29 きちんと恩に報いないといけない
ある日、すっかり廃墟になった王宮の跡地にイーサンが降り立った。
サラに話した通り、神殿の召喚に関するものは全て消去したが、王宮でサラを召喚した魔法陣がまだ残っているかもしれないと思い出したのだ。
呼び出す為の魔法陣を見たら、帰す原理も分かるかもしれなかった。
勿論、本心ではサラを帰したくは無いが、あれだけの恩を受けた身で約束した事を破る事は出来ない。元々魔族は裏切りを嫌う種族であり、魔王様と話し、努力だけはきちんとしようとここに来た。
瓦礫の山や略奪の跡で見る影も無い歩き慣れた王宮の廊下を、イーサンは懐かしい気持ちさえ感じながら、軽々とした足取りで進んで行った。
魔王様を捕らえられ、結界に封じられ、王宮に残る為にアンジェラ王国王家に仕えた三百年。あの頃の事は、ほとんど記憶に残っていない。
元より感情の揺らぎが少ない魔族の中でも、冷静さが際立っていたイーサンは、機械人形の様に日々を過ごしチャンスを窺っていた。しかし何も出来ないまま、王家が代替わりしていくだけの日々が続いた。
しかしあの日、王家がサラを召喚して全てが変わった。
召喚された日、今までの聖女同様にイーサンが与えた心を読む力を使い、あっという間に真実を掴み、自分達の味方になると決めてくれた。
最初は半信半疑だったが、三百年姿を見る事さえ叶わなかった魔王様に会わせてくれたかと思うと、結界から力を抜き取ると言い出して実行した。
「キラキラ魔法って何だよ」イーサンは、サラの名付けたやたら眩しい魔法を思い出して笑った。毎日重ね掛けしていたら、最後はサラ自身も見ていられない程輝いていたっけ。
結界を消滅させてからは、怒涛の展開だった。たった一日で魔王様を救出し、聖女の魔道具を破壊して魔王様を成長させ、皆を連れて新たな国へ出発する事が出来た。
それも全て力強く希望を語り、自分の信じる道を迷いなく進んで、自分達を導いてくれたサラのおかげだった。
「サラは自分が思うより、ずっとお人好しなんだよな」
イーサンは独り言ちた。
アンジェラ王国では、いつも何かに怒っていたサラ。それは自分の為ばかりで無く、誰か他の人の事でも同様だった。
「俺の魂を食べて貰ったから、最近のサラは俺と魔王様の元にいるのも悪くない、と思っているのは分かっているが、やはりこちらもきちんと恩に報いないといけないからな」
サラとの事を思い出しながら歩いていたイーサンは、一つの扉の前に立ち止まった。
扉を開けると、見覚えのある窓一つ無い部屋が広がっていた。
広いだけで、価値のありそうな装飾物は置いていないこの部屋は、幸い略奪者の興味を引かなかったらしく、ほとんど荒らされていなかった。
(神官のかけていた人払いの魔法も、少しは残っていたのかもな)
サラが受け身を取った床まで足を進めると、そこにはまだ、召喚陣が描かれたまま残っていた。
イーサンはあの時レイモンドとかいう公爵家の若僧が、倒れたままのサラを足で蹴っていたのを思い出した。殺意が湧き、今ならあいつを消し炭にしてやれると思ったが、魔力を吸い取られた方が辛いはずだから、結果的に良かったのだと溜飲を下げた。
イーサンは召喚陣をしばらく眺めて、呪文を唱えそのまま紙に転写した上で、床の上の魔法陣を跡形も無く消去した。
(これで、もう聖女を異世界から呼ぶことは出来ないだろう)
帰る前にあの五人がどうなったかと、王宮内の気配をたどってみたが、既に何の魔力も感知する事は無かった。
(奴らの罪が贖われたか、完全に全てが枯渇して、復活出来なくなったのかもな)
そのまま魔王国王宮へと転移したイーサンは、それきりアンジェラ王国の事を思い出す事はなかった。
サラは結界を張り終えてから、魔王に頼まれ、国の官僚的な人々と学校について話す事になった。法律についても聞かれたが「法の事は正直難しすぎて、ちゃんと説明出来ると思えない。スマホが動けばネットで確認出来るけど、そういう訳にいかないし。第一、魔法も無くて種族も人族だけの世界で使われているルールが、この世界に適応するとは思えないよ」と言って断った。
学校も、生きる長さの違う魔族と獣人、獣人に至っては種族が違うと特質も違うので、同じようにはいかないと思ったが、今までは親や、仕事場で師匠に教えられる事が全てだったと言うので、一般的な話ならと引き受けた。
そうやって魔王国の人達と話すようになると、この国の子どものほとんどは獣人で、魔族は長生きなので余り問題にならないが、稀にしか子どもが生まれない事、お互いに得意分野で助け合ってはいるが、普段は余り接点が無い事が分かってきた。
「魔族の子どもは、最初の成長速度は獣人とあまり変わらないんだよね?」
「はい。成人になるまで普通に年を取って、大人になったらほとんど見た目は変わらないまま、魔力に応じてゆっくりと年を取ります」
「そう言う事なら獣人と魔族は子どもの頃は同じ学校に通って、互いに知り合えたら良いんじゃないかな。小さい時から親交があって理解出来ているなら、もっと円滑に社会が回る気がする。魔族の人は長生きだから、友達になった獣人の人が先に逝っちゃって寂しいかもしれないけど、子孫と気が合えばそのまま仲良くしていっても良いよね」
サラと話をしに来た中には魔族も獣人もいたが、お互いそれまでほとんど話した事が無く、何となくぎこちなかった。サラの言う様に子どもの頃に接していたら、確かにもっと打ち解け合えたかもしれないという気分になった。
「聖女様の国の学校では、どんな事を学んでいたんですか」
「文字、計算、理科っていう植物や空や自然に関する知識とか、社会っていう世間のしくみの事、後は絵を描いたり音楽もあったよ」
「なるほど。文字や計算は自然に大人に教わりますが、人によっては不十分な場合もあるので、一律に教えてもらえるのは良いですね。その他は我々だとかなり適性が分かれるので、それを見極めてからでしょうか」
そんな事を話していると、最近姿を見せなかったイーサンが、サラを呼びに来た。
「イーサン、久しぶりだね。元気だった?」
「ああ。元気だったよ。サラ、魔王様と三人で話す事があるから、少し良いか」
サラが一緒に話していた官僚達を振り返ると、皆「どうぞ、我々の事はお気になさらず。話を進めておきますのでご安心ください」と快く送り出してくれた。
実を言えば、サラはここ最近魔王にもイーサンにも会えていなかったので、かなり寂しかった。結界さえ張れば私の事はどうでも良くなったのかと、面倒な女の思考に陥りかけて(いかんいかん。私は日本に帰りたい訳だし、あの二人が私を忘れても、むしろ願ったりじゃない)と自分に言い聞かせて過ごしていた。
そんな時にイーサンが、魔王と一緒に話があると呼びに来てくれて、本当はとても嬉しかった。
だから魔王の執務室に行きついて、そこで待っていた魔王に「サラ。大変お待たせして申し訳ありませんでした。イーサンと協力して、やっとサラを元の世界に返せる魔法陣が出来たのでお呼びしました」と言われた時、理不尽にも見捨てられた様な気分になり、そんな自分に慌てた。
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