第三章:獣の牙、人の刃
闇の中から滑り出てきたのは、黒い着物に身を包んだ十数人の男たちだった。
その瞳には、かつて俺が仕留めてきた飢えた野狼と同じ、昏い欲望が宿っている。
「へへ、こんな山奥に潜んでいようと無駄だぜ……『熊殺しの狂剣』」
先頭の男が、刀を舐めながら下品な笑みを浮かべた。
「その首に懸けられた賞金、ありがたくいただく。――おい、横にいるガキもろとも叩き斬れ!」
「クマさん……!」
後ろでナギが息をのむ。俺は背中で彼女の震えを感じ取りながら、深く脚を踏み込んだ。
「下がってろ」
掠れた声で告げると同時に、地を蹴る。
――ドォン!
雪を爆ぜさせ、獣のごとき跳躍で距離を詰める。
男たちが反応するより早く、右手の刀が一閃した。
「ガっ――!?」
一筋の赤い線が夜気を裂き、先頭の男が崩れ落ちる。
「ひっ……速い!? 囲め! 囲んで殺せ!」
怒号とともに、刃の群れが四方から襲いかかる。
いつもなら、俺は己の体を傷つけることも厭わず、肉を切らせて骨を断つ戦い方を選んでいた。自分の命など、捨て鉢だったからだ。
だが――今は違う。
(後ろに、あいつがいる)
俺が倒れれば、あの温かいスープをくれた少女が殺される。
右手に巻きつけられた手ぬぐいから、ナギのぬくもりがじんわりと掌に伝わってくるようだった。その熱が、俺の冷え切っていた血を滾らせる。
「オオオオオオッ!!」
咆哮一撃。
熊の親から受け継いだ超絶的な腕力で刀を振るう。
刃と刃がぶつかり合い、火花が夜の闇を鮮やかに照らし出した。
金属の叩き合う甲高い音が響くたび、男たちの悲鳴が雪原に上がっていく。
俺の剣術に華やかさはない。ただ生き残るため、敵を確実に屠るためだけに削ぎ落とされた、野性の暴力そのものだった。
「ひ、ヒィィッ! 化け物だ! 本当に熊の化身じゃねえか!」
最後の一人が腰を抜かし、刀を投げ捨てて逃げ出そうとする。
俺はそいつの背中に一歩で詰め寄り、峰打ちで首筋を叩き割った。
雪の上に転がる男たち。
静寂が、再び山を包み込む。
血の匂いと、荒い息吐く煙。
俺は刀の血を払い、ゆっくりと納刀した。右手の傷は、無茶な振りのせいで再び開き、手ぬぐいに赤黒い染みを広げていた。
「……終わったぞ」
振り返ると、ナギが目を見開いたまま立ち尽くしていた。
俺の返り血に染まった姿を見て、恐怖で震えているのだと思った。やはり、人間にとって俺は化け物でしかないのだと、胸の奥が少しだけ痛む。
俺は言葉をかけず、黙って背を向けようとした。
「……バカ!」
不意に、小さな拳が俺の腰のあたりにぶつかった。
ナギが駆け寄り、俺の背中にしがみついていた。
「なんで……なんでそんな無茶するの!? 傷が開いちゃってるじゃない!」
「……お前を守るためだ。当然だろ」
「自分の体も大事にしなきゃダメ! 傷つけるために戦うなんて……そんなの悲しすぎるよ……」
ナギの涙が、俺の背中を通して衣服に染み込んでいく。
温かい。
手ぬぐいの温もりよりも、スープの温もりよりも、ずっと熱いものが胸を満たしていく。
俺はそっと、右手でナギの小さな頭を撫でた。
不器用で、硬い、爪の尖った手のひらで。
「……泣くな。もう大丈夫だ」
初めて、己の意志で誰かを慈しむように呟いた。
熊の仔として生まれ、孤独の中に生きてきた俺の武者修行は、この夜、確かな「人の心」を得て、新たな局面へと動き出そうとしていた。




