【第2話】第二の犠牲者と、刻まれる死の刻印
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『レベル1の被害者だと思っていたら、全部私のせいでした ~雨の日に始まる連続殺人と、終わらない死のループ~』第2話です。
一人の男の死から始まった異様な惨劇。
最弱のレベル1として怯えるエリカに、都市騎士団の疑いの目が向けられます。
物語が大きく動き出す第2話、ぜひお楽しみください!
冒険者ギルドの地下通路から逃げるように自室へ戻ったエリカは、一晩中、激しい悪寒と頭痛にうなされていた。
窓を打ち付ける雨音は、昨夜よりもさらに激しさを増している。まるで鉛の玉を投げつけているかのような重く低い音が、エリカの耳鳴りと重なって脳を揺さぶる。
マグジの罵声。血走った目。突き飛ばされたときの冷たい壁の感触。そして、その男が今朝、首を深く切り裂かれて死んでいたという事実。
「……う、うう……」
うなされながら目を覚ましたエリカは、冷や汗でびっしょりと濡れた薄い寝間着のまま、冷え切ったベッドの上で身体を丸めた。
怖い。何が起きているのか分からない。
バルトに続き、ギルド事務長のマグジまでが惨殺された。どちらも、直近でエリカに対して理不尽な暴言を吐き、彼女を深く傷つけた男たちだ。
偶然だ、と自分の心に言い聞かせる。
世界には偶然というものがある。たまたま同じ時期に、エルムの街で凶悪な連続殺人鬼が暴れているだけだ。エリカはただのレベル1の雑用係であり、戦闘能力も魔力もない。そんな人間が、Cランクの戦士やギルドの重鎮を暗殺できるはずがない。
「私は……被害者だわ……。あんな怖い人たちに囲まれて、毎日怯えて暮らしている、ただの被害者なの……」
震える声で呟きながら、エリカは自分を抱きしめた。
そう思わなければ、自分の正気が保てなかった。
身支度を整え、重い足取りでギルドへと向かう。外の石畳は昨夜からの豪雨で完全に水没しかけており、泥水が靴底を容赦なく濡らした。
ギルドのエントランスに足を踏み入れた瞬間、昨日を上回る異様な重圧感がエリカの肌を刺した。
フロアにいる冒険者も職員も、誰も仕事をしていない。あちこちに小さな人垣ができ、誰もが青ざめた顔でヒソヒソと何かを囁き合っている。
エリカが自分のデスクへ向かおうとすると、同期の受付嬢であるリリアが血の気の引いた顔で駆け寄ってきて、エリカの腕をぎゅっと掴んだ。
「エリカちゃん……っ! 来ない方がいいかもしれない……!」
「リリアちゃん……どうしたの? また、何かあったの……?」
リリアの身体は小刻みに震えていた。彼女は周囲を警戒するように一度キョロリと見回してから、エリカの耳元に唇を寄せた。
「マグジさんの事件……今朝、騎士団から正式に発表があったの。殺され方が、一昨日のバルトさんと同じだって……。首の動脈を正確に一太刀で断ち切られていて、現場には何の足跡も、犯人の魔力痕も残っていなかったって……」
「そ、そんな……」
「それにね……」リリアの声が一段と小さく、恐怖に満ちたものになる。「噂になってるの。殺されたバルトさんも、マグジさんも……直近で『あなたと大きなトラブルがあった人たち』だって……」
――ズキン。
エリカのこめかみが鋭く痛んだ。
「私……?」
「ううん、エリカちゃんが疑われてるわけじゃないよ! だってエリカちゃんはレベル1だし、あんな惨いことができるわけないもの。でも……あまりにもタイミングが良すぎるって、みんな怖がってるのよ。まるで、あなたをいじめた人間が、次々に天罰を受けてるみたいだって……」
天罰。その言葉が、エリカの胸に鉛のように重く落ちた。
違う。そんな大層なものじゃない。
ただ、あの男たちは――自分を虫けらのように扱い、尊厳を踏みにじった。心の底から「消えてしまえばいいのに」と呪った。
いや、呪っただけだ。思っただけだ。実際に手を下したわけがない。
「……私、仕事をしてくるね」
リリアの腕を優しく振り解き、エリカは自分のデスクに座った。しかし、目の前の帳簿を開いても、文字がただの黒い染みにしか見えない。
周囲の視線を感じる。直接文句を言われるわけではないが、冒険者たちが遠巻きにこちらをチラチラと見ているのが視界の端で分かる。
(なんだよあいつ」「レベル1のくせに、周りで人が死にすぎだろ」「関わると呪われるぞ」――そんな無言の意思が、無数の針のように突き刺さる。
耐えられなくなったエリカが資料をまとめ直していると、ギルドの重い正面扉が乱暴に押し開けられた。
「都市騎士団だ! 全員、その場から動くな!」
低い怒号がフロア全体を静まり返らせた。
入ってきたのは、完全武装した都市騎士団の精鋭たち。その先頭に立っていたのは、昨日エリカに尋問をした初老の騎士団長・ガルスだった。鋭い眼光をたたえた彼の後ろには、銀色の魔導具を携えた魔術師の姿もある。
ガルスは一瞥してフロアを見渡し、迷うことなくまっすぐエリカのデスクへと歩いてきた。
周囲の職員たちが、波を引くようにサッと左右に避ける。
