育成期間0年10ヵ月3週間(後編)
人の目及ばぬ山中の一画。
満身創痍の人間が1人。相対するモノは醜悪なる魔物の群れ。ゴブリンが6体。
等間隔に列を成した魔物達は、手にした武器に殺意を漲らせ、
俺の息の根を止めるべく前進を続けている。
その光景は俺にとって死神が大挙して押しかけてきたことに等しい。
どうする・・・?どうすれば、いいんだ!?
今にも襲い掛からんとするゴブリンを目前にし、体は頻りに震え、汗が噴き出す。
この状況において、唯一の朗報は血の気の引いた頭が
混乱した思考を正常化したくらいか。
よろけつつ1歩後ろへと下がるが、その間に魔物は2歩進む。
逃げ切れない。
俺が取るべき選択は始めから逃げの一手だけにも関わらず、
逃げられない。
最早、俺に残された選択肢は絶望的な戦闘のみ。
せめて、せめてコッコがいれば・・・・・まだ望みはあっただろうに。
当の魔獣が行方不明なんて洒落にもならん。
・・・・一体、どこにいるんだよ。
思考は怒声に掻き乱される。
いよいよ、最弱の魔物達による攻勢が始まった。
彼我の距離は無いも同然。
一気に詰め寄ったゴブリン3体の凶刃が振り下ろされる。
狙いは全て同じ、頭だ。
同じ狙いだからこそ、咄嗟に掲げた斧で受け止めることができたが、
片腕で3体分の圧力を支えきれるわけがない。
まして、今の俺は万全とは言い難い状態。
その衝撃に耐え切れず、呆気なく膝は大地に着く。
力比べは無謀すぎる。判断は瞬時に下され、上体を捻り受け流す。
力を籠め、俺をねじ伏せようとしたゴブリン3体は
柄を滑る剣に釣られ体勢を崩していく。
右腕が使えれば、このままゴブリンの脳天に斧を振り下ろすこともできただろうが、
左腕だけでは思うようにいかない。
ならばせめてと、近くのゴブリン目掛けて立ち上がり際に蹴りを喰らわせる。
鋭い蹴りとは御世辞にも言えないが、
狙ったゴブリンの顔が絶妙な位置にあったのは幸いだった。
俺のブーツは醜い面に埋まった双眸の内、左の瞳を捉える。
苦悶の雄叫びと共に、その場に突っ伏し左目を抑え込むゴブリン。
目を抑え込んだ指の隙間からは、赤の混じった液体が流れ出す。
これで少しの間は、あいつが襲ってくることはないはず。
楽観かもしれないが、それを考える余裕は無い。
突如、辺りに響く仲間の悲鳴に他のゴブリンもたじろぐ。
事、戦闘の素人である俺でもこの隙は逃さない。
左腕に力を籠め横へ薙いだ斧はゴブリンの側頭部を打ち付けた。
・・・しかし、俺も焦っている。
ゴブリンの頭を捉えたのは重厚な刃ではなく柄だった。
こんな時に距離を見誤るなんて、痛すぎるミスだ。
それが圧倒的不利な状況下においては尚の事。
だが、流石に頭を強打されてダメージの無いはずもなく、
ゴブリンは片目を潰した同族の隣に蹲る。
唸り声をあげ、悶える魔物2体は完全な無防備。
この好機に今度こそと意気込み、再度斧を振り上げようとするが・・・。
痛ッ・・・・!
絶好のチャンスは痛みに阻まれた。
斧を振り回し続けるには、回復が追い付いていない。
痛みに耐えかね膝を折りかけるが、斧を支えにどうにか踏み止まる。
ゴブリンは無傷の個体が負傷した2体のフォローに入った。
すぐさま襲い掛かってこないのは、喚き散らす仲間を気にしてか。
または俺を警戒しているのか。
どちらにせよ、俺にとって良い事ではない。
負傷した2体もすぐに持ち直すだろう。
間合いは2、3歩程度。踏み込めばすぐに剣の切っ先が届く。
・・・・悪足掻きだろうか。
頑張ったところで、勝ち目が出るわけじゃない。
結局のところ、目先の死を先延ばしにしているだけだ。
無駄な抵抗・・・か。
疑念は尽きない。
だが、これだけははっきりしている。
俺はまだ、死にたくない。
うおおおおおおおおおおおおおおッ!!
