第2話 六人の姫との出会い
星野社長が部屋を出ていったあと、社長室には一瞬だけ静かな空気が落ちた。
さっきまで、自分の人生を左右する話をしていたはずなのに、頭の中はまだ追いついていない。
役者を諦めるつもりだった俺が、明日からトップアイドルグループのマネージャーになる。
しかも、それは単なる裏方仕事ではない。
メンバーが求める存在を演じて、彼女たちの問題を解決しろ。
どう考えても、まともな仕事ではなかった。
「……混乱してますよね〜」
向かいに座る佐藤さんが、申し訳なさそうに微笑んだ。
その声はやわらかい。さっき社長の前で見せたきちんとした表情より、少しだけ力が抜けている。
「正直、かなり」
俺がそう答えると、佐藤さんは小さく頭を下げた。
「ですよね。私も最初に聞いた時、社長ってすごいことを普通の顔で言うなあって思いました」
「佐藤さんでも、そう思ったんですか」
「思いますよ。」
少しだけ肩の力が抜けた。
けれど、佐藤さんはすぐに表情を戻した。
「でも、必要なんです。少なくとも、今のままではもう限界です」
その声には、冗談や大げさな表現は混じっていなかった。
俺は背筋を伸ばす。
ここからは、役者としての好奇心ではない。実際にこれから自分が踏み込む場所の話だ。
佐藤さんは机の上に一冊のファイルを置いた。
表紙には、flesh princessのロゴが入っている。
「まず、前提としてお伝えしておきたいのは……あの子たちは、“仲良しグループ”ではありません」
「……仲が悪いんですか?」
「そう言い切ると、少し違います」
佐藤さんは困ったように笑った。
「支え合う時もあります。助ける時もあります。誰かが本当に倒れそうなら、手を伸ばします。でも、世間が思っているような、いつも仲良しで、何でも話し合える六人ではありません」
「じゃあ、あのテレビで見る感じは」
「商品としてのフレプリです」
やわらかい声なのに、その言葉だけは妙にはっきりしていた。
「リーダーのサキさん。エースのユイさん。クールなリンさん。真面目枠のミサさん。明るく場を回すアヤメさん。最年少のメイちゃん。六人それぞれ役割があって、並んだ時に物語ができる。そういう形で売れてきました」
佐藤さんはファイルを開く。
六人の宣材写真が並んでいた。
テレビや雑誌で見ていた通りの、華やかな顔ぶれだった。
「ミサさんのスキャンダルが出た時、事務所はそれを“六人の絆”で乗り越えた物語として見せました」
「実際には、違ったんですか」
「完全な嘘ではありません。あの子たちなりに、ミサさんを支えた部分もあります。ただ……美談だけではありませんでした」
佐藤さんの指が、ミサの写真の上で止まる。
「誰もミサさんを見捨てられなかったんです。見捨てたら、グループの形が崩れるから」
胸の奥が、少し冷えた。
「世間が信じている“仲間を見捨てないフレプリ”は、あの子たちの本質というより、商品価値です。そして一度それで売れてしまった以上、六人はもう、仲が悪い顔をできない。距離があるとも言えない。不満があっても、嫉妬があっても、疑いがあっても、絆のあるグループとして笑わなければならない」
仲が良いから崩れないんじゃない。
仲が良いと思われているから、崩れることを許されない。
先ほど言われた星野社長の言葉が、少しずつ現実味を帯びていく。
「……思っていたより、ずっと面倒ですね」
「はい。面倒です」
佐藤さんは即答した。
「でも、悪い子たちじゃないんです。本当に」
「それ、社長室に来る前にも言ってましたね」
「何回でも言います。悪い子じゃないんです。ただ、いい子でいなきゃいけない時間が長すぎただけで」
その言い方が、妙に胸に残った。
佐藤さんは一枚目の資料を抜く。
「一人ずつ、簡単に説明しますね。細かいことは、現場で見た方が早いと思うので」
「お願いします」
「まず、サキさん。二十四歳。フレプリのリーダーです」
