育成期間0年10ヵ月3週間(前編)
・・・・・・・痛・・・い・・?
何が・・・・・痛い・・・?
・・・これは・・・・・・腕だ。腕が、とても・・・痛い。
何故?・・・どうして?
確認するんだ・・・・・目を開けて・・・・・・顔を、俺の右腕に・・・。
・・・・・・折れてる。
・・・・・そうだよな。腕が折れていれば、痛いのは・・・・当然だ。
早く、手当しないと・・・な。
何か添え木になりそうな・・・・ものは・・・・。
・・・・・何も無いな。
周りには、小石と・・・・・ああ、大きな岩だけだ。
困ったな・・・・・。
どこかに、木の枝・・・・落ちてないかな?
・・・・・枝・・・・そう、太い枝がいいな。
細いと、折れてしまう・・・・・。
探しにいかないとな・・・・・。
・・・・・・いや、待て・・・よ。別に・・・・俺が探さなく・・ても、いいか・・・。
あいつに・・・・・俺の・・・・・。
・・・・・・・。
・・・。
・・・・・・・・ぁあああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!
麻痺は消え、痛みが体を苛み始める。
覚醒した代償は耐えがたい苦しみ。
原因は腕の骨折だけではない。
体中が悲鳴を上げていることが何よりの証拠だ。
激痛の余り、その場でのたうち回る。
無数の小石が傷に突き刺さり痛みを倍加させているが、それに気付くこともできない。
脳が思考を拒否しているがための負の連鎖だ。
・・・不意に背中を何かが触れる。
いや、俺が動き回るうちに近づきぶつかったというのが正しいか。
涙で霞む視界に映ったのは収納バックパックだった。
僅かに残った理性は無我夢中で俺の手を伸ばし、中から湧水の筒を取り出す。
太腿で筒を挟み込み、窪みを捻ると清らかな水が止め処なく流れ出る。
捻り加減を間違え、溢れ出す水で衣服を濡らしているが今はどうでもいいことだ。
震える左手で湧水の筒を口に近づけ、飲む。
湧水の筒の水が持つ若干の回復効果に縋る思いで絶え間なく体内へ流し込み続ける。
流石に全快とはいかないまでも、多少は痛みを和らげてくれるはず。
吐き出す程飲んだ後はその場に蹲り、痛みが引くまで耐える。
耐え難い痛みは、俺の意識を刈り取ろうと狙うがどうにか持ち直す。
今また意識を失えば、どうなるか分かったものではない。
少しでも気を紛らわせるため、鈍った頭を必死に働かせる。
思考は混濁を極め、まともな筋立ては望めそうにないが、それでも考えなければ。
・・・・・そう、まずはどうして俺は傷だらけなのか?
そして、今置かれている状況はどうなっているのか。
霧中から取り寄せるように、俺は記憶を手繰り寄せ始めた。
------------------------------------------------------------
眼下には巨岩が立ち並び、石榑の群れが一面を埋め尽くしている。
まるで水辺に浮かぶ小島のようだ。
そびえ立つ山岳には雲が纏わり、頂上を見ることはできない。
が、遠方からでも視認できるという事実はその大きさを物語っている。
ここはヴィングル従魔士養成学校から遠く離れたセル山脈の中腹。
気を抜けば転げ落ちてしまいそうな斜面の一画に、
俺ことロイ・マニカルと魔獣コッコはいた。
長期の外泊許可を得て、出発した長旅も漸く下り返しといったところか。
まさか、辿り着くのに6日もかかってしまうとは思わなかったな。
普通はここまで時間をかけるような距離ではないのだが、
大きく「森」を迂回したのは矢張り不味かったらしい。
・・・・・・・。
1人旅(コッコは連れて来ているがどうにも頼りない)だから。
・・・そう言えば、建前にもなるだろうか。
魔物に対し、どんどん臆病になっている自分に嫌気が差す。
そして、それが腹立たしくもある。
勇敢でありたいとは思わないが、臆病者にはなりたくないものだ。
