28 結界と聖女の癒し
結界を張る日の打ち合わせをしていた魔王とイーサンは、あの日の事を思い出し、自然と笑顔になっていた。
「サラ、可愛かったな。私の魂を食べた時、甘い!と驚いていた。あれは相当お気に召したと思う」魔王が何故か、はにかんで言うと「サラの好きな味は、私のソーダ味ですよ。美味しいと喜んでいました。ソーダ味が何だか分からなくて、サラの意識から読み取るのが大変でしたが、作った甲斐がありました」イーサンも自慢げに笑った。
二人はあの日、サラの夢の中に忍び込んで自分の魂の欠片を食べさせた。
本当の結びつきを得られる程の量ではないし、そもそもサラの魂を貰っていないので正式な契約では無いが、それでも自分の魂が相手の中に入ると感覚が変わり、心が安定し喜びが溢れた。
二人は今彼女と共にある自分の魔力で、サラの居場所や大体の感情も把握出来る様になっている。
「それにしても我々の心をサラが読む事を、予想していて良かったな」
「帰還の話ですね」
サラに帰還の方法を探すと約束したのは、決して嘘ではなかった。
しかし、切実にこの世界に残って欲しいと願っている事を知られたら、本当に帰還の方法が無かったとしても、疑われてしまうかもしれなかった。
サラの心を読む能力はイーサンが与えた魔族の力だったから、二人の本心とは少し違う心を読ませる事が出来たのだ。
「サラの希望に従って、帰還方法を探すつもりではあるが、私の本心はここでサラを幸せにしたい。勿論、私自身も幸せになる」
「私だってそうです。私は、サラがここでやりたい事があれば、全て叶えますよ。武術の練習だって付き合うし、学びたい事があれば協力を惜しみません」
フン、とお互いに睨み合うが、魔王が思いついたように「サラに、この国に学校を作る手伝いをして貰わないか」と言うと、イーサンも乗り気になって「確かに、それは良いですね。サラが結界を張ってくれた後、お願いしてみましょう」
二人は楽しそうにサラに頼む事を話し合って、たまたまそれを見かけたサラは『仲良しだなー。やっぱり二人で私を取り合うなんて、気のせいだった』と胸をなでおろした。
そしてついに、魔王国全体に結界を張る日がやって来た。
空は晴れ上がり、空気には今が季節と咲き誇る花の香りが満ち、王宮前の広場に集まった魔族も獣人も、皆バルコニーに立つ魔王とサラを笑顔で見上げている。背後にはいつもの様にイーサンが控えていた。
「魔王様、復活おめでとうございます」
「聖女様。私たちを救ってくださって、ありがとうございます」
皆が口々に叫ぶ中、サラはアンナ達が用意してくれた白いドレスに身を包み、聖女らしく微笑を浮かべて立ちながら、内心では自分で自分を奮い立たせていた。
(国中を覆う結界なんて張った事が無いから不安だけど、皆を守りたい気持ちは嘘じゃない。頑張るよ!)
「再び、悪しき者が入り込み悲劇が訪れぬ様、我々の聖女サラがこの国に結界を張ってくれる事となった。…それではサラ、お願いします」
魔王の演説が終わり、優しく促されたサラは胸の前に手を組み真剣に祈った。
(神様。この世界に来たのは予想外だったけど、皆を自由にしてあげられて良かった。これからもこの国が平和でありますように、皆が健やかに過ごせますように、結界を張らせてください)
祈るサラの全身から、白金の光が溢れ出た。アンジェラ王国中の魔道具から吸い取った聖女の力も加わり、大量の魔力が国を覆っていく。
自分達の頭上にドーム状の光が広がっていくのを見上げ、歓声を上げながら、皆は奴隷時代に負った身体の傷や、トラウマが癒されていくのを感じた。
「この子の尻尾が生えたよ!」あの時魔王に訴えた、豹の獣人の母親が叫んだ。
尾を切られて心を閉ざし、話さなくなっていた子どもが、母親の胸にしがみついて声を出して泣いている。数年振りに「ママ」と呼ばれた母親は、子どもを抱きしめたまま膝をついてサラに向かって叫んだ。「聖女様。ありがとう、ありがとうございます!」
魔力を取られ続け身体が弱り、友に支えられてやっと立っていた魔族は「おお、力が戻って来る。身体が軽い。動けるぞ」と言い、しっかりと自分の足で立った。そして彼の様子を見て驚いている友人に「お前がいなかったら、この日まで頑張れなかった。ありがとう」と礼を言い、「聖女様、魔王様、ばんざい!」と叫んだ。
あちらこちらで喜びの声が上がる中、サラから出る魔力はだんだんと小さくなり、最後に国中が完全に結界に覆われた所で終わった。
「サラ。あなたの力で結界が張られただけでなく、傷ついた皆が救われました。本当にありがとう。感謝します」
魔王に手を取られてバルコニーの先端に立てば、熱狂する民も口々に感謝の言葉を叫んだ。
「聖女様、ありがとうございます」
「私たちの聖女様!」「サラ様!守ってくださってありがとうございます」
魔王と並んで笑顔で手を振っていたサラは、やり遂げられた安心感と、力を沢山使った為激しい眠気が襲い、気づいたイーサンに抱き上げられ退場する途中で寝落ちした。
丸々二日眠って目が覚めた時、側にはイーサンがいてサラを見つめていた。
「イーサン」
「サラ、目が覚めたか。気分はどうだ」
「沢山寝たからスッキリしてる。大丈夫だよ。結界はちゃんと張られてる?」
「ああ。完璧な結界だ。皆も元気になって、お前に感謝している。本当にありがとう」イーサンが不器用に手を伸ばし、サラの黒髪を梳いた。
尚も何か言いかけた所にバタバタと足音がした。ノックとほぼ同時にドアが開かれ、魔王が部屋に入って来た。
「サラ!体調はどうですか」
一直線に駆け寄って来る魔王にイーサンが場所を譲り、顔をのぞき込んでくる魔王に「全然平気。お腹が空いたくらい」とサラは笑って答えた。
「安心しました」それを聞いて笑顔になった魔王が何かをつぶやくと、アンナとミルコがやって来た。二人にも熱烈な感謝の言葉を贈られ、お風呂と食事のお世話をしてもらったサラは、やり遂げた気持ちで清々しく満ち足りていた。
結界の張られた魔王国は、ちょうど新しい魔王誕生で国の場所が変わった事もあり、他国からは認識出来ず、見る事も行く事も出来ない、幻の国となった。
他国の目に見えていたのは、アンジェラ王国王家が突然姿を消し、貴族、国民のほとんど全てが亡くなったり、奇病や謎の苦痛に苦しむ様になったという事だけだった。
余りに奇妙な恐ろしい出来事に、他国もアンジェラ王国内へ侵入するのをためらい、憚ったし、王国の中で無事だった少数の者はいち早く国を捨て、散り散りとなって逃げ去っていた為、間もなくアンジェラ王国では生きている者の姿が見当たらなくなった。
こうして三百年もの長い間、莫大な魔力、戦力、労働力で周辺国の優位に立ち続けたアンジェラ王国は、原因不明のままあっという間に滅亡した。
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