写真の中のサキは、清楚で落ち着いた雰囲気だった。姿勢がよく、いかにも“ちゃんとしている人”に見える。
「一番しっかりしています。スタッフへの対応も丁寧ですし、メンバーのフォローもします。外から見ると、たぶん一番安心できる人です」
「でも、問題がある」
「はい、、、」
佐藤さんは静かにうなずいた。
「サキさんは、“崩れないようにしている人”です」
その表現が妙に引っかかった。
「無理してるってことですか」
「たぶん、誰よりも」
佐藤さんは次の資料をめくる。
「次にユイさん。サキさんと同じ二十四歳。フレプリのエースです。たぶん、最初に一番ぶつかるのはユイさんだと思います。ユイさんは口調や態度がキツイ部分があります。」
「なるほど、要注意ですね」
「何かスキャンダルなど起きてしまったときにもダメージは大きくなります」
佐藤の言葉に一気に身が引き締まる感覚がした。
「三人めはリンさんですね。リンさんは二十三歳。元々はうちの事務所のモデル部門出身です」
写真の中のリンは、長身で、静かな美しさがあった。雑誌の表紙に一人でいても成立しそうな顔だ。
「リンさんは見られ方に敏感です。“綺麗”と言われることには慣れています。でも、ただ綺麗なだけで終わることを、本人はすごく嫌がります」
「なるほど」
「リンさんは私にもあまり自分の話をしてくれないので色々抱えていそうな怖さもありますね」
佐藤さんにも心を開ききっているわけではない人の抱える問題を自分には解決できるのだろうか?
「ミサさんは二十二歳。控えめで、真面目で、歌に感情を乗せるのが上手い子です」
佐藤さんの声が、少しだけ柔らかくなった。
「一番問題が少ないように見えるかもしれません。実際、今のフレプリの中では一番しっかりしてます。でも、その分、我慢しすぎるところがあります」
「我慢しすぎる」
「はい。ミサさんは、よく言うんです。“迷惑をかけたくない”って」
「……癖ですか」
「癖でもありますし、たぶん傷でもあります」
世間からは“一度問題を起こした子”として見られているメンバー。
けれど佐藤さんの口ぶりからすると、本当は違うらしい。
次に出てきたのは、明るい笑顔の少女だった。
「アヤメさん。二十一歳。元気担当で、MCも上手いです。場を明るくする力があります」
写真の中のアヤメは、見るだけで空気が軽くなりそうな笑顔をしていた。
「ミサさんとは、よく一緒にいます。ファンからもコンビとして人気ですね」
「仲がいいんですね」
「はい。年上なのに遠慮しがちなミサさんを、年下のアヤメさんが明るく引っ張る感じで。ミサさんも、アヤメさんが隣にいると少し安心しているように見えます」
「いい関係なんですね」
「そうですね。あの二人が一緒にいると、現場の空気も少し柔らかくなるんです」
佐藤さんは、どこか安心したように笑った。
俺は資料の中の二人を見る。
控えめに微笑むミサと、明るく笑うアヤメ。
確かに、並んでいるだけでバランスのいい二人に見えた。
「最後にメイちゃん。最年少です」
写真の中のメイは、黒髪で小柄で、守ってあげたくなるような顔をしていた。
「メイちゃんはカメラ慣れしていて、可愛がられるのが上手いです。でも、本人がその立場を素直に受け入れているわけではありません」
「子ども扱いが嫌い」
「そんな感じです。」
佐藤さんは苦笑した。
「一番油断したら駄目そうですね」
「はい。可愛いですけど、油断したら駄目です」
佐藤さんはファイルを閉じた。
たった数分で、頭の中が重くなった。
六人とも、問題の種類が違う。
正解のない相手に、正解っぽい顔で向き合わなければならない。
しかも俺は、演技で。
「一つ、聞いてもいいですか」
「はい」
「佐藤さんは、どうしてそこまで分かっていて、止められないんですか」
聞いた瞬間、少し失礼だったかもしれないと思った。
けれど佐藤さんは、怒らなかった。
むしろ、困ったように笑った。
「スケジュールも回せます。スタッフさんとの調整もします。体調も見るし、現場で必要なことはだいたいやります。でも……嫌われるのが下手なんです」
