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自由の島  作者: 琴羽
第2章 疑念
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2-4

 

 大人が学校について定めたルールは、講義が行われている時間は学校の敷地内にいること。予定されていた最後の講義が終わると、子供たちを学校の中に縛り付ける義務はなくなり、いよいよ本当の自由時間がやってくる。当然、その時間を待たずに学校の敷地外に出て行ってしまう子供は少なくない。けれど、真面目な修也や優花のいるこの班においてそれはなく、定められたルールの通り、最後の講義の終わりとともに自由時間は始まる。

 その日の放課後も、講義の時間の終わりとともに五人は自然と集まった。大会までの日数の迫った今、放課後の自由時間は練習の時間に当てられることが多い。

 五人全員が揃うと創は、いつも通りの練習の流れになる前に、ある提案を持ちかけた。

「なあ、今からみんなで大人エリアへ行かないか?」

 大人エリアとは、大人たちの生活区域に対する子供達の間で使われる通称のことで、創たちの暮らす繁華街より北に離れた地域を指す。何か特別なお店や施設があるわけでもないそこは、大人たちだけが暮らしていて、子供たちが寄り付くことはない。当然、子供が入ることを禁止されているわけではないが、何があるわけでもないそこは、わざわざ遊びに行くような場所ではなかった。

 大人エリアに暮らしているのは子供のいない若い大人か、もう子供が大人になった老いた大人かのどちらかだ。ほとんどの大人は子供と同じ家で暮らしているため、子供にとってみれば、いよいよこんな場所に用はない。

 それもあってか、創のその提案を受けた竜司の反応は芳しいものではなかった。

「はあ?大人エリアなんて行ってどうすんだよ。あんなところ、何もねえじゃねえか。前に行って死ぬほどつまらなかったのを忘れたのか?」

「覚えてるよ。けど、あの時はまだ俺がこの班に入ってすぐの頃だろ?今もう一度行きたいんだよ」

「いつ行こうが変わらないだろ、あんなところ」

 竜司の態度は変わらない。諦めて、他の二人に狙いを移す。

「修也と涼子は?」

「僕は別に構わないよ。久しく行っていなかったし、久しぶりに見てみたいかな」

 修也のその言葉の裏に、大人の暮らしを予習したいという想いがあるように感じたのは、考えすぎだろうか。気づかないふりをして、受け流す。涼子もそれにすぐに続いた。

「私も別にいいよ。一人で残ったってどうしようもないし」

「なんだよ、おまえら全員行くのかよ。あんなところ行ってどうすんだ」

 修也と涼子の二人共が賛同することは想定外だったのか、竜司は明らかに狼狽える。

「竜司は留守番してるか?」

「いいよ、一人で残ったってつまんねえし。ついてってやるよ」

 少し拗ねたような様子で、つまらなさそうに竜司は言う。その姿が面白くて、思わず笑いそうになるが、 今ここで笑えば怒られるのは明らかで、口元が緩むのを必死で抑えた。

「じゃあ、せっかくだしみんなで久しぶりに行こうか」

 修也のその声を合図に、創たちは歩き出す。

 学校から大人エリアまでは、当たり前に歩けば三〇分ほどの距離にある。学校より南側は多くの家や建物が立ち並ぶが、北の方へと行くと建物もまばらになり、寂れた土地に変わっていく。島の南側は平坦な土地が多いが、北の方へ行くにつれて山道は増える。

 小さな山とも丘ともとれる閑散とした道を抜けると、その先に大人エリアはある。創たち五人は適当な話をしながら、のんびりとそこを目指して歩いた。



 記憶にあった通り、学校を出てから三〇分ほど歩くと、大人エリアとその他とを区切る背の低い柵が見えてきた。それは大人エリア全体を囲み、南端と北端それぞれに出入りするための門が用意されている。

 以前にこの大人エリアへきた時、エリア全域を柵で囲むという仰々しい作りの割に、中は普通の町だったことに幻滅をした記憶がある。

 そんなことを思い出しながら、開きっぱなしになっている鉄製の入り口の門をくぐった。

 門を抜けると途端に視界が開け、大人エリアの街並みが目に飛び込んできた。

「相変わらずしけた場所だなあ。こんなところで暮らしてるから、大人ってやつはつまらねえ奴ばっかりなんだよ。いや、逆か?大人が住む町だからこんなにつまらねえのか」

 大人たちの暮らす街並みを見て、小馬鹿にするような調子で竜司は言う。その言葉に賛同するわけではないが、お世辞にも町は綺麗とは言い難いものだった。

「そんなこと、言うものじゃないよ」

 諭す修也の声を、竜司は聞き流す。

 風化したようなボロボロのコンクリートの建物と、今にも崩れそうな木造の住居。たった一年で、町の景色は変わらない。それは大人エリアでも同じのようだ。見える景色は、一年前に見たものとまるで変わらなかった。

