30 最強の聖女
「え。じゃあ、最近二人を見かけなかったのってずっとそれを研究してたの?」
「はい。二人でずっと、サラを召喚した魔法陣を解き明かし、逆の事が出来ないか調べていました。それでやっと、帰還の魔法陣が完成したんです」魔王が誇らしげに答えた。
「でも、召喚の資料は全部消滅させちゃったって、イーサン言ってたよね」
「ああ。神殿の資料は跡形も無いんだが、サラが召喚された時の魔法陣を王宮に残して来たかもしれないと思い出して、行ってみたんだ」今度はイーサンが、手柄を立てた様な調子で答える。
「アンジェラ王国に行ってきたの?一人で大丈夫だった?」
サラが心配すると、イーサンは笑った。
「大丈夫だ。もうあそこに王国は無い。誰も残っていないし、瓦礫の山だけだ。だが王宮のあの部屋に行ったら、運良く召喚陣が残っていたから転写してきた。勿論、床に描かれた召喚陣は消して来たよ。残しておいて、また悪用されたら困るからな」
イーサンはこれがそうだと、テーブルに転写された魔法陣を広げ、サラに見せてくれた。
「こんな風だったんだ。正直私は見ても中身は分からないけど、これで新しい聖女を呼ぶ事も出来るんだね」
「そうだな」
サラは自分が去った後、何百年後かに結界強化の必要が生じて、魔王とイーサンが新たな聖女を呼ぶ光景を想像して、ひどくモヤモヤしながら召喚陣を見つめた。
そんなサラの様子に気づかず「新しい聖女を呼ぶ事より、まずはサラを戻す話ですよ」魔王がそう言って、もう一枚テーブルに紙を広げた。
「こちらは召喚の魔法陣を解き明かした結果、理論上は元の場所へ戻れる魔法陣です」
サラが黙って魔法陣を見ていると、イーサンが続けた。
「今魔王様が言ったように、この魔法陣は理論上サラを戻せる事になっている。だが、それが本当に上手くいくか試す事は出来ていない。サラがぶっつけ本番で使う訳にはいかないから、これから俺がこの魔法陣を使って、サラのいた世界へ行ってみようと思う。しばらくしてから、こっちの召喚陣で呼び戻してくれないか」
イーサンの言葉に、サラは驚いて叫んだ。
「何言ってんの⁈ この召喚陣は聖女を呼びだす為の物でしょう。イーサンは魔族じゃない。ダメだよ、呼び戻せないよ」
「そこも解析して、書き換えてあるから大丈夫だ。あの時神官は数十人で魔力を注いでいたが、魔王様の魔力ならほんの少しで足りる。一瞬で終わるさ」
サラは身震いして、イーサンを止めて貰いたくて魔王を見た。
それなのに魔王は「本当なら私がその役を務めたかったです。私には、サラにそれだけの恩がありますから。しかし、私は王としてこの国を導かなければならないので、残念ながらイーサンにこの役目を譲りました」などと言って、止める様子が無い。
「そんなこと願ってないよ!イーサンも、こんな危ない事止めてよ」
取り乱すサラに、イーサンは静かに答えた。
「しかし、サラ。これがうまく作動しないで、この世界を出て聖女の力を失くした状態で、全く知らない世界に飛んで、そこが危険な所だったらどうする。
日本に戻れたとしても、身体全部をうまく送れなかったら、大変な事になるだろう。
俺たちは精一杯の事をして、サラの願いを叶えると約束した。だから、これは俺たちからお前への誠意で、今までは知らなかった愛情というやつだ。俺も魔王様も、お前が危険な目に遭うのは耐えられない。そんな事になるなら、自分が危険な方がずっと良いんだ」
「そりゃ危ない所に行ったり、身体がちゃんと送られなかったら、確かに困るけど…。
そんな危険な物をイーサンが試すのも、嫌だよ。怖すぎる」サラは困り果てて涙が出て来た。
「だが、これしか方法が無いんだよ。ここで待っていてくれ。俺が無事に戻ったら、サラも無事に戻れるんだ。…それでは、魔王様。お願いします」イーサンが魔法陣の上に乗り魔王が指を構えた所で、たまらなくなったサラは、魔王の腕に飛びつき止めた。
「ダメだよ、絶対にダメ。私だって、イーサンも魔王様も、二人共危険な目に遭って欲しくない。私の為にこんな事をするなんて、絶対に嫌だよ…」
「しかし、サラ。こうしないと」イーサンが説得しようとするのに、サラは決然として言った。
「私、決めた。このまま魔王国に残る。こんな事をさせてまで、日本に帰る必要は無いから」
魔王とイーサンは、思わず快哉を叫びそうになったが、グッと我慢した。
「本当に良いんですか(良いのか)」念押しする二人に、サラは涙をぬぐって笑顔を見せた。
「うん。ここまでしてくれた、二人の気持ちだけで十分。嬉しかった。ありがとう」
魔王とイーサンは、今度こそサラを抱きしめ、喜びの声を上げた。
それからサラは正式に、この世界に来て自ら選んだ役割 ‘’魔族と獣人の聖女‘’ として生きる事になった。
今は魔王国に学校を作る計画に参加し、日々案を出し自分の経験を語り、時に武闘派の獣人に付き合って貰って身体を鍛えてもいる。
そして毎日の様に、魔王様とイーサンからの「魂を食べさせて欲しいアプローチ」から逃げ回って、王宮の人々から生温く見守られている。ちなみにアンナはイーサン、ミルコは魔王様の応援隊だ。
逃げ回っているサラだが、二人の真剣な口説き文句を受ける顔はほんのり紅潮しているし、こっそり自分の魂を食べさせ済でサラの気持ちが伝わる二人は、かなり近い未来に魂を貰える予感がしている。問題は、二人そろって同じ予感がしている事だ。
「イーサン。そうなったら、私はサラと共に生き続ける訳だから、もう今後は聖女ではなく私の妃という存在になって貰おうと思うが、どうだろう」魔王が夢見る様に話すと「魔王様は最初、サラを母上と呼んでいたではないですか。もう一度母上に戻ってもらうのはいかがでしょう。母と子の関係は王と妃より、もっと強い結びつきだと言いますよ。私は、魔王様より弱い結び付きの夫と妻で結構ですから」イーサンも尾を揺らしながら答える。
これから三人は微妙にズレる各々の寿命のおかげで、不思議なバランスで長い間関わり続けていく事になるのだが、それはまた別な話。
これ以後、最強の盾となる聖女を得た魔王国は、人の目からは完全に遮断された世界で、末永く繁栄し、幸せを享受したと言われている。
読んでいただき、ありがとうございます。
この後は、少しだけ前世のサラのお話です。
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