31 前世のサラの話1
魔王国の聖女として生きると決めてから数年後、サラと魔王、イーサンは三人で国内各地を周っていた。表向きは地方ごとに問題が無いか、学校の候補地をどこにするか等を話合うという趣旨だったが、実際はサラがこの国で王宮以外をほとんど見た事が無く、是非行ってみたい!と希望した為だった。
ある地方の村に着いた時、サラは「わあ、何だか懐かしいな。私が前世で住んでいたのも、こんな感じの村だった」と感慨深げに辺りを見回した。
余りに熱心に見ているので、イーサンが「こういう所に家を建てて、三人で住むのも楽しいかもしれないな」と言うと、魔王も「私はそういう暮らしがどんなものか想像もつかない。だが我々はいくらでも時間がある訳だし、興味深いから是非やってみたい」と乗り気になった。
サラはそれに対し「そうだね。いつか皆で住めると良いね」と、どこか寂し気に答えた。
イーサンと魔王はサラの様子が気になったが、無理に聞き出す事はせず、その場はそれで終わった。
王宮に帰り三人でお茶を飲んでいる時、サラが二人に話し出した。
「覚えてるかな。私、日本で深いつながりのある人がいないのは、自分が神様にそう願ったからだって言ったでしょう。それは前世で深いつながりを持っていた人に、顔向けできない事をしちゃったからなんだ。村に行った時思い出しちゃったから、聞いてくれるかな」
二人がもちろんとうなずいて、サラは前世で起こった出来事を話し始めた。
サラは三歳の時、国中に流行った疫病で両親を失ってから兄と二人孤児院へ入り、十五歳までそこで暮らした。
孤児院育ちというと可哀想に思われる事が多いが、あの時の疫病のせいで同じ境遇の子どもは沢山いたし、カーツァイト王国の孤児院は、今の王様と亡くなった王妃様が王太子夫妻だった頃から、環境を改善しようと頑張って下さったおかげで、想像するより悪いところでは無かった。
粗末だが衣食住は保証され、最低限の読み書きまで教えてもらえる。
サラには兄がいてくれたので、親のいない寂しさも他の子どもに比べたら随分少なかったように思う。
その兄はサラより二年早く十五歳になり、近村の大きな農家に住み込みで働けることになって孤児院を出た。けれど休みの日は必ず、サラに会う為土産を持って孤児院を訪ねてくれたので、一人になってからもサラは寂しくは無かった。
兄はサラを訪ねる度「今はまだ全然だけど頑張って金を貯めるから、そしたら二人で家を借りて住もう。庭のある家なら、昔飼ってたサンディみたいな犬も飼えるぞ」と夢を語った。サラは「私もここを出たらどこかで働くから、お兄ちゃんと一緒にお金を貯めるよ。早く家を借りられたら良いね」と兄の夢を自分の夢にもして、働いてお金を貯められる日が早く来ないかと待ち望んでいた。
十五歳になる前に、アルカン村の村長夫人のマリーが、サラに孤児院を出たら家で働かないかと声をかけてくれた。マリーは以前から、人手が足らない時は賃金を払って孤児院に手伝いを依頼してくれていて、サラも度々呼ばれていた。
大体そういう時は、村に領主様の代官や、稀に領主様の親戚が訪れて村長の屋敷に泊まっているとかで、下男下女の仕事が増えて忙しくなるからだった。
「サラがもし家で働いてくれるなら、洗濯場の仕事をしてもらおうと思うんだよ。アンとマギーは知ってるだろ? 二人も、サラは良くやってくれるって褒めていたから」
サラは行く度に良くしてくれるアンとマギーの事が大好きだったから、マリーにそう言われて喜んだ。
「はい。マリーさんの所で仕事が出来るなら、嬉しいです。よろしくお願いします」
次に兄が訪れた時、サラはアルカン村の村長宅に住み込みで働ける事になった、と報告した。
兄はそれを聞いて「俺の村の隣だから、ここよりも近くなるな。あそこの村長さんの事は、農家の親父さんも良い人だって言ってたぞ。奥様も孤児院によくお菓子をくれたり、ちゃんと賃金を払って俺達を働かせてくれたもんな。あそこに住み込みなら安心だ」と喜んだ。
「私も、頑張ってお金貯めるね」サラが言うと「お前は無理しないで良いから、自分の好きな服とか、何か買えば良いさ。今まで何も買えなかったんだから、欲しい物もあるだろう」と兄は優しく笑った。
そう言う兄が、いつ会っても丈の合わない同じ服ばかり着ていた事に、サラは全く気が付いていなかった。
十五歳になり孤児院を出る日が来た。十二年間暮らしていてもサラの荷物はカバン一つだけで、アルカン村まで歩くつもりだったのだが「少し遠くて危ないから」とマリーが家の馬車で迎えに来てくれた。
「私、馬車に乗るのは初めてです」サラが目を輝かせて言うと、マリーは「乗ってみると分かるけど、そんなに良い物でもないんだよ。特にお尻がね」と苦笑した。
マリーの言う通りすぐに振動でお尻が痛くなったきたが、歩くよりはずっと楽だし、何より少し高い位置にある窓から見える景色が、サラを感動させた。
「マリーさん、窓の外が飛んでいくみたい」窓を開け、初夏の風に髪をなびかせて、サラは子どもの様に笑って言った。
「そうかい。馬車酔いしないで良かったけど、あんまり身を乗り出すと危ないよ」
マリーに注意されて少し身体を引っ込めたが、サラはいつまでも飽きずに景色を眺めていた。
アルカン村に着くと、マリーはサラをこれから住む部屋に案内してくれた。
孤児院では大部屋に何人もの子どもが寝ていて、自分のスペースはベッドの上と下だけだったが、村長の家では使用人に個室、もしくは二人部屋を与えてくれていた。
とは言っても、個室はジョージの様な上級の使用人だけで、しかも後で知ったがジョージは元は代官であるアレン男爵家次男で、貴族だったというから、待遇が違うのは当たり前だった。
サラは当然二人部屋で同室の下女は仕事中だったから、マリーが後で紹介してくれると言った。
「今日はもうお昼だから、荷物をここに置いて一緒に食堂に行こう。食べたら荷物をほどいて後はゆっくりしていて良いよ」
マリーと一緒に食堂へ行き美味しい賄いを食べていると、アンとマギーもやってきて一緒に食事をしてサラを歓迎してくれた。
「サラ、よく来たね。明日から一緒に洗濯場で働けるのが楽しみだよ」マギーが言うと、物静かなアンも微笑んでうなずいてくれ、サラは「頑張ります」とホッとして答えた。
後から食堂に同室のクロエもやって来たので、マリーが紹介してくれた。
クロエはサラより四、五歳年上で優しそうな茶色い瞳の女性だった。
「初めまして。サラです。明日から、洗濯場で働く事になりました。よろしくお願いします」緊張して慣れない様子のサラに、クロエは「よろしく。私は掃除が担当だから、昼間は余り会わないだろうけど、何かあったら何でも言って」と笑い、マリーも「クロエはサラと年も近いし、仲良くしてやってね」と言ってくれた。
次の日から始まったアルカン村での生活は、新鮮で楽しかった。
洗濯場ではアンとマギーが丁寧に仕事を教えてくれて、上手くなれば褒められ、二人共娘の様にサラを可愛がってくれる。
部屋に帰ればクロエが、屋敷の中であった面白い出来事や、村の新しい店や噂話を教えてくれ、妹の様に可愛がってくれる。
屋敷で出る賄いはいつも美味しいし、その上給金まで貰え、サラは今までで一番楽しい様な気がしていた。
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