 築何年かもわからない古びた家や、まるで整備されていない地面。そして、明らかに賑わいのない町の空気。

 今一度、それらを目に焼き付ける。大人たちはこんなみすぼらしい場所で、隠れるように暮らしているのだと。

 視線の先、二人の中年ほどの大人が目に入った。二人は創たちの存在を認めると、慌てて頭を深々と下げた。こんなところに子供がいることに、ずいぶんと驚いた様子に見えた。

 その二人だけではない。創たちの存在に気づいた大人は、皆一様に同じような反応をする。

「へへ、みんなおどいてやがる。まさかこんなところに子供が来るなんて思ってなかったんだろうな。子供様がこんなところまで来てやったんだから感謝しやがれ」

 彼らのその反応に気を良くしたのか、竜司は道の真ん中で踏ん反り返る。入る前まではあれだけつまらなそうにしていたのが嘘みたいに、今ではずいぶんと気分が良さそうだ。ずいぶんと単純なものだと、声には出さずに呆れてみる。

「もう、やめなよ……」

 騒ぐ竜司の隣で、肩身が狭そうに歩く優花がつぶやくが、その声は届けたい人物に届くことはなかった。

 だが、そんな風に竜司がはしゃいでいたのも、初めの一〇分ほどのことだった。歩けど歩けど同じような景色が続き、途中ですれ違う大人たちの反応もみな画一的だった。

 しだいに会話の量も減っていき、だんだんと五人の間には退屈な空気が流れ始める。これといった会話もないまま、無心で足を進めていると、やがて初めて訪れる場所にまでたどり着いていた。

 だが、どれだけ進もうと景色が変わることはない。古びた建物が立ち並ぶだけで、娯楽になりそうな店の一つも見つからない。

 変わらない景色に対して嫌気がさして、わざわざこんな場所まで来たにも関わらず、何の収穫もない現状にいらだちが生まれ始めていた。

 大人エリアまで来たのは、完全に無駄足だったのだろうか?

 そんな後悔が頭をよぎった瞬間、優花がふと口にした。

「でもさ、この大人エリアってなんのためにあるんだろうね。なんとなく不思議じゃない?」

「何がだよ。別に不思議でもねえだろ?どうせ、俺たち子供が怖いから逃げたかったんだろ」

 つまらなそうに竜司が返す。

「そう、なのかな。大人は私たち子供のことを信仰しているはずなのに、こうして柵で囲まれたところで暮らすのって、何か違う気がする。なんとなく、逃げていると言うよりは、隠れているような」

「どっちも同じだろ」

 竜司はなんでもないことのように言うが、優花は悩むそぶりを続けている。優花が抱いている違和感は、なんとなくだが共感できた。大人だけが暮らすこの場所には何かがある。曖昧だった疑念が、確かな形を持ち始めた。

 そんなことを考えている時のことだった。すぐ目の前から規則正しい足音が聞こえてきて、足元へと向けていた視線を上げる。視線の先には一人の男がいた。

 男はまるで迷いのない足取りで創たちの方へと向かって歩みを進める。彼はその足取りを緩めることはせず、やがてお互いが手を伸ばせば相手の手に触れられるほどの距離まで近づくと、そこでようやく足を止めた。

 そして、男は口を開いた。

「こんにちは」

 そのあまりにも異質な言動に、五人ともが言葉を失った。大人の方から子供に接触して来ることなど滅多になく、ましてやこんな風に気軽に挨拶をされるなんて、ありえない話だった。

 男の年齢は三〇代か四〇代ほどだろうか。顔のハリは失われてかけていて、よく見れば細かいシワも浮かんでいる。だが、男の顔に浮かぶ不敵な表情には、不思議と年齢を感じさせるものはない。大人の年齢なんてたださえ分からないが、この男の歳はまるで読み取ることができなかった。その言動だけでなく、身にまとう雰囲気すら異質で、他の大人たちとは明らかに何かが違っていた。

