第八章:守るための刃
「……あァ? ガキの使いじゃねえんだぞ、大男」
黒鮫組の組長がせせら笑い、顎で下っ端たちに合図を送る。
一斉にドスを抜き、狭い店内を殺気で満たす五人の男たち。店主夫婦は悲鳴を上げて店の隅で抱き合い、階段の陰からはレンが息をのんでこちらを見つめていた。
「叩き斬れ! この街で俺たちに刃向かったことを後悔させて――」
組長の言葉が終わるより早く、疾風が店内を駆け抜けた。
――ガキンッ!
俺は刀を鞘から抜かず、そのまま目にも留まらぬ速さで先頭の男の顎へ柄頭を打ち込んだ。
骨の砕ける鈍い音が響き、男は白目を剥いて吹き飛ぶ。
「な……っ!?」
勢いを殺さず、回転の遠心力を乗せて鞘のまま二人目の胴を強打。さらに一歩踏み込み、襲い来る刃を左腕の甲で受け流しながら、三人目の脚を払い、倒れ込んだ男の首筋に刃の背――峰を叩き落とした。
瞬く間の三打。
刀を一寸たりとも抜くことなく、三人の男たちが床に転がり、悶絶する。
「化、化け物……! 刀すら抜いてねえのに……!」
残る下っ端が震え上がり、尻餅をついた。
かつての俺なら、躊躇なく全員の喉笛を刃で引き裂いていただろう。
だが、ナギが教えてくれた「人の心」が、俺の腕を押しとどめていた。無闇に命を奪う殺戮は、もう俺の武者修行ではない。
俺はゆっくりと組長へ歩み寄る。
床を鳴らす重い足音が、男の恐怖を煽り立てた。
「ひっ……! 来るな、寄るなっ!」
組長はドスを振り回すが、その手は大きく震えている。俺はその手首をいとも容易く掴み上げ、万力のような力で握り潰した。
「ガアアアッ! 痛い、折れる、折れるううっ!」
「この町から消えろ。二度と、人の営みを踏みにじるな」
低く、地鳴りのような声で告げ、手首を放す。
組長は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、転がるように下っ端たちを連れて店から逃げ出していった。
静寂が戻った店内に、店主夫婦のほっとした安堵の吐息が漏れる。
「あ、ありがとうございます……! なんとお礼を言ったらいいか……!」
膝をついて感謝する夫婦に、俺はぎこちなく首を振った。
「……気にすることはない。俺はただ、静かに飯を喰いたかっただけだ」
階段から飛び出してきたレンが、目を輝かせて俺の腰に抱きついた。
「すごい! すごいよクマさん! 一滴も血を流さずにあいつらを追い払っちゃうなんて!」
「……血は、軽々しく流すものではない」
右手の手ぬぐいを撫でながら呟く。
守るために振るう拳と刃。
己の中に確かに芽生えた「人としての誓い」を胸に、俺は残った冷めかけの汁物を静かに口へと運んだ。




