ、道を遮った。少女は何か堅固な壁を生み出しているのか、二人は足を止めて悔しさに顔を歪める。
ちょうどその瞬間だった。通りの奥の物陰から、相手の班の最後の一人の少年が飛び出してきた。少年はまるで空を駆けるかのような勢いで、動くことのできない竜司の元へとまっすぐに向かっていく。動きを封じられた状態では、迫る新手に対応などできるはずもない。
だが、動くことができないのは相手にとっても同じことだ。その好機を彼女が見逃すはずもなかった。
竜司の背後の障害物を飛び越えて、彼女は組み合っている二人のすぐ隣に降り立った。そして、二人の元へと迫る少年よりも早く、竜司と組み合っている相手の女の背中へ拳を突き出した。
それを彼女はどうにか身体を捩って躱すと、互いに掴んでいた腕は離れ、竜司の身体に自由が戻る。両腕が自由になった竜司は、目の前の女の額に向かって拳を突き出した。すぐ後ろの涼子に意識を奪われた女は、竜司からの攻撃に対し、反応が遅れたように見えた。
今にもその拳が女の額に巻かれた瓦を打ち砕こうとする瞬間、二人の元へと駆けていた少年の影が現れて、竜司と少女の間に割って入った。少年は駆けつけた勢いそのままに、竜司の額へめがけて腕を振り上げた。
そして次の瞬間、乾いたような高い音が二つ、この狭い通りに鳴り響いた。
竜司と少年の二人は、お互いに相手の額の的を破壊し、同時に脱落となった。竜司は自らの命が砕けたことに気づくと、悔しさに顔を歪めた後、すぐに観念した表情になった。
「後は頼んだからな」
言い残して、竜司は相手の少年と共にフィールドを後にする。その背中に、力を込めて言葉を返す。
「任せな」
竜司の脱落こそあったが、確実に相手の数を減らすことには成功した。残った人数は四対三、数における有意性は鮮明なものになった。
創は目の前の相手を牽制しながら、涼子との合流を果たす。それと同時に相手の二人も合流すると、戦況は完全に二つに分断される形となった。
「さて、ここからどうしようか。一気に畳み掛ける?」
目の前の二人の男女を睨んで涼子は問う。通りの奥へと目を向けると、修也と優花の二人が一人立ちふさがる相手を押すように、じわじわとこちらへ近づいてくるのが見えた。
期せずして、創と涼子、そして修也と優花の四人で相手の残り三人を挟む形になっていることに気づく。
このまま一斉に攻めゆけば、数の力で押し切れると、そう確信した。
涼子へ目配せをすると、意図を理解したのか涼子は力強く頷いた。踏み込むタイミングを計りつつ、目の前の相手の方へとにじり寄る。
まずは女の方からだと、照準を合わせるように視線を向ける。女は視線に気づくと、鋭い瞳でこちらを睨み返した。
不利な状況にも諦めることはしないと、その目からは確かな闘志が伝わって来る。つくずく、初戦の相手とは大違いだ。
それでこそだと、創は笑う。本気の相手と戦って、死力を尽くした戦いの先にある勝利にこそ意味がある。これから始まる最後の戦いに、思わず胸が高鳴った。
「あああ!!」
目の前の二人は雄叫びをあげると、こちらへ向かって同時に飛び出した。気迫のこもった一撃が創と涼子を襲い、それをどうにか受け止める。
それが最後の戦いの合図。その一撃を皮切りに、一切の小細工もない正面からの攻防が始まった。
涼子とともに二人の男女と攻防を続けていると、通りの奥で戦闘を続けていた修也と優花も合流し、完全に四対三の形となった。
想定していた通りに、四人で相手の三人を囲む形になったことで、創たちはますます攻撃の手を激しくする。
だが彼ら三人はそんな不利な状況にも、全てをはねのける勢いで激しく抵抗を続けた。
狭い通りに武器が飛び交い、あらゆる物質が生み出され、その隙間を縫って肉弾戦が繰り広げられる。そこには、想定していたような数の優位はまるで感じられなかった。
様々な衝突音の響く戦場の中で、瓦の砕ける乾いた音が響いた。視界の端で、涼子が脱落していくのが見えた。残りの人数が同じになったのも束の間で、その数瞬後には、相手の一人も音とともに消えていく。
そこから先はもう、無我夢中だった。背中と額の的だけは必死になって守り続け、隙を縫ってはがむしゃらに攻撃を仕掛ける。誰が離脱していったのかも把握しきれない状況の中で、ただひたすらに戦い続けた。
もはや意識と身体が分離しているかのような感覚の中で、次第に体力が尽き始めていく。これ以上は限界だと身体が警鐘を鳴らした時、終わりは唐突に訪れた。
最後の攻防はおそらく、時間にすればそれほど長くはなかったかもしれない。けれど、ついに戦いの決着がついた頃には、もう何時間も争いを続けてきたような気分だった。
試合の終わりを告げる合図が鳴った瞬間、この場に立っていたのは、創と修也の二人だけだった。
緊張から解き放たれ、創は大きく息を吐く。しばらくそうしてその場で立っていると、相手の子供たちは悔しさの張り付いた顔で、背中を丸めて去っていった。
その背中が見えなくなったその瞬間、創たち五人は喜びを弾けさせた。
三回戦への進出が決まった。




