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少女と黒猫Ⅴ

燦燦と降り続ける日差しが、閉じた瞼をノックする。

起きろ起きろ、と春の妖精のように私の心を急かす。

でも、今だけは、もう少し心地よいまどろみに抱かれて居たかった。


「……」


頭にのせられた大きな手が優しく髪の毛を梳いて行く感覚。

そして、ポンポンと安心させるように二度肩を叩かれた。


「……オズ、様」


思わず声を出していた。

ビクリと開かぬ瞼の向こうで動く気配がある。


「すまん、起こしたか」


「大丈夫です、これ以上は、おね坊さんだとシーラに怒られてしまいます」


「ああ…そう、だな」


何かをいい淀む気配。

わかっている、優しい黒猫のことだ悔いているのだろう。

今回の逃亡劇で護衛を二人、侍女を二人失った。

間に合わなかったと、彼はきっと悔いている。


「クリス…s」


「謝らないでください」


目を開ける、存外近くにあったオズワルトの顔に壊れ物を扱うようにそっと触れる。

やっぱり彼は泣きそうな顔をしていた。


「彼らは私のために覚悟を持って死んで行った。

ならば、責められるべきなのは、彼らの家族に罵られるべきなのは、オズ様、貴方では無く私です」


私があの日逃亡を決断しなければ、彼らは無事この国の国境を越えただろう。

故郷へと、家族の元へ帰っただろう。

彼らを死なせたのは私の我がまま、身勝手なわがままだ。


「今になって悔やみますよ。

もっと、良い道は無かったのだろうかと、彼らを先に帰して窮状を訴えてもらっても良かったのです、それでも、我慢できなくてあの日逃げ出したのは私、私の決断なのですから……」


私の家、私の部屋、私のベット。

今、このときにおいて唯一、敵も無く安心できる場所。

この数年凝り固まっていた心が解け、涙が溢れる。

なんて弱い、私は全然成長していない。空を知らない少女のままで、飛びたい飛びたいと母鳥をせっつく我が儘なひな鳥。

その結果を思いもせず、大切なものを沢山取りこぼしてしまった。

何より、この人を。

この愛しい黒猫にこんな顔をさせてしまっている。


「だから、貴方は泣いちゃ駄目です。

泣かないでください、笑ってください」


「…クリス」


「…オズ様、貴方は笑って、笑って私にお帰りなさいって言うんです」


「うん、うん、お帰り…クリス」


ボロボロと涙を流しながら無理やり笑顔を作って、消えそうな声でお帰りと呟くオズワルト。

ああ、愛おしい。

私はこのために帰ってきたんだと実感できる。

だから、私も笑った。

この数年で板についた、社交辞令満載の笑顔では無く、心のそこから沸きあがる歓喜に任せて自然と笑顔を向けていた。



 -黒猫と少女Ⅴ-



「クリスの前でボロボロ泣くとか、あんたもまだまだガキだねオズ」


「うるさいチシャ」


「そうですよ、そんな事言うものではありませんわ、泣かなくたってこの子はまだ子供です」


帰国から一ヶ月たち体力が戻ったクラリスが開いたお茶会。

そのメンバーはある意味そうそうたる面子といえる集団である。

オズワルトをからかって遊んでいる二人の美しい麗人。

モーニングコートを着込んだお洒落で気さくな趣味人、チシャ猫のグレイシャ。

藍色で染められた着物が似合う黒髪の清楚な皮肉屋、三毛猫のレア。


「二人とも、あんまり黒をからかったら駄目だよ?泣いちゃうよー」


「地味にあんたが一番キツイ」


「ふふふ、元気なのはいいことだ」


のんびり、やんわりと間に入るのは、優しげな見た目の山猫のトールズ。

楽しげに笑っているのは、老練なる見た目、いいおじいちゃんである灰猫のゲンキンスである。


「そうだな、クリスもこうして元気になったことだし、オズの涙も効果があったのではないか?」


「やめろアス……」


皆に弄繰り回され疲れたように突っ伏す黒猫のオズワルト。

そして、今日も優雅に微笑む白き麗人アスベル。

この国に住まうものなら誰か一人とは面識があるだろう、それだけ彼らはこの国に浸透した存在。

しかし、その彼らを集められるのはクラリスと呼ばれる少女くらいなものであろう。

たとえ、王子であるアイギスの誘いであっても興が乗らなければ、誰一人現れないであろう、ここに居るのはそういった気まぐれでかつ享楽的な者たちなのである。


「それで、白様ー、向こうの国のほうは片付いたのー?」


「ああ、手土産もちゃんと、王の枕元(・・)に送りつけてやった。次の日、失禁して喜んでくれたそうだぞ」


「ふふ、俺のクリスに手を出したんだ、命があるだけ儲けもんだろうに」


「ええ、そうですわオズが行かなければ私が滅ぼしてやったのですが、オズは相変わらず優しいですね?」


「お前ら……」


物騒な言葉を平然と吐き出す麗人たちに、思わずオズワルトは頭を抱えてしまう。

トールズだけが心の拠り所だと目線を向けるも、気移りが激しいのんびり屋は、手元のクッキーをほおばるのに忙しいようだった。


「ほっほほ、若いのう、レアよ

国なんてものは、単純に滅ぼせばよいものではない。気に入らなければ絞れるだけ搾り取ってから捨てるのだ、それが他国の使い方というものよ」


「ああ、そうだねゲン翁、そのつもりだよ」


黒い、黒猫よりも真っ黒な腹黒さを見せる老猫と白猫。

そろそろ、この場から逃げ出したくなった頃、彼女が現れた。

最近仕事に復帰したシーラをつれて青いドレスに抱かれた妖精が、楽しげに茶会の面々の下へと近づいてい来る。


「皆さん、楽しまれていますか?」


「ああ、今日も美しいねクラリス、今日の君は、まるで青く咲き誇る薔薇の妖精のようだ…」


流れるような動作でグレイシャが、クラリスの足元に跪きそっと手を差し伸べる。

恥ずかしそうに伸ばされたクラリスの手の甲にチシャ猫はそっと唇を落とした。


「お上手ね、チシャ」


「そんなこと無いわ、お世辞抜きに貴方は可愛いわよクリス」


「ありがとうございますレア姉さま」


そのまま手を引かれクラリスはチシャ猫と三毛猫の間に腰を下ろした。

懐かしい光景だった、クラリスが旅立つ前は、この面子にアイギスを加えよくお茶会をしたものだった。


「嬉しいです…、私のためにこうしてまた集まっていただいて」


「若い者が、気にするでない。

この年になると日が永い、このような時間は楽しみでもあるのだ」


「うん、そうだよー、お帰りクリス」


「ありがとうございます。ゲン翁様、トールズ様。

そういっていただけると嬉しいです」


「ほらほら、君も何かいいなよ…オズ」


「……うるさい」


人が増えるとむっつりと喋らなくなる黒猫も、それをからかう白猫も。

微笑ましげに彼らを眺める山猫と灰猫。

何処からか、取り出したハープを弾きだすチシャ猫。

済ました顔でお茶を飲む三毛猫。


この光景を見ると帰ってきたと実感が沸き上がってくる。

ここは猫が住まい、猫が守り、猫が縁を紡ぐ国。

猫と共に生きる人々が暮らす場所。

私の居場所は、ここにある。

帰る場所はここにある。

だから今は、この優しさに。

この国の守り手たちに、ただいまと言おう。


「…おかえり、クリス」


「はい、ただいまです。オズ様」

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