ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 5/19 1日目、23時過ぎ
職場や親戚の集まりで訊かれたら迷惑ランキング堂々一位の質問だったが、ミユは誠実に応えることにした。
「いないよ。」
「嘘だよそんな見た目でいないハズないよ。俺びっくりしたんだからスーパーで見つけたとき。まじ大人の女になってるって思って。髪とかもさ、毛先までクルクルでさ。時間かかるでしょ六花がしてたから知ってる。ヒールも高くて、服とかも大人っぽくて、スラーっとしてさ、痩せた?」
首の開いたシャツから、鎖骨と、その下の肋骨まで浮き出ているのが見て取れた。
「っていうか、筋肉が落ちた。」
「テニスやめたの?」
「ときどきはしてたけど、ここ最近は全然。する人もいないしね。」
「うーそーだーよー。男連れてミニスカひらひらさせて悩殺してるんだろー?」
「いやセクハラ。」
実幸はコップに指を入れて氷を掴んだと思うと、ミユの足元、床に落とした。目が据わっていてやや怖い。
「ぃやなに?」
「拾ってごらん。」
釈然としないがとりあえず手を伸ばし、上身を倒して拾おうとして、――ピタと体を留める。
視線を実幸にやると、彼は体を傾けて胸と服の隙間を凝視していた。
ミユはすぐに胸元を押さえる。
「おいセクハラかよ。」
「そのシャツがエロすぎんだろうがッ。うなじが見えている時点でアウトだよどこで売ってんだよそんな服!」
「量産品だよ。」
ミユは実幸に側面を見せる格好で膝を折り、氷を拾って流しへほうった。
「はいアウトです。スカートの裾が上がって太ももが見えましたし、お尻のラインもくっきりわかりました。」
「ストッキング黒だから見えないでしょ。」
「それがエロいんだろうがッ!」
「まじでセクハラだから! いい加減にしなよあんた――あぁごめん、実幸それ職場でやったら犯罪だからね気をつけて。」
『あんた』呼びを詫びて名前で言いなおしたミユに、実幸はしみじみとする。
「ミユは、大人になったよね。」
酔っ払い特有の人の話を聞かないやつだとミユが思っているかたわら、実幸は語りはじめる。
「昔はさ、ツンツンしてさ、あー間違った、ツンツンツンツンしてさ、俺に冷たかったけど、なんか、今日さ、会って、すごい、全然俺傷ついてないよ。俺も強くなったから、なんか世間の荒波?に揉まれたからかもしれないけど、今日はただ楽しい。嬉しい。でもなんか、思ったのは、ミユはでもほんとは、ずっと優しかったよね。下の子がさぁ、一斉に病気にかかったことがあったじゃん? 高二で、俺が倒れるすこし前。そんときもさ、ミユはしっかりしてたよ。俺がぐずぐずになっちゃってたとき、ミユがいなかったら、支えてくれなかったらヤバかったと思う。ありがとう。ミユのよさに気づけなくて、ごめんね。」
実幸が高二の春、彼の六人の妹・弟が一斉に同じ病気にかかったことがある。そして全員から病を引き取るかのように、最後に実幸が倒れた。
母は家を出ていたし、父は生活力がないからいてくれないほうが助かり、結局妹・弟の世話はミユの両親にまかせることになった。
実幸が病院へ行くのには、ミユが付き添った。
診察を終え、受付に会計で呼び出されるのを待っているあいだ、実幸は病というよりも自責の念にやつれて「もうむり、もうむりだ、できない」というような曖昧な、漠とした諦めを吐いた。
隣で、ミユはしっかりしていた。
実幸の感傷には一歩たりとも引きずられなかった。
「ひとりでやろうとするからだよ。」
実幸の背中に手を回して、互いの体を寄せた。
「支えてくれる人がいるのを忘れないで。助けてって呼びかけたら応えてくれる人がいるのを忘れないで。実幸はひとりじゃないよ。隣にあたしがいること、忘れないで。」
実幸はミユの体に手を回して、頭を肩へ、全身を凭れるように寄りかかってやっと、ミユの体が自分のよりも細く小さいのを初めて実感として知った。
知ったけれども離れられずにいた。
しかしアナウンスで「三善さま――」と呼ばれると、ミユはその細い体で実幸を引き上げ、半ば引きずるように歩きだした。
「行くよ。」
優しい声ではない。温かい声でもなかった。
熱く、凛とした声だった。
そんな、かつて聞いた彼女の声を耳に思い出して実幸はへらっと笑い、他方ミユは怒った。
「あんたほんとうにさぁ……。……そういうところがさぁ……。」
言いたいことがありすぎて、ミユはいっそ諦めた。
居直ると、実幸をひたと見つめた。
「今日、わたしも会えてよかった。ずっと言いたいことがあったから。」
ミユは頭を下げた。
「ごめんなさい。実幸に対するわたしの態度はほんとに酷かったと思う。ずっと反省してた。ごめんなさい。それから、……高校の三年生になってすぐのときのこと……。ムリヤリ……キスしたこと。本当にごめんなさい。」
ミユは顔を上げて、しかし視線はテーブルに落ちたままだった。
「わたし、ほら、……ごめんこれは言い訳でもなんでもなくて、ただの理由なんだけど……わたし実幸のこと好きだったでしょ? だから、実幸のファーストキスを奪われたくなかったから、あんなことをしてしまった。だからもちろんあれはノーカン。キスでもなんでもない。あれは暴力。訴えてもいい事案だよ。なんなら弁護士紹介するし。まぁそうしたら、示談で済ませたいけど。」
口元だけで弱く苦笑する。
どうしようもなく胸が、握りつぶされるように痛んでいる。
その胸のうちで、色々と思う。
あぁこれで、本当に終わりだなと、思う。
ここまで引きずってきた初恋も罪悪感も、ようやく終わらせることができる。
――そう、ミユは思っていた。




