第七章:宿場町の灯りと、商人の流儀
街道を二日ほど進むと、大きな川の袂に開けた賑やかな宿場町へ辿り着いた。
立ち並ぶ旅籠からは出汁や焼肉の香ばしい匂いが漂い、大通りには商人の威勢の良い掛け声と、行き交う人々の笑い声が満ちている。かつての俺なら、人の過剰な熱気と喧騒に酔い、即座に身を隠していたであろう場所だ。
「さあ着いたよ、宿場町『川口』! ここなら美味しい飯と温かい風呂があるんだ!」
レンは身軽に跳ね回りながら、目ざとく一軒の古びた旅籠を見つけ出し、俺の手を引っ張った。
案内された部屋で供されたのは、炊きたての白米と、川魚の塩焼き、そしてたっぷりの山菜汁。レンは約束通り、道中で稼いだ銭を太っ腹に差し出し、俺の前に料理を並べて見せた。
「ささ、クマさん! 遠慮なく食べて! お礼なんだからさ!」
俺はぎこちなく箸を取り、熱々の汁を啜った。
ナギのくれたスープの味を思い出す。あの時の素朴な温もりと、この町を巡る賑やかな活気。かたちは違えど、どちらも人間たちが身を寄せ合い、懸命に生きている証なのだと感じる。
「……美味いな」
「だろー! 美味しいものを食べると、人間生きててよかったって思うよね!」
レンは豪快に飯をかき込みながら、満面の笑みを浮かべた。
だが、食事も半ばを過ぎた頃、階下から騒がしい怒号と、皿の割れる甲高い音が響き渡った。
「言われた通りの上納金を出せねえだと!? だったらこの店、たたんでもらうまでだ!」
レンの表情が一瞬で曇る。
「またあいつらだ……『黒鮫組』。この町の商売人から無理やりみかじめ料を巻き上げてるヤクザ者たちだよ。おばあちゃんの薬草を横取りしようとしたのも、あいつらの下っ端だったんだ」
俺は静かに箸を置いた。
右手に巻かれたナギの手ぬぐいを、左手でそっと撫でる。
ナギの村で知った「守るべきもの」。
そしてレンが教えてくれた「共に飯を食う喜び」。
それらを足蹴にし、踏みにじる存在を、今の俺は見過ごすことができない。
「……レン、飯の途中だが、少し席を外す」
「えっ、クマさん!? 相手は大人数だよ!」
「問題ない」
俺は刀の柄に手をかけ、ゆっくりと階段を下りて行った。
階下では、怯える店主夫婦に向かって、ドスを抜いた男たちが暴れていた。
その真ん中に、ゆったりと腰を下ろしているのは、刺青を覗かせた巨漢の男――黒鮫組の組長だった。
俺の足音が静まり返った店内に響く。
「なんだてめえは……客か? 横槍を入れる気なら、命はないぞ」
組長がギラついた眼光で俺を睨みつける。
俺は言葉を返さず、ただ静かに組長と下っ端たちの間に割って入った。
胸の奥で、静かな炎が燃え上がっていた。己の破壊衝動を満たすためではない。誰かの日常を守るための、人間の怒りとして。
「……人の飯の邪魔をするな。出て行け」
獣のごとき重厚な威圧感が、狭い旅籠の空気を一瞬で叩き潰した。