「エリカ・カナギだな」
ガルスが低く威圧的な声で告げた。エリカは心臓が口から飛び出しそうになりながら、ゆっくりと立ち上がった。
「はい……ですが……」
「貴様を、バルト・グラントおよびマグジ・ハワードに対する殺人、ならびにその容疑に関する重要参考人として同行を求める。おとなしく従え」
フロアの空気が凍りついた。
周囲から「やっぱり……」「マジかよ……」というどよめきが漏れ聞こえる。
「ま、待ってください……! 私がどうして……? 私はレベル1の、ただの雑用係なんです! あんな屈強な戦士や、ギルドの幹部を殺せるような力なんて――」
「力? ふっ、脳筋どもが力自慢に酔っているから、そんな甘い考えが出る」
ガルスは冷笑を浮かべ、部下に合図を送った。
二人の騎士がガシリとエリカの両腕を掴み上げる。抵抗しようとしたが、レベル1の細い腕では、鍛え上げられた騎士たちの鉄の拘束を振り切ることなど到底できなかった。
「魔導具の解析でな、マグジの殺害現場から微量の『無属性の隠蔽障壁』の残留魔力が検出された。そして、その魔力波形は――驚いたことに、このギルドのどの職員のものとも一致しなかった。だがな、お前がいつも使っているこのロッカーの隙間から、その残留魔力と完全に同質の微粒子が検出されたのだよ」
「そんな……! 身に覚えがありません! 私は何も……!」
「取り調べ室でゆっくり聞こうか。連行しろ!」
「やめて……! 離して、助けて、私何もしてない……!」
エリカの叫び声は、冷たい雨音の中に掻き消された。
周囲の職員たちは誰もエリカを助けようとせず、ただ恐怖に歪んだ目で、彼女が引きずられていく姿を見つめているだけだった。
――これが、私の現実?
――私は何もしていないのに、どうしてこんな目に遭うの?
冷たい石造りの回廊を引き立てられながら、エリカの頭の中で、何かがプツリと音を立てて切れた。
怒りではない。絶望でもない。
ただ、どうしようもないほど冷たい「諦め」が、全身の血液を凍らせていく。
地下の暗い取調室。
鉄格子の嵌まった小さな窓から、どんよりとした雨空だけが見える。
椅子に縛り付けられたエリカの前に、ガルスが冷徹な視線を向けて立っていた。
「吐け。お前は何者だ。そのレベル1というステータスは偽装だな? いったい、誰の差し金でギルドの主要人物を狙っている」
「……何も、知りません……」
「口を割らんか。この街の秩序を乱す害虫め……」
ガルスの手が振り上げられ、エリカの頬を容赦なく打ち据えた。
パキリ、と硬質な音が響き、エリカの口元から赤い血が垂れる。
痛い。痛い、痛い、痛い。
どうして私ばかりがこんな目に遭うのか。何もしていないのに。誰も助けてくれないのに。
この世界に転生してきてから、いいことなんて一度もなかった。ただ底辺で虐げられ、踏みにじられ、最後にはこんな濡れ衣を着せられて殺される。
――そんなの、許せない。
その瞬間、エリカの頭の奥で、カチリと歯車が逆回転した。
胸の奥で燻っていたドロドロとした黒い炎が、一気に全身の神経を焼き尽くすように広がる。
「……ふふ……」
「なんだ? 笑っているのか?」
うつむいていたエリカが、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳から、怯えの色は完全に消え失せていた。代わりに浮かんでいたのは、底なしの虚無と、ねっとりとした狂気の光だった。
「笑ってないよ……。ただ、よく分かったから」
「なに……?」
「私を痛めつけて、私から全てを奪おうとする奴らは……みんな、いなくなればいいんだって」
次の瞬間、エリカの背後の空間が歪んだ。
レベル1のはずの彼女のステータスプレートが、眩い、しかし禍々しい深紅の光を放ちながら、勝手に空中に投影される。
【警告:隠蔽スキル『虚飾の最弱(偽装LV1)』が解除されました】
【真のステータス:レベルMAX『血腥き災厄の魔女』が解放されます】
「なっ……何だ、この魔力は……っ!?」
ガルスが恐怖に顔を引きつらせ、後ずさる。取調室の鉄の机が、異様な圧力で内側からひしゃげていく。
エリカは縛られていたはずの革紐を、まるで紙屑のようにプチリと引きちぎって立ち上がった。
その手のひらに、どこからともなく――錆びついた一振りの包丁が現れる。
「さあ、尋問の続きをしようか、おじさん」
歪んだ笑みを浮かべた少女の背後で、冷たい雨の音が、まるで歓声を上げるかのように激しく鳴り響いていた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
騎士団に拘束され、絶体絶命の取調室で解き放たれた『真のステータス』。
レベル1の被害者だったはずのエリカの物語は、ここから本格的な狂気とループの渦へと巻き込まれていきます!
第3話『過去からの亡霊と、深夜の訪問者』は【明日〇〇時】に更新予定です。
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