佐藤さんは自分の膝の上で指を重ねた。
「私、あの子たちと近くなりすぎちゃいました。年も近いし、同性だから話しやすいっていうのもあって。相談もされるし、愚痴も聞きます。泣きながら相談されたこともあります」
「信頼されてるんですね」
「そうだと嬉しいです」
佐藤さんは一拍置いてから言った。
「でも、聞けるのと、止められるのは別なんです」
言葉が出なかった。
この人は、仕事ができないわけではない。
むしろ、メンバーのことをすごく見えている。
見えているのに、近すぎて線を引けない。
「明日からも私は引き続きフレプリの現場にいます」
「二人体制ということですか」
「そうなります。私は現場を回します。佐々木さんには、メンバーにもう少し深く踏み込む役割をお願いします」
「いきなりですか」
「いきなりです」
佐藤さんは、少しだけいたずらっぽく笑った。
「たぶん、歓迎はされません」
「でしょうね」
「特にユイさんは」
やっぱり、と思う。
中心にいる人間ほど、自分のペースを乱されるのを嫌う。
まして相手が、ぽっと出の男ならなおさらだ。
「一応、言っておきますね」
佐藤さんは真面目な顔に戻った。
「最初から全部うまくやろうとしなくて大丈夫です」
「はい」
「今日はもう遅いですし、資料は持ち帰ってください。明日は午前十時、レッスンスタジオです」
「分かりました」
俺はファイルを受け取り、立ち上がった。
役者としての人生を賭けるには、あまりにも異常な仕事だ。
でも、だからこそ逃げる気にはならなかった。
部屋を出る直前、佐藤さんが俺を呼び止める。
「覚悟していても、多分予想は超えてきます」
そう言って小さく笑う。
俺は苦笑しながら会釈を返し、社長室を後にした。
*
その夜、家でファイルを開き直しても、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
サキ。ユイ。リン。ミサ。アヤメ。メイ。
六人とも、違う役割を背負わされている。
そして、その役割の裏に、それぞれ別の傷がある。
正解のない相手に、正解のような顔で近づく。
相手が欲しがる言葉を探し、相手が求める距離を測る。
それは、舞台の上でずっとやってきたことだった。
けれど、舞台なら幕が下りる。
台詞を間違えても、次の公演で直せる。
現実の人間相手に、それは通用するのか。
ベッドに寝転びながら、天井を見る。
役者としては終わりかけていた俺が、今度は現実の人間相手に役を演じることになるなんて。
皮肉にも程がある。
けれど――
「……やるしかないか」
小さく呟き、目を閉じた。
*
翌朝。
ライトパレードのレッスンスタジオ前に立った俺は、昨日よりもはっきりとした緊張を感じていた。
ここから先は、本番だ。
隣に立つ佐藤さんは、スマホとタブレットを見比べながら、いつものやわらかい声で次々と確認している。
「サキさんは昨日遅くまで別番組だったので、リハ前に栄養ゼリー渡します。ユイさんは朝イチで予定変更を聞くと機嫌が悪くなるので、雑誌取材の時間変更はリハ後に言います。リンさんは今日のカメラマンさんとモデル時代に一回会ってますけど、多分向こうも覚えてないと思うので、こっちも普通で大丈夫です」
「そこまで把握してるんですね」
「毎日見てたら分かります」
佐藤さんは当たり前みたいに言う。
「ミサさんは喉が不安定なので、温かい飲み物を車に置いてます。アヤメさんは今日のMC尺が三十秒削られてるので、先に言わないと本番で勝手に広げます。メイちゃんは差し入れを本番前に食べようとするので止めます」
ドアの向こうから、複数の女の子たちの声が聞こえてくる。
明るい声。
笑い声。
少し尖った声。
そのどれもが、テレビの向こう側から聞いたことのあるものだった。
「準備、いいですか?」
佐藤さんが小声で聞いてくる。
「……多分」
「大丈夫です。死にはしません」
「それ、励ましになってます?」
