2-6
ピリピリとした空気を孕んだまま日は過ぎていく。涼子と竜司の仲は相変わらずだが、あれから特に目立った衝突はない。放課後の時間になると五人全員で集まって、日が暮れるまで練習を続ける。そんな日々は驚くほどの速さで過ぎていき、気がつけば大会の前日が訪れていた。
学校のない日は、いつもなら昼過ぎに集まることになっているが、今日は普段よりも一時間近く早く、昼前から集まって練習を続けていた。次第に陽も傾き始めてきた頃、メンバーの集中力は途切れていき、練習の精度は下がっていく。途中に一〇分ほどの休憩を何度か挟みながら、もう何時間も通しで練習を続けている。
何度目になるか分からない実戦形式の試合が終わった時、修也が練習の終わりを告げた。空はまだ明るく、普段であればまだまだ練習を続ける時間だった。
疑問に思い、創は修也に問いかける。
「いいのか?もう終わりで。明日は試合なんだから、もう少しやってもいいんじゃないのか?」
「いいや、もう終ろう。明日が本番だからこそだよ。遅くまで練習するより、今日は明日のために身体を休ませるのもいい思うんだ」
「そうだね。いよいよ本番って時に、疲れて全力を出せませんじゃあ本末転倒だもんね」
納得した調子で優花が言った。
「そういうこと。だから今日はみんな早めに帰って、明日に向けて万全の状態で備えよう」
その声に一同は返事をする。これが今の五人で行う最後の練習になると言うのに、なんともあっけない終わりだ。いよいよ明日が大会本番なのだと言う実感は、未だに湧き上がってはこなかった。
練習を終えた創たちは、用具を片付けて帰路につく。まだ日の出ている時間に下る山の景色は、いつもと少しだけ違って、やけに新鮮に映った。
山を下る間に交わされた会話は、そう普段と大差ないものばかりで、誰もが意図して“最後である”という会話を避けているように見えた。
山道を下る足はいつもより少し遅い。一歩足を進めるたびに聞こえる土を踏む音が、やけに大きく聞こえた。
ようやく山道を下り終えて、人通りの多い道に出る。通りを少し進んだ時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。その声に対して覚えた感情はあまり良いものではない。その声の主たちが、道の前から歩いてくる。
彼らも明日に向けた練習の後なのか、周吾たちの班が五人そろって歩いていた
お互いに気づくと、じっと相手を睨みつけながら歩みを続ける。そして両者の距離がほんの数メートルまで近づいた時、ピタリと立ち止まった。
学校で姿を見かけることは何度もあったが、こうしてしっかりと向かい合うのは、あの日以来だ。
「久しぶりだね。相変わらず元気そうだ」
最初に口を開いたのは修也だった。
「奇遇だな、こんなところでお前らに会うなんて。まだのんきにあそこで練習してんのか?」
煽るような周吾の声。その言葉に対抗するように、たっぷりと嫌味を込めた口調で竜司が言葉を返す。
「ああ、おかげさまで平和に練習させてもらってるよ。あれからちっとも攻めてこないってことは、俺らにびびっちゃったのか?」
そんな見え透いた挑発には対し、意外にも周吾はあからさまに怒ることはしなかった。顔に不快感をにじませ、静かに怒る。
「なめてんのか?どうせリベンジをするなら明日の大会がふさわしいと、そう思ってるだけだ」
「なるほどね。君らがやりたいことは分かったけど、どちらにせよ僕たちのやることは変わらない。試合で当たったときは本気で行かせてもらうよ」
修也が言う。あまり誰かに対して敵意を見せない修也も、周吾が相手ではそうもいかないようだ。単なる宣戦としての意味だけでなく、その言葉には強い覚悟や対抗心が込められているように聞こえた。
「言ってろ。次は完膚なきまでにつぶしてやる」
