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大人エリアを訪れたあの日から、二週間近くが経った。大人という存在への興味を焚きつけられてから、結局何か行動を取ることはしていない。次に何をすべきか分からないということもあったし、何より、刻一刻と迫る大会のための練習で、それどころではないというのがあった。大会の日まではあとちょうど一週間と迫っていた。
練習に本腰が入り始めたのは、大会のちょうど二週間前のことだったと思う。普段は冷めてばかりいる涼子も、この時ばかりは真剣に取り組んでいるように見えた。
学校が終わってから日が沈むまでの間や、学校がない休日は昼過ぎから夜まで、わずかな時間も惜しんで練習に取り組んだ。だが、初夏の不安定な気候のせいで、雨によって練習が中止になることも多くあった。
この日も朝早くから雨が降り続け、夕方になっても止むことはなかった。放課後の時間に創たちは、空き教室に集まって曇天の空を見上げていた。
「雨、止みそうにないね」
降り止む気配のない雨を睨みながら優花が言う。
「そうだね。今日は諦めて解散にしてもいいかもしれないね」
優花と同じような姿勢のままで修也が答える。隣では竜司が机の上に足を乗せて、退屈そうにあくびをしている。
空を覆う雲は分厚く、そこにはわずかな隙間もない。朝からずっと同じ調子の空模様のせいで、時計でも見ない限り今が何時頃かも分からない。ジメジメとした空気が、肌にまとわりつくのが気持ち悪い。優花は湿気のせいで不自然にカールした髪を手櫛で直そうと悪戦苦闘をしている。
校庭には当然子供の姿の一つもなく、窓から見える景色には何の変化もない。
雲に閉ざされた暗い空、窓越しに伝わる雨の音、そしてこの教室に漂う退屈な空気。それらすべてが、全身から気力を奪っていく。
修也と一緒に参加できる最後の大会が、もう一週間後に迫っている。それだと言うのに、練習もできずに、ただこうして無意味に外を眺めることしかできない現状に苛立ちを覚えた。
今回の大会はどうしても勝ちたい。誰も言葉にこそしないが、その想いは同じはずだ。 何もできずにいるもどかしさだけが、胸の中に沸々と湧き上がっていた。
「ったく、この時期は本当につまんねえな。室内にいてもやれることなんてないし。その点、桐谷はいいよな。こんな狭い場所で文字を読んでるだけで満足できるんだから」
竜司の目は、こんな時でも教室の片隅で本を読む涼子に向けられる。その視線に気づいているのかいないのか、顔を上げることもせずに涼子は答える。
「うらやましい?私としては、いつも能天気に遊んでばかりいられる井岡の方が羨ましいけど」
「なんだと?能天気って言い方は気に食わねえな」
「事実でしょ?私には頭を空っぽにして暴れまわってるようにしか見えないし」
その涼子の言葉に、竜司は机の上に乗せていた足を下ろし、身を乗り出した。涼子は顔を上げることさえしないが、二人の間に肌を刺すような緊張感が漂った。
それをまずいと判断した優花と修也が、二人の間に割って入る。
「ちょっと、やめなよ。こんな時に二人が言い合ってどうするの」
「止めんなよ、西野。俺は今イラついてるんだ」
「竜司君、冷静になって。それと涼子ちゃんも、そう言う人を小馬鹿にしたような言い方はやめたほうがいい」
涼子と竜司は昔からあまり仲がいいとは言えない。こうした言い合いが起きることは決して珍しいことではなかったが、今それが起こるのはタイミングが悪い。思わず創もそこへ口を挟む。
「今日はもう解散にしとこう。こんな天気じゃあ気も滅入るさ」
その言葉に、涼子と竜司は視線だけで応え、ややあって修也が口を開いた。
「そうだね。創君の言う通りだ。今日はもう解散にしよう」
普段は班員をまとめ上げる力を持つその声も、今回ばかりは弱々しい。それでも、竜司はそれに従うように席を立ち、教室を去ろうとした。ドアの前まで歩くと、一度こちらの方を振り返り、けれどすぐに前を向き直して、教室を去っていった。
ドアが閉められた後、静かになった教室にぽつりと呟く涼子の声が聞こえた。
「ごめん、今日の私はちょっと堪え性がなかった」
「別に涼子一人が悪いわけじゃない」
どうにか絞り出したそんなフォローも空しく、教室の誰もが言葉を失って黙っている。これ以上、かける言葉なんて見つからない。
涼子と竜司の言い合いなんて、別によくあることだ。自分に言い聞かせて見ても、簡単に不安は拭えない。
今回の言い合いは、何かが明確に今までとは違っていた。
誰もが焦っていた。たぶん、それだけのことなのだと思う。今のメンバーで参加できる最後の大会までは、泣いても笑っても後一週間しか残されていない。
変化の時が差し迫っている。一週間後に迫った大会、そしてその翌日にひかえる修也の一七歳の誕生日。
きっと、何もかもが今まで通りではいられない。




