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自由の島  作者: 琴羽
第3章 別離
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3-2

会場に着くと、他の三人はもうすでに揃っていた。時間には余裕を持って家を出たつもりでいたが、どうやらゆっくりと歩きすぎたらしい。別に遅刻をしたわけではないのだが、竜司からは冷たい視線が向けられた。

「まったく、ずいぶんのんきな登場だな」

「一応時間通りなんだ、許してくれよ」

それでも竜司は態度を崩さない。これはもういつものことだ。それをなだめるように修也がいう。

「まあまあ、これで全員揃ったわけだし、早く受付に行こうよ」

修也にうながされ、建物の中を目指して歩く。今回の大会の会場となるのは、創の知る限り最も大きな運動場。いくつかの小さな広場やグラウンドと、それらに囲まれるようにして敷地の中央に位置する一つのスタジアム。スタジアムの周りには客席も設けられていて、年に一度のこの大会では座席のほとんどが埋め尽くされる。観戦するのは試合のない子供達だけでなく、各地から訪れる大人たちも多くいる。年に一度だけの子供と大人が入り混じるこの日は、異様な空気を作り上げる。運動場の敷地内にはすでに多くの子供や大人が集まり、普段では決して聞かれることのない喧騒が広がっていた。

受付のためにスタジアム脇にある施設に入ると、そこにも外と変わらない人だかりができていた。人の密度は外とそれほど変わりないが、天井の低さのせいか、くたびれるほどの圧迫感を受ける。

だが同時に、普段では決して見られることのできない光景の異様さが、気分を高揚させていった。

いよいよ今日、年に一度の大事な戦いが始まるのだ。

同じように思っているのか、必死に昂りを抑えたような声で竜司がつぶやく。

「本当にいよいよなんだな。やっぱり試合の前ってのはわくわくする」

「竜司くんはすごいね。私なんて朝からずっとドキドキしっぱなしだよ」

そういう優花は、胸の前で自らの両手を握り合わせて、言葉の通りに不安そうな仕草を見せた。その両手を包み込んでやりたくなる衝動を抑える。

励ましたのは、意外にも竜司だった。

「そんなに緊張することもないだろ。さんざん練習でやってきたことをやるだけなんだから」

「へえ、意外。井岡がそんなこと言うなんて」

涼子がそれをからかう。

「そりゃあどういう意味だよ」

「そのままの意味だけど?別にけなしているつもりはないし、むしろ褒めてるつもりなんだけどね」

「なんか腑に落ちねえな」

「まあまあ、それより手続きをしに行くよ。登録を忘れて出場できませんじゃあ笑い話にもできないからね」

二人の会話を修也が遮る。

「だな。けど、全員で行ったってしょうがないし、俺が行ってくるよ」

言って、創は前に出る。出場の登録を行っているカウンターの前は、我先にと身を乗出す子供達で溢れている。その隙間に割って入る。

ひしめき合う子供の中をくぐって、奥へと進みカウンターを目指す。やがて、出場登録の手続きを終えたのは、五分ほど人混みと格闘をした後だった。まるで、今日の戦いの前哨戦をしたような気分だ。

受付を終えたことを証明する紙を右手で掲げながら戻る創を、修也が労った。

「お疲れ様。お願いしちゃって悪かったね」

「いいよ、別に。修也じゃあ他の奴に遠慮して前に進めないだろうし、竜司じゃあ逆に喧嘩になって受付どころじゃなかっただろうし」

「否定してきれないところが痛いな」

修也はそう言って苦笑する。竜司が抗議の目線を送ってくるのが目に入ったが、気づかないふりをする。

「それにしても本当に多いな」

人混みに揉まれた恨みを少しだけ込めて、創は呆れた声を出す。去年もとにかく人が多かったことは記憶していたが、この人数は記憶を上回っている。

「ごめんね、大変だったよね。島中の子供たちがみんな集まってるんだし、当然と言えば当然かもしれないけど、やっぱり、これだけ多いと参っちゃうよね」

そう言って優花は本当に参ったような顔をする。

「本当にね。私、あんまり人の多いところは好きじゃないんだけどな。なんだか、去年よりもさらに多くなってる気がする」

涼子は辟易した調子で、優花の言葉に同調をする。やはり去年よりも人数が多いように感じたのは気のせいではなかったのだろうかと、そう思った時のことだった。

目の前から、気に触るニヤケ面が近づいて来ることに気づく。その顔を見た瞬間、思わず舌を打った。誰もがその存在に気付き、途端に緊張が走る。

「トーナメント表はもう見たか?俺らが当たるのは三回戦だな」

四人の班員を後ろに従えた周吾は、開口一番そう言った。周吾の言うトーナメント表とは、今日の大会の、対戦の組み合わせ表のことだろう。まるで、その三回戦までにどちらかが負けることを、少しも想定していないような口ぶりだ。