持てる全ての力を注ぎ、斧を固い岩肌へと打ち込む。
ゴブリン共は、都合よく直線上に並び立っている。
故に、俺の個体スキル「土砕き」は最大の効果を発揮した。
赤の光は天へと昇り、溢れ出た光は大地を悉く砕き裂く。
さしものゴブリン共も驚いたのか一目散に逃げ始める。が、遅い。
俺からたいした距離も開かぬ内に、
全ての魔物は光に飲み込まれ大地の切れ目に消えていく。
奴らにとっては、足場の喪失に加え落下の2段構えだ。
驚きは叫びとなり魔物達の口から吐き出されていく。
はあ、はあ・・・・・うぅ・・・・・。
無理、したな。全身を針で刺されたみたいだ・・・・。
個体スキルによって生み出された亀裂に目を凝らしつつ、痛みに顔を顰める。
これで決まれば御の字。
薄い期待を胸に秘め、少しでも距離を取るべく斧を杖代わりに歩き始める。
普通はこれで逃げる算段も立つだろうが、
つくづく己の運の無さにはうんざりだ。
・・・・・くそ、やっぱりか。
20歩進んだところで後ろを振り返り、零れ出る愚痴。
そこには亀裂から這い出てくるゴブリンが見える。
薄々そんな気はしていたが、事前に魔物へ対して使ってみるべきだった。
俺の個体スキル「土砕き」は戦闘系スキルにあって、生物への殺傷力を有していない。
言わば、地形破壊を目的としたスキル。
この事実は、スキルによるゴブリンの討伐が不可能であることを告げた。
杖代わりの斧を再び武器として振るうべく、振り上げそのまま肩に担ぐ。
柄は短めに握り、少しでも振り回し易くする。
息は荒く、動悸も激しい。
それに加え、折れた右腕が痛く熱い。散らしていた痛みが戻ってきたのだ。
痛みは生きている証だが、今はどこまでも邪魔な存在でしかない。
そんな痛みに苛まれる俺の都合は知らぬとばかりに、
先陣を切って駆け出したのは片目の潰れたゴブリン。
ついさっき俺の蹴りを顔面で受け止めた個体か。
その形相は、怒りによりひどく歪んでいた。
唾を撒き散らしながら雄叫びを挙げ、突撃してくる魔物に理性は感じない。
まさに、怒りで我を忘れた状態。
愚直に俺目掛けて一直線に向かってくる。
小刻みに震える俺の足では避けられない。正面から迎え撃つ。
相手の力任せに放たれた突きを、どうにか斧の柄に当て捌く。
反撃に転じたいが、体の動きが鈍い。
目の前の魔物に追撃を許してしまう。
間髪入れず剣を振り上げ何度も叩き付けるゴブリン。
単調な攻撃故、防御は出来ている。
だがそれも、後ろから迫る残りが加勢するまでだ。
刻一刻と迫る死の影に焦りを隠せない。
畜生。
斧の重みは左腕に疲労を蓄積していく。
両手で扱う武器をいつまでも片腕で構えていられるわけがない。
足取り重く、防御が緩くなったところにゴブリンの剣閃が奔る。
乱雑な太刀筋が俺を少しずつ切り裂く。
左手は血に塗れ、頬を切っ先が掠る。
・・・・畜生。
もう立っていられない。
いつ、転んでもおかしくない。
こんなところでくたばるつもりは毛頭無いが・・・・どうにもならない。
目の前のゴブリン1体も始末できず、他のゴブリンは俺を包囲し始めた。
囲まれればもう終わりだ。
勝てない。
死ぬ。
諦めが頭を過る。
回り込んだゴブリンが攻撃姿勢を取り始めた。
一斉に襲われれば、防げない。
・・・・・恨むぞ。お前さえいれば、俺は生き延びたかもしれないのに、な。
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・・・・・・・・頑張って・・・・。
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・・・・・!?
右腕に食い込む刃。
その刃先は骨を寸断できず腕の肉に留まる。
・・・・・その痛みで聞こえた幻聴だと。そう思った。
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・・・・・・・まだ・・・・死んだら、駄目。
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何だ、これは?
幻聴じゃ・・・ない?
これは、俺の何に訴えかけているんだ・・・?