周吾はそれだけ吐き捨てると、再び歩を進め、創たちの隣を通って山の方角へと進んでいった。仲間の四人はこちらに睨みつけるような視線を送りながらも、周吾の後に続いていく。
ひと月ぶりの対峙は、わずか数分で終わりを迎えた。
やけにあっけない幕引きだと、拍子抜けをする。あの周吾のことだ、てっきりもっと食いかかってくるものだと思っていた。
「なんだか、やけにあっけなかったな」
創は頭の中にあった思いをそのまま口にした。修也がそれに言葉を返す。
「そうだね。けど、きっと彼にも何か考えがあるんだよ」
「ふうん。そうなのかね」
最後にもう一度、遠ざかっていく周吾たちの方を振り向いてから、創たちも再び帰路を進み始める。
それぞれの家へと続く分かれ道は、もうすぐそこまで迫っていた。
♦
修也の班と別れてから少し経ってからのこと、班員の一人である健二が周吾に尋ねた。
「なあ周吾、なんであいつらのこと見逃してやったんだよ。今やり合って怪我でもさせてやればよかったのに。そうすれば、あいつら明日の試合出れないじゃん」
見当違いな健二の言葉に、思わずため息が出かかった。まったく、こいつらはまるで分かっていない。やはり、まだまだ自分が導いていかなくてはダメだなんだと、周吾は再認識をした。
「バカ、そんなことしてどうすんだよ。怪我なんてしたら、負けた時の言い訳ができるだろ?大量の観衆の前で完膚なきまでに叩き潰すのが、最高の復讐だよ」
そう言うと隣では健二が感心したような声を上げる。
「さすが周吾、そんなことまで考えているなんて」
「当たり前だろ?こういうのは先の先まで考えるんだよ。俺たちはあいつらに最高の恥をかかせてやらなきゃならないんだから」
戦いの会場は去年と同じ、この町の競技場で行われる。そこは周辺のものと比べても規模が大きく、戦場となるグラウンドを取り囲む観客席は、数え切れないほどに多い。それほどの数の観客の目の前で、なす術もなく無様に負けていく彼らの姿を想像する。それだけで、無意識に笑みがこぼれた。
待ちに待ったその時が、いよいよ明日にまで迫っている。
「なあ周吾、今日はもう帰りか?」
「いや、せっかくまだ日も出ているし、遊んでいこうぜ。昨日絶好の狩場を見つけたんだよ」
周吾は他の班員を先導するように一歩先を歩く。目指す先は、目の前にそびえ立つ山の中だ。
やがて山の麓までたどり着くが、そこに山を登るための舗装された道はない。それでも周吾は躊躇うことなく、わずかな幅のけもの道へと踏み出した。後ろでは四人が躊躇している気配がする。
「こんなところに行くのか?」
「おいおい、道なんてねえじゃねえか」
戸惑う声を無視して、先へと進む。文句を言っていられるのも、今のうちだ。
「まあまあ、いいからついて来てみろって」
周吾は足元の草を踏み潰しながら、一人でズンズンと進んでいく。やがて、意を決したのか四人も後ろに続いて歩き出した。
その足場の悪さに文句を言いながらも、誰一人帰ろうとするものはない。彼らは他のノリの悪い奴らとは違う。本当に最高の班員たちだ。
この班が今の五人になるまではずいぶんと時間がかかった。最年長である周吾は五人の中で一番先にこの班に入ったが、その時のこの班はあまりにも退屈だった。もともと班にいた四人の子供は皆、面白みもないやつらばかりで、彼ら全員を追い出すと決意するまでに時間はかからなかった。
嫌がらせをして、脅迫をして、彼らをこの班から出ていくように仕向ける。そして、抜けていった班員の代わりに、新たに加入した子供もつまらないやつならば、またそれも追い出していく。退屈のしない最高の班を手に入れるため、ただひたすらにそれを繰り返した。
今のこのメンバーは、そんな努力の果てに手に入れた最高の仲間たちだ。これまでの苦労の甲斐があったと言うものだと、後ろをついて歩く四人の姿を見て思う。