「少しは」
佐藤さんは珍しく冗談めかして言う。
そして、スタジオの扉に手をかけた。
「じゃあ行きましょう。佐々木マネージャー」
扉が開いた。
眩しい照明の下、六人の視線が一斉にこちらへ向く。
その瞬間、空気が変わるのが分かった。
レッスン終わりなのか、室内にはまだ音楽の余韻が残っている。壁際には飲みかけのペットボトル、床にはタオル。
テレビや配信で見ていた華やかな姿とは違って、そこにいた六人は汗をかいた“仕事中の人間”だった。
けれど、それでも目を引く。
flesh princess。
トップアイドルグループの名前は伊達じゃない。
六人が同じ空間にいるだけで、それだけで画面みたいな強さがある。
「お疲れさま。少し時間もらうね」
佐藤さんがいつもの柔らかい声で言うと、メンバーたちの視線がその隣にいる俺へ集まった。
真正面から向けられると、さすがにきつい。
役者として人前に立つことには慣れていたはずなのに、これはまた別だ。
観客の視線じゃない。
相手を値踏みする目だ。
「今日から、もう一人マネージャーが入ります」
佐藤さんがそう告げた瞬間、あからさまに空気が冷えた。
「……は?」
最初に声を上げたのは、中央に立っていた女だった。
明るめの茶髪ロング。強気な目元。少しギャルっぽいのに下品さはなく、むしろそれが華になっている。
ユイだ。
「何それ、聞いてないんだけど」
低めの声でそう言いながら、ユイは俺を頭のてっぺんからつま先まで遠慮なく見た。
思っていた以上に圧がある。
「急な話でごめんね。でも、必要な体制変更だから」
佐藤さんが穏やかに返す。
「必要って、何が?」
「その説明も含めて、まずは紹介させて」
佐藤さんに軽く促され、俺は一歩前に出た。
「佐々木隼人です。本日からマネージャーとして関わらせていただくことになりました。よろしくお願いします」
できるだけ無難に、できるだけ角が立たないように言った。
だが返ってきたのは沈黙だった。
正確には、一人だけ小さく鼻で笑った。
「へぇ」
ユイだ。歓迎の色は一つもない。
「なおっちだけじゃ足りなかったってこと?」
その一言で、佐藤さんの笑顔が一瞬だけ止まった。
ほんの一瞬。
けれど、俺には見えた。
「そういうわけじゃないよ。私の補佐です」
「ふうん」
ユイは納得していない顔のまま、こちらを見る。
「補佐ね」
「ユイ」
静かにたしなめたのは、黒髪ロングの清楚な美人だった。
姿勢がいい。ただ立っているだけで、“ちゃんとしている人”だと分かる。
サキ。
「初対面なんだから、そういう言い方はやめなさい」
「出た、優等生」
ユイが小さく言う。
サキの笑顔が、一瞬だけ固まった。
「……ユイ」
「はいはい。怖い怖い」
その一瞬だけ、サキの声の温度が変わった。
サキはすぐに俺へ向き直り、丁寧に頭を下げた。
「flesh princessリーダーのサキです。今日からよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
俺も頭を下げ返す。
その横で、長身の女が壁にもたれたまま、淡々とこちらを見ていた。
涼しげな目元。細い輪郭。汗をかいているはずなのに、乱れた感じがほとんどない。
リン。
彼女は何も言わなかった。
興味がない、というより、まだ判断する材料が足りないと言わんばかりに、静かに俺を見ている。
その視線には歓迎も拒絶もない。
ただ、何となく冷たさがあった。
「よろしくお願いします、隼人さん」
少し離れた位置にいた女性が、小さく頭を下げた。
ミサだった。
控えめで、柔らかい雰囲気がある。テレビで見ていた印象よりも、少し儚く見えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「私、迷惑をかけないようにします」
その言葉だけ、妙に引っかかった。
「ほら、また謝った」
明るい声が割って入った。
アヤメだった。
「アヤメです。ミサの通訳係です」