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・・・あと少し・・・・・・頑張って。
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剣が右腕から引き抜かれ、服を血が染めていく。
背中も斬られた。撫でられたかのような感覚の後、
開いていく切り傷からは鮮血が噴き出る。
頑張れだって?
そんなの、もう無理だ。
目の前に佇むゴブリンの顔から怒りが消えて行くのが分かる。
霞む視界に映るのは先程とは違う歪んだ顔。
まさかこれが満面の笑みだとは、この時は思いもしない。
うぐぅ・・・ッ!
脹脛に剣を突き立てられ、
ついに立っていることすらできなくなる。
ゴブリンが意図的にこちらの急所を避けているのは
その残虐性からか。それとも・・・こいつらの性格か。
ちっ・・・・・こういうやり口は、あいつらを思い出す。
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・・・あと少しだけ・・・頑張って。
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ああ、頑張りたい。
こいつらに殺されるなんて、御免だ!
・・・けどな、俺にできることは全部やった。
戦ったんだよ。それで、このザマだ。
今の俺に何が、できる?
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・・・・・「僕」は・・・・・。
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謎の声が発した言葉はそれきり。
そして、次に起きた出来事は、俺の命運を分けることになる。
な、何だ?こいつら、一体何を見て・・・。
今まで俺を嬲っていたゴブリン達の動きが止まり、一斉に振り返る。
視線の焦点は俺の収納バックパック。
戦利品の品定めでも始めたのか?
・・・・・いや、そんなの今はどうでもいい。
そう、今は・・・・!
死ぃねええええええええええええええッ!!
雄叫びと共に放った最後の一撃は、背を向けたゴブリンの脳天を確実に叩き割る。
脳漿と血飛沫が飛び散り、俺の顔にへばり付く。生暖かいそれはとても不愉快だった。
間を置き、仲間の死に気づいた魔物達は激昂し、剣を突き立てようと迫る。
殺したゴブリンは今だ手にした斧と繋がっていた。
力無く膝から崩れ落ちる魔物を斧で引いて手繰り寄せ、そのまま盾にする。
動けないなら、この場でどうにか凌ぐしかない。
最後の足掻きだ。
これもただ死を遅らせているに過ぎないが、今は意味ある遅滞だと思える。
僅かな希望を胸に、地を背にして敵を迎え撃つ。
次々と振り下ろされる剣先は、同胞だったモノを貫き、俺を刺し殺そうとするが、
骨や臓物が魔物達の攻撃を食い止め致命傷には至らない。
・・・・しかし、それもいつまで持つのか。
少しずつ、刃は俺の体に刺さり始めている。
今はまだ刺さりも浅いが、このままでは遠からず刺し貫かれてしまうだろう。
それに切り傷から絶え間なく血が流れ出ているのも不味い。
手足の感覚は段々と無くなり、体からは温もりが消えていく。
ゴブリンに殺されるか、失血死するかの差は大してないのかもしれない。
何か起きるなら、今すぐ起きてくれ!
震える声で力無く叫ぶ。すでに腹に力を込めて声を出すことすら出来ない状態だ。
いよいよ、終わりが近い。
けど、諦めずに頑張ったんだ。
これで呆気なく死んで終わりなんて・・・あんまりだろ!?
目に涙を浮かべ自身の不運を嘆く。
その悲痛を湛えた瞳に飛び込んできたのは・・・・・そう、奇跡。
まさにそう言い表すことしかできない。
ゴブリンが1体、また1体と倒れていく。
俺に迫った死が、死んでいく。
魔物の生を奪ったものは、透き通る氷の槍。
刺突箇所からは冷気が噴き出し、ゴブリンの血肉を凍結する。
引き抜こうとゴブリンは槍に手を掛けるが、
触れた端から凍り付き、槍を抱いた氷像と化す。
馬鹿なゴブリンも自身の置かれた立場を理解し、一目散に逃げ散っていく。
・・・・最も、逃げ切れた奴はいなかったようだが。
氷の槍?まさか・・・・あいつ、なのか?
頭に浮かぶのは、あの少女。
蒼い髪を靡かせる、口喧しいあの・・・・・・。
『あんた!しっかりしなさいな!』
・・・・あれ?
コッコは能力【敗走】を取得。
コッコは能力【不痛】を取得。




