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34.戦う

【前回までのあらすじ】

 生身に戻るように化け猫から魔法をかけられた主人公、しかし、魔法よりも肉感のほうが、彼には強く作用したのであった。(……夢を見たようだけど、内容はすぐに忘れた。)




 落ちるように目覚めて、ビクンッと体が揺れたが、しかし、机や椅子は鳴らない。


 おれは(あーまたやっちゃったテヘペロ)と情けない笑顔で顔を上げる。


 が、誰もおれを見ていない。


 隣の委員長もおれを見ていない。


 きっと、音が鳴らなかったからだ。

 足が、椅子や机にぶつからなかったからだ。

 足が、ないからだ。


 ……おれが、生霊だからだ。


 立つときにも、体は机をすり抜けた。

 腰から下になるほど透明度を増して、くるぶしから下には何も見えない。

 浮いている。


 おれが生霊だからだ。


 ……おれが生霊になったのは、殺されたからだ。


 誰に殺されたか、いまならはっきりとわかる。

 狐の嫁入りの日に出会った、あの女――雪女だ。


 ふと気づく。

 

 おれの姿がみんなに視えないのも当然だ。

 おれが学校に戻ってきたのは、みんなから求められたから、じゃない。

 視えなくて構わない。ここにいる目的はそれじゃない。

 たったひとつ、おれの欲望のため。


 雪女に復讐し、それから安心安全に生身に戻ってやる。


 童貞のまま死んでたまるか。




 ――そう思うだけで、次の瞬間、おれは1年13組の扉の前に移動していた。


 どうせ誰にも視られてないんだ、躊躇なく開ける。


「なに堂々とサボってんだよ。」


 即座に叱られる。

 授業しているのは青鬼先生だった。


 ……そりゃ視えますよね、鬼ですもんね。


 ……いや、鬼だけじゃない。

 おれを視えているやつとそうでないやつとで、顔色が違うからわかる。


 クラス中がざわつく。


 でも関係ないもんね。

 おれ先輩だし。

 っていうか生霊だし。


 にしても、髪とか服装とか鮮やかな教室だな。あれ…、あのオレンジのお下げ髪、“半永久アイドル”みかんちゃんじゃない? ヤバ、本物はオーラが全然違う。可愛さの格が違う。宝石とか星とかに近い。人類っていうよりシャイニングスター☆彡――


 ――ってそんなこと考えてる場合じゃない。


 おれは雪女を探した。

 彼女もこっちを真っ直ぐに視ていたからすぐにわかった。


 全身がざわめく。


 今ならなんでもできる気がする。


 手近な机に向かって念じてみる。


 浮く。


 ウケるw


 生徒の驚くような大声が聞こえたし、教室のすみへと逃げた子もいたが、おれにはどうでもよかった。

 テンションがガン上がりしていた。


「ハハ、何でもできるかよ!」


 机を雪女へ投げつける。


 机は勢いよく雪女へと向かうが、雪女が腕を横に振るった途端、冷たい風が吹いて机は宙でぐるんと回転し軌道が逸れ、窓を割って外に落ちていった。


「おいやめろ!!」


 青鬼先生の怒声が飛ぶ。でもそんなの関係ない。


 幸いおれ周辺の席の生徒はみんな逃げていて、投げられる椅子も机もたくさんあった。


 矢継ぎ早に雪女へ投擲していく。


 雪女は攻撃をかわしつづけるだけで、こっちに攻撃してこない。たぶん余裕がないんだろう。

 つまりおれが優勢。


 俺TUEEE、超キモチー。


 そんな全能感を覚えながら、自分が生身に戻らず生霊のままでいた理由がわかった気がしていた。

 たぶん、霊体じゃないと雪女を倒せないせいだ。

 この…念力?みたいなのを使うためには、霊体でないといけないんだ。

 無意識にそれがわかっていたから、生身に戻らずにいたに違いない。

 つまり、倒さなければ戻れない。

 絶対に倒さないと。


「ちょっと実幸、落ち着いて!」


 雪女が叫ぶ。

 なぜおれの名前を?

 獲物だからって前もって調べられていたんだろうか?


 ……いや、いまはいい。


 雪女の叫びは無視して、椅子や机や花瓶や教科書を四方八方からぶつける。


 攻撃を避けるために雪女は吹雪を起こしているから教室内はメチャクチャだ。


「三善! 話を聞け!」


 青鬼先生が、おれと雪女のあいだに入る。

 邪魔だ。

 暴風でビュウビュウうるさいなか、おれは叫び返した。


「先生どいて!」


「おまえが攻撃をやめるんならな!」


「無理!」


 先生の額に青筋が浮く。


「先生! 雪女を退治しないと、おれ戻れないんだ! だから邪魔しないで!」


「三善、よくわかった。」


 先生は深くうなずいた。


「すこし気を失え。」


 大人ってのはホント、なんにもわかってくれない。

 おれに加勢する気なんてないんだ。


 先生はこっちに手を差し伸ばしてくる。

 腕にパチパチと電流をまとっている。

 やっぱり先生は先生で、生徒――雪女を守ろうとしているのだろう。

 だったら、おれにとっては先生も敵だ。


「いやだ!」


 おれは先生に攻撃を仕掛けた。

 が、飛ばした机は先生の手から放たれた電撃に激しく弾かれて、バラバラに砕けた。


 飛び散った破片のひとつが耳をかすめて、背後の壁に刺さる。


 ……まじか。


 いや、


 ……だがしかし、


 雪女と青鬼とを相手に孤立無援であろうとも!

 おれは絶望なんてしない!

 おれは死ねない!


 そして今のおれには負けないだけの力がある!!


「ぅおおりゃあああああ!!!」


 雪女が外に投げつづけてきた机と椅子とを引っ張り上げて後ろから、教室に残っている教卓や棚を持ち上げて前から、2人へ向かって一斉に放とうとしたところで、先生は叫んでいた。


「ったくしょうがねぇ!これから自習!」


 先生は両手を伸ばして正面でパン!と豪快に打つ。

 そして平泳ぎをするように腕を開いていく。


 ――扉が開いていく。


 視界が歪み、気付いたときには別世界にいた。




【次回予告】

 生霊vs.雪女+青鬼、戦いの幕が切って落とされた(っていう慣用句を使ってみたかっただけ)。

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