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創たちの一回戦目の戦いの会場は、ここメインスタジアム。歩きながら、これから自らの戦いの舞台となるスタジアムの中央に設置されたフィールドを睨んだ。
一〇〇メートル四方の狭いフィールドの中には、建物を模したオブジェなど、様々な障害物が林立し、視界を遮る役割を果たしている。一年ぶりとなる正式な大会に、戦い方の定石を思い返す。
普段の練習では、五人が所定の位置についた瞬間に試合開始となるが、五対五の正式な試合では、その一〇人が位置につくのを待つ。
その初期位置はあらかじめ場所が決められていて、必ず同じ班のメンバー同士は等間隔になるように設定をされている。誰がどこの位置につくのか、そして試合開始の合図と共にどう動くのかが、試合の行方を左右する重要なポイントになる。
創たちがスタジアムの入場口までたどり着くと、係の大人の一人がこの場所で待つようにと、頭を下げながら頼んだ。
入場口の奥では、すでに何度も戦いの舞台となり荒れ果てたフィールドを整えるために、十数名の大人たちがせわしなく駆け回っていた。大人たちは様々な道具を手にし、フィールドを右に左に動き回る。
その準備が整うのを、入場口で待機しながら眺める。始めはなんとなく眺めていただけだったが、彼らがフィールドを整えるその動きが、よく洗練された無駄のないものであることに気づく。
素早い動きでスコップを使い、抉られた地面を均していく。なんの力も使えないただの大人のはずなのに、何か不思議な力を使っているかのように、荒れたフィールドをみるみる正しい形へ戻していく。仮に同じ数の子供がいて、力を使って同じことをしようとしても、彼らより早く終わらせることは間違いなく不可能だ。そんなことにさえ、気づいてしまった。
「お待たせいたしました。ご入場をお願いいたします」
すべての準備が終わったことが確認されると、係の大人がそう告げた。促されるまま、いよいよ入場を開始する。ざらついた地面を歩いて、フィールドの中へと向かう。向かいからは、今回の対戦相手となる五人の子供が行進をしている。
その様子を見て、気がついた。その出で立ちには覇気がない。まるでただ惰性で出場をしているような、そんな風にも見える。そういう子供がいないわけではないことは去年の大会の経験から分かっていたが、いきなりこんなのが相手では拍子抜けだ。
「それでは所定の位置までお願いします」
審判役の大人に促され、それぞれ持ち場へ向かう。その直前に修也が言った。
「じゃあ、いつも通りに行こうか」
うなずいて、それぞれの持ち場を目指して散って行った。
さすがに本番の大会となれば気が引き締まる。持ち場へと進む足にも、自然と力が入っているのが分かる。やがて、持ち場までたどり着くと、そこで一息をついた。
ゆっくりと息を吸い込み、そして吸い込むのと同じだけの時間をかけて、それを吐き出す。もう一度その動作を繰り返し、二度目の息を吐き出した時だった。フィールドのちょうど真ん中の辺りから、パアンと言う、竹を燃やした際に鳴る破裂音にも似た、試合の開始を告げる合図が響いた。
開始の合図と同時に、創は動き出す。取るべき行動はもう、頭の中で固められていた。
試合が開始した瞬間、開始位置の近い創と修也、優花と竜司がそれぞれ合流をする。そして、その二組で近くの相手を挟撃し、涼子には状況に合わせて動いてもらう。それが五人で話し合って決めた、勝つための段取りだ。
その段取り通りに修也の元へと走ると、ほどなくして目的の顔が見えた。幾度となく練習で繰り返した動きだったが、予定通りに行ったことに安堵の声を漏らす。
「良かった。とりあえず、最初の動きはうまくいったな」
「そうだね。今頃優花ちゃんと竜司くんがうまく合流してくれていればいいけど」
「大丈夫さ、あの二人なら」
「そうだね。きっとあの二人なら大丈夫だ」
それは、何の疑いもない声だった。周吾たちのする都合の良い解釈とは違う。長い時間を共に過ごした仲間への信頼の表れだ。