右手でハーケンワイヤーを構え、金属杭を撃ち出す。
杭は岩肌の剥き出した斜面の一角に突き刺さり、その場に固定される。
後はワイヤーを巻き上げる勢いを利用して、急な斜面を駆け上がっていくだけ。
便利なものだ。
このハーケンワイヤーは以前、土ノ人から失敬したものだが、
こいつが無ければ今頃、四苦八苦しながら山肌にへばりついていたことだろう。
操作も何ら問題はない。
説明書は付属されていなかったが、
グリップ部を握り締めると自然と使い方が頭に刷り込まれた。
おそらくは呪術系魔術の応用か。
・・・っと、登り切ったな。
気づけば足元には固い岩肌には深々と突き刺さった金属杭。
ワイヤーは粗方巻き上げ切り、残っているのは手元の本体と金属杭を繋ぐ長さだけだ。
金属杭を本体の先端に差し込み、狙いを定め再度金属杭を撃ち出す。
この繰り返しで、ここまで短時間で登ることができた。
全く、ハーケンワイヤー様様である。
再び、急斜面を駆け上ろうと足腰に力を籠める・・・・・が、ここで
俺の魔獣が追い付いていない事に気づく。
道中、魔物の姿を見かけなかったせいか周囲に気を配ることを疎かにしていた。
気を引き締めないと危険だというのに・・・。
後ろを振り返り、魔獣コッコの存在を確認する。
・・・・・どうも、登るのが少し速過ぎたな。
俺と魔獣の距離はだいぶ開いている。
まあ、能力の発動無しならば仕方のないことだ。
寧ろ地力のみでこの坂を登り切ろうとしている。
その事実に感嘆した。
ここまで育ったか、と。
逞しくなった魔獣から視線を変える。視線は雲海の向こうを見通すかのように。
目的の場所まで、あと少しだ。
もう少しで、手に入る。
正直、ここまで育てたコッコに使うのは少し気が引けるが、
必要な事と割り切るさ。
コッコをより強く、より強靭に。
誰であろうと打ち倒すために。
竜の卵を手に入れる。
-------------------------------------------------------------
・・・・・・・・そうだ、俺がここへ来た理由。
このセル山脈を産卵場所としている竜系「グランドドラゴン」
の卵を入手するために、ここへ来た。
この魔物は、竜系としては珍しく卵を多産する。
俺が「鑑定」のスキルレベルを磨き上げ続けてきたのは今日この日のため。
・・・・・・・?
くそっ。まだ思考が定まらない!違うだろ!
なんで傷だらけなのか、これじゃ説明がつかない!
そうじゃなくて、今必要なのはそんなことじゃなくて・・・・・。
そ、そうだ。コッコはどこだ?
こんな時に傍にいないなんて、何をしてるんだ!?
指示笛を鳴らし、コッコを呼ぶ。
何度も、何度も。
しかし、いくら待っても戻ってこない。どうして?
・・・・いや待て、辺りは粉塵に包まれ視界は最悪だ。
だから、俺を見つけられないのではないか?
・・・・有り得ない。
コッコには能力「探索」があるじゃないか。
俺を見つけられないなんて考えられない。
まさか・・・・・・い、いやコッコのことだ。
きっと能力の発動を忘れて・・・・。
もしかしたら笛の音が聞こえない遠くにいるのかも・・・・。
・・・・・・。
嫌な汗が全身から噴き出す。
傷の痛みからくるものではないことは、今の俺でも判断できた。
未だに俺の体を痛みが蝕んでいるがそれどころではない。
俺の夢が、消えかかっている。
四の五の言ってはいられない。
幸い、足の骨は折れていない。
これならなんとか歩くくらいはできるはずだ。
取り敢えず、持ってきた斧を杖代わりにして・・・。
・・・・・・・・・・・・・う。
何で・・・。嘘だろ?
頭を振り何度も一点を凝視する。
それが幻覚であってくれと、混乱による誤認だと。
目の前の土煙から現れようとしているモノを認めたくなかった。
どうして、この瞬間に出てくる。
・・・現実は非情だ。
今、俺の目の前に。
数体のゴブリンがいた。