山の中に入ってから一五分ほど歩くと、ようやく目的のものが見えて来た。今から始めることを思うと、自然と胸が高鳴り始める。四人を驚かせるために目的は隠してきたが、ようやくそれを明かす時がきた。
「見ろよ、ここら一帯に鷹の巣があるんだ」
「ああ、あれか」
四人は言われた通りに視線を上に向けるが、周吾の言わんとすることをまだ誰もわかっていない。
これから何が始まるのか、周吾は得意げに宣言する。
「今からやるのはちょっとしたゲームだ。今から一時間、その間に一番多く鷹を落とした奴が勝ちってルールだ。どうだ、面白そうだろう?」
メンバーの顔つきが目に見えて変わった。
「さすが周吾、よくそんな面白そうなことを毎度毎度思いつくよな」
「まあな。やっぱり何もかも面白くないと」
「いいねえ。やっぱり力試しの相手なら、飛んでるやつが一番そそる」
そう言う田児は、まるで舌なめずりをするかのような目で、空を旋回する鷹を見上げている。
待ちきれなさそうに浮かれ始めた仲間に対して、周吾は指示を飛ばす。
「とりあえず、遠くまで飛ばれても面倒だから、薄いドームを作るぞ。あんまり狭くてもつまらないし、ほどほどの大きさが良いな」
「おっけー」
透明な半球体の薄い壁を生み出して、巨大なドームを作り上げる。一人の力ではそれほど大きなものは作れないが、五人で分担をすればそれなりの大きさのものが作れるはずだ。五人で協力をしながら、ここら一帯に透明な薄い膜を張ってドームを作っていく。これでもう、このドームの内側に住む鷹たちに逃げ場はない。
四方から伸びた薄い膜がてっぺんでつながってドームができると、いよいよ準備は完了だ。このドームの中で殺戮ゲームが始まる。空を飛び回る敵を、力を使って撃ち落とすのは楽しい。絶対に面白いゲームになると確信があった。思わず口元が緩む。
「撃ち落とした獲物はなくさないように、どこか分かりやすいところにまとめて置いとけよな。あ、他人のを盗むのは当然なしだからな」
「わかってるよ」
細かいルールについて釘をさすと、四人は分かりきったことを言うなと言いたげな口調で言葉を返した。早くゲームを始めたがっている彼らを焦らすことはしない。
「おまえら、準備はいいな?制限時間は今から一時間、ちょうど一八時までだ」
これから周吾たちはこのドームの中で支配者として君臨し、殺戮のゲームを始める。誰もが、そのわずか未来のことを思い、胸を高鳴らせている。
四人の顔を見渡してから、周吾は高らかに告げた。
「よし、じゃあゲームスタートだ!」
合図とともにメンバーは思い思いの場所へ散って行く。それを見てから、周吾もゆっくりと歩き始める。そこから山の中を散策すること数分、ようやく空を旋回する鷹を見つけた。
いよいよ狩りの始まりだ。
このドームの中の空間では、自分たちは絶対的な支配者だ。この鷹たちに逃げ場などはなく、どれだけ抵抗しようといずれは撃ち落とされる運命にある。
まるでこの世界の縮図みたいだ。
大人たちも、他のつまない子供達も、修也たち五人も、結局みんな周吾たちの支配から逃れるすべはない。
足元に転がる一本の太い木の枝を宙に浮かせる。周吾はニヤリと笑い、それを鷹に向けて勢いよく飛ばした。
♦
周吾たちと別れた後、創たちは相変わらず大した会話もない中、粛々とそれぞれの家の方へと歩いていた。もう少しで分かれ道に差し掛かる。その手前で、修也は寂しげな声をぽつりと漏らした。
「いよいよ明日なんだね」
気づいていて、それでいて誰も口にできなかった禁句のような話題。それを口にできるのは、やはり修也の他にいなかった。空気が一変するのが分かった。
「ああ、そうだな」
努めて冷静に創は言葉を返した。
「今年はどこまでいけるかな?」
修也の口から放たれたその問いは、独り言にも似た、答えを求めたものではない響きを持っていた。創はあいまいな言葉を返す。
「さあな、こればっかりはやってみるまで分からないな」
