ツンのときもデレのときも永遠に愛することを誓いますか? 2/19 1日目、21時よりすこし前
労働で疲れ切った金曜日の夜には、休日にストレスを持ち越さないために酒を飲む。うだうだ悩まずにさっさと寝て、辛さなんて忘れることにしている。
問題は、なにを飲むかということだ。
夕濵ミユはスーパーの酒売り場で悩んでいた。
疲れのせいで判断力は著しく低下しており、竹を割ったような性格のミユでもぼーっと悩んでしまう。
(ぶっちゃけ『どろよい(レモンスカッシュ味/アルコール分9%)』一択なんだけど母さんにバレたらぐちぐち言われるだろうしなー……でもじゃあ『チャーミング・ゼロ(いちごみるく味/アルコール分3%)』? いや飲んでないのと一緒じゃんジュースじゃん。あー選ぶのめんどくさくなってきた…もうビールにしとく? 『インドの小鬼(アルコール分8.5%)』いっとく? つーか早くどっか行けよサラリーマン、そこにいられたら度の強い酒取りにくいだろうが。あーもーめんどくさ、もういいや『どろよい』だぁ。)
疲れのせいで思考が多少物騒になっているミユがとうとう売り場に手を伸ばしたのと同時に、ミユの斜め後ろにいたスーツの男も手を伸ばしていた。
手が触れ合う前に、ミユはスッと手を引いて譲る。
が、男の手はなかなか商品を取らない。
それどころか、ミユは男の視線を感じていた。
(うわーこっち見てるよキモー。いま話しかけられたくなー。)
一度離れてまた戻ってくるか、サッと取ってすぐレジに行くか、なんにせよ早く決めたほうがいいが、いかんせんミユは疲労困憊で判断力が低下していて、考えたまま立ち止ってしまった。
「ミユ?」
突然に、それも親しげに名前を呼ばれて、ミユは反射で彼を見た。
驚く。
「……実幸?」
彼はアハッ、と、子供のころから変わらない、豪く素直な笑いかたをした。
懐かしい。
瞳と髪はブラウンで、唇はすこし厚く、まなじりはやや下を向いている。優しい顔立ちをしているが、平均からすると背が高く、相応に骨太だから女々しくは見えない。学生時代はとぼけたキャラクターも手伝って気弱な優男だと舐められることもあったが、三十歳になった今、自分の見せ方を心得てすっかり垢ぬけて、スーツを着こなし、子供のころには想像もできなったくらい大人になっていた。
けれど人懐っこい表情は相変わらずで、彼は三善実幸で間違いない。
ミユは(見過ぎた!)と思って、それとなく視線をそらした。
癖でついやってしまうが、気の強そうな吊目をパチリと丸く見開いて直視するとよく怖がられるから気をつけているのだった。
「ミユ、お酒強いの?」
実幸はどろよいを取って、ミユの買い物かごに入れた。
「いやべつにそんな、……普通くらい。」
取り乱さずに話せていて、ミユは内心ほっとする。
十年以上ぶりの、それも悲惨な別れ方をしたあとの再会がこんなふうだとは、夢にも思わなかった。
「ミユ、ジャンパー欲しいの?」
実幸もどろよいをとって自分のかごに入れた。
「ジャンパー?」
実幸は売り場の壁にかかっている応募用紙を指さす。
ご愛顧のプレゼントキャンペーンをやっているらしい。
シーツを集めてジャンパーを当てるという古風なもの。
いくつか種類があって、レモンスカッシュ味のデザインはパステルカラーのイエローの地に、素朴なタッチのレモンの輪切りにシュワシュワと炭酸の泡が輝くようなプリントが背中に入っている。可愛らしいが、ストロング系で有名な酒である。
「アル中アピかよ。」
さらっと言ってしまったあとで、ミユはあけすけな物言いだったと後悔する。
「そういう意図はないでしょ。かわいくない?」
実幸に応えた様子はない。
彼との会話は昔もこんなふうだったような気もするし、妙に取り繕うのも変だと思ってミユはうだうだ考えるのをやめた。ありのままいこう。
「かわいいとしてもそのアピールに使えないでしょ。人のために当てようとしてんだったら勧めないけど。これは優しさから言ってる。」
「ひどい。俺が着る分にはいいだろ。とにかくあとでシールちょうだい。」
「実幸の隣に立つ人が不憫だわ。」
ミユはあくまで優しさから言っているが、実幸の表情はわずかに陰った。
「隣に立つ人なんかいないから大丈夫だよ。」
声音を軽くしたつもりだろうが、ミユには違和感がある。
しかしまだはっきりしない曖昧な違和感だったから、ミユは苦笑して言葉を重ねた。
「だから嫁のことだよ。」
一昨年、実幸は結婚している。
化け狐と結婚して『狐の嫁入り』で雨を降らせたから、友好関係が切れても役所に勤めているミユが知らないはずがなかった。
実幸は薬指に何もついていない左手を上げて見せる。
「俺、離婚したからさ。」
ハッ、と、ミユは笑ってしまっていた。
そして、嘲笑ったのを詫びる気もなかった。
「ざまぁ。」




