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次の日。昨日より少し遅く学校に着いた創は、いつものように空き教室へ入る。そこには今日も変わらずに涼子の姿があった。昨日と同じ姿勢で本を読んでいた涼子は少しだけ顔を上げて、「おはよう」とだけ口にした。創も「おはよう」とおうむ返しして、昨日と同じ窓際の席に座る。席から窓の外を見る。窓の向こうの校庭では、何人もの子供が自由気ままに遊んでいた。
防音性の低い学校の窓では、たとえすべての窓を閉めていても校庭から声が届いてしまう。教室の静けさの中で、やけにその声が際立っていた。
しばらくその声を聞きながら外の景色を眺めていると、涼子のつぶやきが聞こえた。
「今日も退屈そうだね」
「そりゃあな。どうせやることなんてないし。退屈じゃなかった日が、いったい今まで何日あったんだって話だ」
窓の外に向けた視線をそのままに答えた。
「言えてる。最近は五人で遊ぶことも減ったし、どんどん退屈になってるかも」
「だな。なんだかもう、退屈を退屈とも思えなくなった気がするよ」
言いながら、ふと涼子の方を向く。振り向くと、こちらをじっと見つめる涼子と目があった。読んでいた本は、膝の上に置かれている。今から涼子が何を言おうとしているのかはすぐに分かった。
「ねえ、今日も退屈しのぎしとく?」
それは、甘い誘惑だった。昨日の快感が条件反射的に思い出され、身体を熱が駆け巡る。もう一度あの快楽を味わいたい。本能が全身を支配しようとする。しかし、わずかに残された理性が、どうにかそれを拒んだ。
「悪いけど、今日はなしだ。さすがに昨日の今日じゃあ、優花に顔向けできない」
長い交渉になるのを覚悟しながら、涼子の誘いを断る。だが、意外なことに涼子はあっさりと引き下がった。
「うん、わかってる。いいよ、どうせダメもとだから」
拍子抜けするとともに、それ以上に不思議だった。今はそれほど気分ではなかったと言うことだろうか。少しだけ腑に落ちない思いを感じつつも、あっさりと諦めてくれるのなら、それで良かった。
「悪いな」
視線を窓の外に移すと、教室には再び静寂が漂う。別段気まずいというわけでもないが、何か言葉をかけたほうがいいのか、少しの間逡巡をした。
やがて、次に口を開いたのは涼子だった。
「そんなに退屈なら優花のところにでも行ってくれば?すぐそばで暇そうにされても気が散るだけだし」
気づけば、涼子は再び膝の上に置かれた本へと視線を下ろしている。しばらくその様子を見つめてみたが、こちらへ視線を寄越そうとする様子もない。
「そうだな。このままぼうっとしててもしょうがないし、ちょっと出てくるか」
少し大げさに言いながら、椅子から立ち上がる。教室のど真ん中をゆっくりと横断して、ドアまで向かう。その間涼子は、本に向けた視線をこちらへと向けることはしなかった。
教室を出て、ドアを閉める。その瞬間にはたと気づく。この流れは、おとといの周吾たちと争った時と全く同じだ。あの時は、争いで傷ついた涼子をその場に残して、優花の元へと駆けつけた。そして今回だって、涼子の肉体こそ傷ついていないが、本質的なところでは変わらない。
昨日、涼子の様子がおかしかった理由が、ようやく分かった気がした。
たった今出てきたばかりの空き教室を見る。涼子をこの教室に置いて、このまま優花の元へと向かっても良いのだろうか。涼子への後ろめたさが湧き上がる。少しの間ドアの前に立ち、教室の中へと視線を向けた。
だが、それもすぐにやめて、再び教室に背を向けて歩き出す。
今ここで教室に戻ったところで、涼子に対して口にできる言葉なんてありはしない。この教室に戻れるだけの権利も勇気も、持ち合わせてはいなかった。




