ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 6/19 1日目、23時半頃~2日目、0時過ぎ
しかし実幸がいつまでも黙っているから、黒目だけ上げて確かめる。
実幸は拳に顎を乗せて小首を傾げていた。いわゆる“困ったゾ”のポーズで、いかにも滑稽だった。
「ちょっと話を整理させて? つまり、俺がミユの謝罪を受け入れて、お金をもらうってこと?」
「んーーーまぁ端的に言えばね。『なんなら』の話ね?」
「いやだな。罰を与えたい。俺からミユに直接。そしたら許してあげる。ほら、『なんでもするから許して』って言えよ。」
「やだよ。いつまで、とか、なにを、とか、期限とか範囲とかを明確にさせてよ。」
「あーあやだやだ、これだから隙のない論理的思考はッ!」
「褒めてる? ……違うか。酔ってんだね。」
スンと黙ってしまったから見守っていると、やがてコクンと頷いた。
「…………うん。だから、今日聞いたことも言ったことも、多分全部、明日には記憶なくなってる。から、また明日、言いに来て。」
ミユは閉口する。
子供が甘えるように彼は言ったが、一理ある。
たしかに酔っ払いに謝罪をするというのは不誠実だし不確実だ。
菓子折りのひとつも持って、改めて頭を下げに行くべきだろう。
「ねぇミユ、俺のこと、好きだったの?」
話題が急展開したが、そのことよりも、その内容に驚く。
「……ぇ? なに? 知らなかったの? いま知ったの?」
ミユは混乱する。
高校三年生の春、実幸に呼び出されてほかの子と付き合うと宣言されたとき、いきなりに婚約破棄をされた、裏切りやがったなコンニャローと思ったミユだったが、あれは家族にするような、ただの報告だったのかもしれない。
そのあと、泣いたり怒ったりで忙しく一週間学校を休んで落ち着いてみると、自分がツンケンしてきたことの仕返しだとも思え、だからミユは自分を責めた。そして実幸が自分とは違う、優しくてかわいい子を好きになるのも当然だろうと諦めた。しかし意地が邪魔をして、卒業までのあいだに“暴力”を謝ることはできず、離れ、それから十年以上、後悔を引きずっていたのだった。
しかし、そもそも、ミユが実幸を好きだということを実幸は知らなかったのだ。
まして結婚の約束なんて忘却の彼方だろう。
(わたしは、裏切られたわけじゃなかった?)
ミユは勝手に勘違いして、勝手に傷ついていたことになる。
(……そういえばわたし、実幸に好きって伝えたこと、……ない。)
なにも始まっていなかった。
恋愛なんて、そもそも意思疎通ですら、始まっていなかった。
(それなのにわたし、実幸が不幸になってるのが嬉しいんだ。わたし以外を選んで失敗してるから。……『ざまぁ』なんて言ってしまった。またこんな、酷いことを……)
「ずっと?」
自己嫌悪にとらわれていたミユは、実幸の声にハッとして顔を上げる。
「ずっと俺のこと好きだったの?」
「……うん。」
「いまは?」
「いまは違うよ。」
把握していた状況が一変して、その上で改めて自分の気持ちに名前を付けられないまま、彼女は弱く言い、自分の言葉を後追いで納得した。この状況で、自分の気持ちが解ったところで伝えるべきではない。
そんな資格はない。
彼の前から、もういなくなりたい。
「いつから、いつくらいまで?」
「出会ったときから、…………まぁ、高三の春まで。」
「いまは違うの?」
おいその質問二回目だぞ。完全に酔いが回っている。自分がしっかりしなくては、と、ミユは気持ちを持ち直して、はっきり発音する。
「そうだよ。」
「あーでも、俺全部忘れるから、また明日言ってね。明日ヒマ?」
「まぁ……」
「八時集合。」
「早いな。」
「謝罪したい気持ちが本当にあるんなら、誠意を見せろよ誠意を。」
立派な脅し文句だったが、ミユは承諾する。
「まぁいいよ。」
「あーでも早いのきついよね? 今日泊まって行ってもいいけど? 部屋、いっぱい空いてるし。俺の腕のなかも……、空いてるけど?」
「今日は帰る。」
実幸が酔っているのは重々承知したから、ミユはむしろ優しく言った。
「もう帰るの? もうちょっといたら?」
「ちょっとしっかりして。寂しいからってそんなガードゆるゆるだったら付け込まれるよ。」
「え、どういうこと? 俺がミユに? つけこむ…まれる? つまり俺がキュウリで、ミユが糠ってこと? でも俺、漬物はもうやってないんだよね、出張したときに母さんに混ぜるの頼んだのに腐らせちゃってさ。」
「うんうんわかったわかった。もう遅いから、今日は帰るね。あと八時間もしたらまた来るから、今日はもう寝ようね。食器は洗っとくから。」
「それは悪いよ置いといて、」
いきなり正気付いたと思いきや、
「でもどうしよっかなー……やってもらっちゃおっかなあ?」
すぐさま口調はふざけた。
ミユは口元に笑みを浮かべて、食器を洗い場に移しはじめた。
勝手知ったる他人の家である。
ミユは手際よく洗い、その後ろ姿を実幸は見つめながら、彼らはずっと黙っていた。
食器を洗い終えて振り返ると、彼はテーブルに突っ伏して眠っていた。
居間に布団を敷いて、寝惚けた実幸をなんとか運んで横たわらせると、火の元も明かりも切ったのを確認してから、玄関の靴箱の上にある、長女が小学生の時に工作した紙粘土の皿のようなモノのなかから、鍵を借りて、錠をした。
勝手知ったる人の家なのだ。
だがもう来るとは思わなかった家でもある。
そして明日また来ることになろうとは、夢にも思わなかった家だ。
(どうしてこうなった……?)
ひとり帰路に就きながら、ミユはいぶかしんだ。