けれど、こんな戦場のど真ん中でいつまでも落ち着いていられるわけもない。背中の方から慌ただしい足音がして、慌てて後ろを振り向く。障害物の影から飛び出すようにして、相手の五人のうち三人がまとまって、奇襲をしかけに来ているのが見えた。
彼らは創たち二人の姿を認めると、いくつもの武器を投擲しながら走り寄って来る。飛来するものを一つ一つ弾き落としていると、すぐに三人は目の前まで迫り、接近戦の形になる。彼らの突進するような勢いに負けて、徐々に押されるように後退をする。
「なんだよ、ずいぶん気合を入れていた割にこんなもんか」
相手の一人が言う。
後退をしながら、創は見る。彼らの後ろで、機を見計らう涼子の姿があった。目が合うと、涼子はわずかにうなずいて、準備が整っていることを告げる合図を出した。
それを見た創はムキになったフリをするため、大げさに拳を突き出して、隙を作ってみせる。それを絶好の機会と見た相手が、一斉に攻撃をしかけようとした。
彼らの意識は完全に攻めへと向かい、目の前のこと以外が見えなくなったその瞬間を、涼子は見逃さない。突如として現れた涼子は、鮮やかな動きで彼らの背中につけられた的を破壊する。どうにか一人は寸前で身体をひねってかわしたようだが、もはや勝負がついたも同然だ。彼の意識はもう、後ろにいる涼子の方へと向いている。
生き残った一人の男を足払いをして身体を倒し、動きを封じたところで目的である額の的を破壊する。それは涼子の登場から、わずか数瞬の出来事だった。
的を破壊されて失格となった彼ら三人は、何が起きたのかと呆然とした表情で創や修也、涼子の顔を見つめていた。
「さて、これであと二人か」
ふう、息を吐きながら修也が言う。戦いの舞台となれば物音が響き、居場所を他の参加者に伝えることになる。一息つけるのは束の間で、きっとすぐにでも残りの二人が駆けつけて来るだろう。
次の戦闘に備えて緩んだ気持ちを引き締める、その時だった。少し離れた物陰から、二人の子供が飛び出してきた。新たな敵の登場に再び戦闘の構えを取ると、それと同時に、その二人の目が、たった今敗れた三人の仲間を捉えたのが分かった。みるみるうちに、その表情から戦意が失われていく。
「嘘だろ、三人ともかよ」
片方が呟いた。それに同調するように、もう一方は深いため息をついた。明らかにそれは、これから仲間の仇を打とうする人の顔ではなかった。
「やめだやめ。こんなんもう、どうしようもないって」
言って、一人が自身の的を外し、地面に置いた。それを確認して、もう一人もそれに倣う。ガシャリと、硬いもの同士が打ち付けられる音がした。
その音は、冷たく無機質なものだった。 「降参だよ、こーさん」
あまりにもあっけない幕切れだ。二人の降参を審判が確認すると、そこで試合終了の合図を告げた。顔を上げてスタジアムに設置された時計を確認すると、この試合にかかった時間が、たったの二分であったことを知る。一回戦目のタイムとしてはそれほど極端なものではないが、なかなかに短い時間だ。
遅れて、優花と竜司が顔を出した。自分の預かり知らないところで訪れた決着に、二人は困惑とも物足りなさとも取れる表情を浮かべている。
相手は試合が終わると同時に、そそくさとこの場を引き上げていく。そこに悔しがるそぶりは微塵もない。なんとも事務的な引き際だ。
試合に勝ちはしたものの、なんとも複雑な気分だ。きっと誰もが同じ気分でいる。それを察してか、修也が諭すような声を出した。
「勝ちは勝ちだ。大勝も辛勝も、同じ勝ちには変わりない。ひとまず今は、次に進めることを喜んでおこうよ」
「まあ、確かに修也の言う通りかもな」
創は自分に言い聞かせた。涼子もそれに続く。
「そうだね。楽に勝てるならそれに越したことはないし」
「うんうん。これから大変になるだろうから、体力の温存は大事だよ」
「なんか釈然としねえが、まあいいだろう」
さらに言葉をかぶせたのは、優花と竜司だ。試合が終わってからの、このたったの短い時間で、誰もが釈然としない勝利から気持ちを切り替えていた。
それは間違いなく、修也の言葉に依るものだった。