「でも、これだけ練習したんだから、行けるところまで行きたいね」
優花が言う。その言葉に修也は静かに頷いた。
「もう少し話して行こうよ。泣いても笑っても明日が大会本番なんだ。少しだけ、付き合ってくれないかい?」
修也のその言葉に反対するものは一人もいなかった。
それを確認すると、修也は歩き出す。創たち四人はただ黙ってそれについて行く。少し歩くと、修也の目指す場所が分かった。
訪れたのは、創の気に入っている場所の一つでもある、町の外れにある砂浜。そこの岩場に、五人並んで腰をかけた。
こんな風に全員で並んで座るなんて、初めてのことかもしれない。普段なら絶対にやらないようなことを平然とやってしまうあたりに、本当に終わりが近いことを痛感する。
遠くでさざめく波を見つめながら、誰かが最初に口を開くのを待つ。穏やかに揺れる波を見つめている時は、いつだって時間の進みがゆるやかだ。
やがて、最初に口を開いたのは修也だった。
「早かったなあ、ここまで。ついこの間この班に入ったばかりだと思ってたのに」
しみじみと、穏やかな口調で発せられたその言葉には、深い感情が込められていた。そこにどんな想いを込めたのかは、本人にしか分からない。
「そんなもんなのか?俺はこの班に入ってから一年半くらいだけど、まだそれしか経ってないのかって感じ」
創は下手に気を使うことをせずに思ったままを伝える。それを聞くと、修也は苦笑して見せた。
「その時が来ればわかるよ。きっとね」
「きっと、あっという間なんだろうなぁ」
優花もそれに賛同するようにつぶやく。
「優花ちゃんは僕とほぼ一年違いだもんね。一年なんてあっという間だから、きっと来年なんてすぐに来るよ。誕生日が一番早いのは涼子ちゃんだっけ?」
修也の問いに、涼子は答える。
「うん、確かそうだったと思うよ。私は5月だから」
「ってことは、涼子も明日の大会が最後なわけか」
竜司が言う。
「そうだね。でも、私の場合は大会の後すぐに大人になるわけじゃないし、別に感慨深さとはないかな」
「相変わらず桐谷は冷めてんなあ」
今はもう、二人の間にギスギスした空気はない。熱しやすく冷めやすい竜司と基本的に冷めている涼子との喧嘩は、いつもいつの間にか終わっている。だが今回は、今はいがみ合っている場合ではないと言う共通認識があったのかもしれない。
「別に私は大会自体そんなに興味もないしね。でも、みんなと出る限りは頑張るよ」
「頼むぜ、ホント。俺はあの野郎どもをけちょんけちょんにしてやんなきゃ、気が済まねえんだ」
溢れ出る敵意を隠しもせずに竜司が言う。隣で冷めた顔をしている涼子との対比が面白い。
「うん、大丈夫。あいつらをぶっ倒してやりたいってことには私も同感だから。争い事とかはあんまり興味ないけど、やられっぱなしは嫌」
涼子の言葉が意外で、創は思わず驚きの反応を示す。
「意外だな。涼子って、そいういうのは興味ないと思ってた」
「まさか私が感情のない人間だとでも思ってる?この前は私一人だけが手ひどくやられちゃったわけだし、あんなやつらにコケにされっぱなしはむかつくよ」
涼子の口から放たれたその言葉には、強い敵愾心が滲み出ている。以前の戦いで圧倒的な敗北を喫した記憶が、涼子の中では強い屈辱として残っているのだろう。
「期待してんぞ」
それはきっと竜司の本心からの言葉だろう。共通の目的を見つけた二人は、たぶんもう大丈夫だ。
「任せといて。この前は負けたけど、ちゃんとルールありの団体戦なら、あんな短絡的なやつらに負ける気はしないから」
「それは頼もしいね」
修也が言う。
優花はすぐ隣に座る修也の顔を少しの間見つめて、やがて問いかけた。
「修也はやっぱり勝ちたいの?」
優花はじっと見つめる視線を外さない。海の向こうでは、いよいよ夕陽がその姿を隠そうとしている。
優花の問いに、修也は深くうなずいた。