班を代表するような形で、修也は一歩前へ出て言い返す。

「教えてくれてありがとう。けど、きみたちとどこで当たるかなんて、僕たちにとっては別にどうでもよかったかな」

「はん。スカしてんじゃねえよ。あんまり早くに負けたくないから、俺たちとはできるだけ後に当たりたいとか、どうせそんなことを考えてたんだろ?」

相変わらず都合のいいお考えなようで、そんなことを言う。何か言い返してやりたい衝動にかられるが、そこは抑えて修也に託す。

「これ以上、きみたちのバカな言い合いに付き合う気は無いよ。個人的な恨みがないといえば嘘になるけど、僕たちは優勝を目指しているんだ。きみたちとどこで当たるかなんてどうでもいい」

修也ははっきりとそう告げた。それはきっと、創たち四人の心を代弁したものだったはずだ。修也のその毅然とした態度のおかげで、少し溜飲が下がる。

「ははっ、優勝ね。まあそりゃあ目指すのはタダだわな。まあせいぜい頑張んな」

周吾たちは嘲笑する。挑発するようなその声にも竜司は、「はん、言ってろ」と吐き捨てた。

「じゃあな、次に会うときは戦場のフィールドだ」

それだけ告げると、周吾たちの班は踵を返して去っていく。言いたいことだけを言い散らかして、満足したら帰っていく。この数分のやりとりに、周吾たちの班のすべてが濃縮されているようだった。

その背中が人混み中に消えて見えなくなると、修也はあからさまにため息をついた。

「まったく、彼らはずっと変わらないね。呆れて言葉も出ないよ」

「まったくだな。本当にいい迷惑だ」

不快感をあらわにして創は言う。彼らにはこのところずっと迷惑をかけられてばかりだ。

「ま、どうでもいいじゃん。あんなやつら。いちいち食って掛かる方がばからしい」

涼子が吐き捨てる。涼子が彼らに対して一番恨みを持っていてもおかしくないはずだが、それでもそんな個人的な感情は割り切られていた。こうして興味のない風を装うこと自体が、彼女なりの怒りの表し方なのだろう。

確かに、あんなやつらにいちいち目くじらをたてる方が馬鹿らしい。当たるかもわからない相手のことを、今から気にしていても仕方がない。涼子に倣い、そう割り切った。

この大きな部屋を見渡すと、そこには数えきれない子供たち。この空間にいるだけでも、一〇〇を超える数の子供がいる。今ここにいるすべての子供たちが敵になる。そう思うと、あんなやつらのことは、途端にどうでもよくなった。

「そうだな。あんなやつら今から気にしたってしょうがない」

言葉に出して、改めてそれを自分に言い聞かせる。

「うん、そうだね。まずは最初の相手に集中しよう」

「そんで、三回戦にやつらが来るようなら全力で叩き潰す」

修也が言って、竜司もそれに続いた。

「うん。完璧だね」

そう締めくくる優花の声に一同は力強くうなずいた。そして、改めて対戦相手の確認をするために、壁に大きく張り出されたトーナメント表へと向かう。デカデカと掲げられたそれは、遠目からでもよく見える。少し歩くと、創たち五人の名前が並ぶ一角が見えた。

その名前の隣に並ぶ名前と学校名を見る。隣町の学校の、知らないやつらだった。初戦の相手は、一人一人の性格も顔の特徴さえ分からない。今できることと言えば、集中を切らすことのないように開始の時間を待つだけだ。

自分たちの試合が始まるまでの間、子供達はスタジアムの観客席で試合を眺めながら出番が来るのを待つ。創たちもほとんどの子供たちに倣い、観客席へと移動した。

観客席に着くと、ちょうど第一試合があるが始まる瞬間だった。試合開始の合図が鳴ると、観衆がどっと湧いた。

ついに、一年に一度の、この島一番の大きなイベントが幕を開けた。

観客席に座る創たちは、目の前で繰り広げられる戦いを分析しながら出番を待つ。一試合の時間は長くても一五分ほど。三回戦目まではスタジアムより規模の小さいグラウンドでも同時に試合が行われ、比較的早いペースで試合が消化されていく。

やがて、スタジアムで行われていた第一試合が終わりを告げた。試合に勝利した班は喜び合いながら、敗れた班は悔しさをあらわにフィールドを後にしていく。

そうして第一試合が終わると、すぐに次の班が現れて試合を開始する。数分置きに、そんな光景が繰り返されるていく。

なんてことのない振りをしながらも、一つまた一つと消化されていく試合を見て、目に見えて近づく自分たちの試合に焦る。

やがて最初の試合が始まってから一時間ほどが待った時、ついにその時がやって来た。ちょうど創たちの一つ前の試合が終わりを告げて、いよいよの出番となる。

試合終了の合図とともに、心臓が一度トクンと跳ねた。

「さて、そろそろ行こうか」

修也のその声で創たちは一斉に立ち上がり、戦場となるフィールドへと歩き始める。一年ぶりとなるその瞬間に、高揚感が身体を包んだ。


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