 思わず、身構える。彼には下手な口を聞いてはいけないと、そう直感した。

「わざわざこんなところまで、どうしたのですか?」

 黙っていると、男はそう続けた。竜司の表情がみるみ険しくなっていくのが分かる。きっと、ずいぶんと不敬な大人だとでも思っているのだろう。竜司が食ってかかろうとする前にと思い、創は答えた。

「なんだっていいだろ。ただ、ちょっと気になることがあっただけだよ」

「ほう。こんな大人だけのつまらない場所に、子供の方たちにお見せできるようなものはありませんが」

「見るものがあるかないかは、俺たちが決めるよ」

「ええ、それもそうですね。まあこんなところで良ろしければ、ご覧になっていってください」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 男の笑みはとても穏やかで嫌味がなく、完成して見えた。だがそれが、かえって男の異質さを際立たせている。

「あなたのおっしゃっていた、“気になるもの”と言うのが何なのかは存じませんが、きっとそれが見つかることを祈っております」

「ああ、どうも」

 そこで、男は創たち五人のことを見回した。なんの遠慮もなく、一人一人の顔を確かめるかのように、少しだけ白んだ瞳でじっと顔を覗き込む。

 やがて満足したのか、わずかにうなずいて「それでは、私は失礼いたします」とこの場を後にした。

 わずか一分にも満たないほどの、ほんの短い会話だった。だが、彼のあまりの異質さを知るには、十分すぎる時間だった。

 それをどこまで感じ取っていたのか、最初に口を開いたのは竜司だった。

「なんなんだよ、あのやろー感じ悪いな。子供に対する口の利き方がなってねえ」

「なんだか不思議な雰囲気の人だったね。うまく言えないけど、すごく自信にあふれてるような感じ」

 優花がそう言うと、修也がそれに同意するように小さく頷いた。優花の言葉に創も同意する。

「ああ、なんだか不気味なやつだったな」

「結局さ、あいつが私たちに話しかけて来た目的ってなんだったの?ただ世間話をしにきただけってわけでもなさそうだったけど」

 涼子がふとした疑問を口にした。優花は少し考えるようなそぶりを見せた後、その問いに答えた。

「どうなんだろう、私には想像もつかないけど……でも、なんだかあの人、ちょっと嬉しそうだった」

「そうかあ?大人の考えてることってのは分かんねえな」

 相変わらずどうでも良さそうに竜司は言う。そこで話はひと段落ついたと判断したのか、話題を切り替えるように修也が問いかける。

「どうする、もう少し見ていくかい?」

「いや、もう十分だ。これ以上いても、たぶん意味がないと思うし」

「もともと意味なんてねえだろ」

 具体的に何を見て、何を感じたのかは、自分自身でもわからない。けれど、今見ておくべきものはすべて見ておけたと思う。

「ねえ、何か分かったの?」

 涼子が問う。

「どうだろうな。わかったような気もするし、何もわからなかった気もしてる」

「ふうん」

 創のその答えに、涼子は少し不満そうな反応を返す。曖昧な答えになってしまったのは、別にはぐらかしたわけではなく、言葉の通りのことしか分からなかったからだ。そんな言い訳は、口にせずにしまっておいた。

「じゃあ、そろそろ家戻ろうか。だんだんとあたりも暗くなって来たし」

 修也のその言葉に、創たち四人はうなずいた。回れ右をして、自分たちの家を目指して歩き始める。

 ふと空を見上げると、オレンジに輝く陽は沈み、黒色の幕が空を席巻していた。一年で一番日の入りの遅いこの時期に、空に浮かぶ星たちはようやくの出番を喜んでいるように見えた。

 二〇分ほど歩くと、出入り口となっている門までたどり着く。その門を超えて大人エリアを抜け出し、そこから数歩進んだところで、創は後ろを振り返った。

 今回の大人エリアの散策を経て、大人という存在への疑念はますます強くなった。寂れた街の中で逃げ隠れるようにして暮らす大人たち。そして、そこで出会った異質な雰囲気をまとった男。分からないことだらけで、それが好奇心を掻き立てる。分からないことがある、ただそれだけのことがいやに嬉しい。

 つまらないばかりの日々にも、少しハリが出てきそうだ。

 創は思わず、その顔に笑みを浮かべていた。


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