「それはもちろん。一度の入れ替わりもなく、今日までこのメンバーでやってきた班なんだ。当然勝ちたいに決まってるよ」
それは決して大きな声ではなかったが、どこか力強い響きを持っていた。その言葉の奥に込められた想いは、修也自身の他に知るものはいない。返す言葉を見つけられずに黙っていると、修也が言葉を重ねた。
「特に最後に入ってきた創は知らないだろうけど、今のみんなが入って来るまでは、実はあんまりメンバー同士の仲が良くなかったんだ。どこの班もそんな感じかもしれないけど、お互いにあんまり干渉しなくて、みんなバラバラに適当やってたんだ」
修也が語る話は意外なものだった。創以外の三人は分かっている風だったが、修也に続く古参である涼子は、特に感慨深そうな表情をしているように見えた。誰もが修也の次の言葉を待った。
「意外かもしれないけど、明日の大会だって二年前までは全然本気じゃなかった。普段の練習だってほとんどやらなかったし、たまに集まってもふざけてばかりで適当だった。とにかく僕らは他のメンバーに対して無関心だったんだ。
誰かがこの班を抜けて行っても、みんな興味なさそうで、一七歳になって子供を卒業するその瞬間だって、みんなで見送ることもしなかった。
涼子ちゃんは知ってるよね?崇さん。彼が大人になる直前に言ったんだ。『大人になるのは嫌だけど、この班から離れられるのは嬉しいな』って。それを聞いて、こんな班はあっちゃいけないって思った。これから入ってくるメンバーとは仲良くしていこうって決めたんだ。
今のこの班だって、別にみんながみんな完全に仲がいいわけじゃない。だけど、僕はみんなのことが好きだし、この班が大好きだ。だから僕は、この班で優勝がしたい。そうしたら、最高に気持ちがいいと思うんだ」
語り終え、修也は小さく息を吐く。どんな言葉を返したらいいのかわからずに口が開けずにいると、「ごめん、いきなり変な話をしちゃったね」と慌てて謝った。
「いや、今この話を聞けてよかったよ。もともと本気でやるつもりだったけど、ますます負けられなくなった」
「うん、そうだね。絶対に優勝しよう」
創の言葉に優花も続く。
「うん、私も頑張るよ」
「もとから俺はてっぺんしか見てねえよ。絶対に負けやしないさ」
涼子も竜司も、力強く宣言する。
こんなことを思うガラでもないが、今この時ばかりは班員五人が一つになっているような気がした。
創は今のこの五人が揃っている班しか知らない。今のメンバーが揃うまでの間、どれほど冷たい班だったのか、その中でどれほど修也が悩んでいたのか、それはさっきの話の中から想像することしかできない。
一度出来上がった班の空気感は、そう簡単には変えられない。涼子に優花、そして竜司。新たに班に加わったメンバー一人一人をつなぎ合わせていくのは、きっと途方も無い作業だったはずだ。
今のこの班は、修也が目指した理想の班へ近づけているだろうか。分からないが、そうであればいいなと思う。
「うん、よかった。みんなが同じところを見ているみたいで、ちょっと安心したよ。これならきっと大丈夫だ」
そう言って修也は力強くうなずくと、穏やかに微笑んで見せた。それは、一年半以上もの間一緒に過ごして、初めて見る種類の笑顔だった。この表情を単なる笑顔と形容するには、あまりにも言葉が不足している気がした。きっとこれは、満たされた顔だ。
「さて、今日はもう帰ろうか」そう告げて、修也が立ち上がる。
「うん、そうだね」
優花もその声に従って立ち上がり、創たち三人もそれに続いて歩く。砂浜の上を歩く度、体重に押し潰されるように足が砂の中に沈み込む。普段は鬱陶しいそれも、今はゆっくりと歩くための口実になってくれて、ありがたいとさえ思える。
前を歩く修也の背中が視界を埋める。その背中に願う。
どうか最後の思い出を、少しでもよい形で終われますようにと。