「そんな係があるんですか」
「ありますあります。ミサはすぐ謝るので」
ミサが困ったように笑う。
「アヤメ……」
「大丈夫。褒めてる褒めてる」
アヤメは笑っていた。
けれど、その目は俺を見ていた。
「マネージャーさん、嘘つくの上手そうですね」
背中に、細い糸を張られたような感覚があった。
「……どうしてそう思うんですか」
「今、緊張してるのに、平気な顔してたから」
アヤメは、あくまで明るく言った。
「うち、みんな嘘つくの上手いんで。マネージャーさんも上手いなら、ちょうどいいかも」
冗談のようだった。
でも、冗談だけではなかった。
最後に、黒髪で小柄な少女がこちらへと視線を向けた。
「メイでーす。最年少なので、いっぱい甘やかしてくださーい」
言葉は画面の中の彼女と何ら変わりはなかったが、声には一切の感情が無く、表情にも笑顔は全くなかった。誰にでも笑顔で愛想を振りまく画面の中の彼女とはだいぶ印象が違って見えた。
「メイ、初対面でそれはやめなさい」
サキが注意すると、
「えー、だってメイの役割それじゃん」
メイが少し笑いながら言った。
役割。
その言葉だけが、やけに頭に残った。
六人分の反応を受けて、俺はようやく一つ理解した。
このグループ、想像以上にバラバラだ。
表向きの空気は作れている。
会話もできる。
だが、それぞれの立ち位置と距離感が綺麗に揃っていない。
そんな中、ユイはもう俺への興味を失ったように視線を外した。
「で、なおっち」
ユイはタオルで首元の汗を雑に拭きながら、佐藤さんへ顔を向ける。
「今日の取材って巻けないの?」
「巻けません〜。むしろ押してます」
佐藤さんは即答した。
「なおっちが本気出せばいけるでしょ」
「私の本気でも時間は縮みません」
「はあー、、、」
ユイは呆れたように言いながらも、完全に佐藤さんを責めているわけではなさそうだった。
ただ、遠慮がない。
そして佐藤さんも、本気で怒ることはしない。
舐められている、そう思った。
距離が近すぎるのだ。
佐藤さんは仕事ができる。メンバーのこともよく見ている。けれど、彼女たちは佐藤さんが最後の線で突き放せないことを知っている。
だから甘える。
ユイはふと思い出したように、こちらへ視線を戻した。
「で? 新しいマネージャーさんは何するわけ?」
「何するって……通常のマネージャー業務全般を――」
無難に答えようとした俺の言葉を、ユイが遮る。
「それ、なおっちで足りてるよね?」
ストレートだ。
「ユイさん」
佐藤さんが困ったように名前を呼ぶが、ユイは止まらない。
「だってそうじゃん。今さら男増やして、何が変わるのって話なんだけど」
全員の視線が、俺に集まる。
ここで正論を言っても、たぶん届かない。
社長命令です。必要だからです。頑張ります。
どれも、ユイが欲しがっている答えではない。
ユイは媚びられるのも、説教されるのも嫌いそうだった。
だから俺は、正直に答えることにした。
「今は、まだ何も変えられません」
ユイの眉が、わずかに動いた。
「へえ」
「僕は今日来たばかりで、皆さんのことも現場のことも、まだほとんど分かっていません」
「じゃあ、何しに来たの?」
「覚えに来ました」
「何を?」
「皆さんが何をされたら助かるのか、何をされたら嬉しいのか、何をされたら嫌なのか。何を見られたくないのか。何を見てほしいのか」
スタジオの空気が、少しだけ変わった。
ユイは俺を見たまま、しばらく黙っていた。
「……変な人」
やがて、そう言って笑った。
歓迎ではない。
でも、完全な拒絶でもない。
最初の一歩としては、たぶん悪くない。
俺は胸の奥で小さく息を吐いた。
テレビの中の完璧な六人組。
その前に立っている今、俺にははっきり分かる。
ここにいるのは、仲良しの姫たちではない。
役割を背負って、笑うことに慣れすぎた六人の人間だ。
そして俺は、その六人の前で今日からマネージャーを演じる。
幕は、もう上がった。




