あなたが知っていた日々 序
友を見送って、半年余りが過ぎた。
いまでも対岸の町へ行くと、焼き菓子を買ってしまう。渡す相手はもういないのに、包みを提げて桟橋の手前まで歩いて、そこで思い出して、立ち止まる。この半年、何度もそれをやった。旅団の若い者は、私が耄碌しはじめたと思っているだろう。好きに思わせている。菓子は帰りの船で食べる。甘いものが、こんなに味のしないものだとは知らなかった。
見送ってすぐ、あなたとの日々を書き残そうと思い立った。古い旅の手帳を机に積み、若いころの帳面をひっくり返し、ひとつずつ思い出を辿った。材料は、四十八年ぶん、いくらでもあった。それなのに、書けなかった。半年、何も書けなかった。書くことだけで四十年ちかく飯を食ってきた男が、である。何度か筆を執った。七つの川辺から、出会いから順に書き起こそうとして、そのたびに手が止まった。理由を認めるのに、ずいぶんかかった。書き進めるほどに、あなたが死んでいく。そういう本を、私は書けなかったのだ。
ある晩、眠れずに、あなたの言葉を思い出していた。いつだったか、桟橋で、あなたは事もなげに言った。わたしはね、別れからおぼえていくの。あのときは、そういうものかと聞き流した。何十年も経った真夜中に、あの一言が、急に胸の真ん中に落ちてきた。
あなたは、この順で生きたのではなかった。あなたの中で、私たちは別れから始まった。年を経るごとに、あなたは若い私に出会い直していって、いちばん最後に、川辺の七つの子供に行き着いた。別れがいちばん古くて、出会いがいちばん新しい。あなたはそういう向きで、私との四十八年を抱えて、あの水に還っていった。
だから、この本は逆さに書く。最初の頁は桟橋で、最後の頁は川辺だ。あなたの向きで、あなたの知っていた日々を、私も一度、歩いてみたい。四十八年、受け取ってばかりだった。出会った日に、あなたはもう全部を受け取ってしまっていて、私は何ひとつ、先に渡せたことがなかった。だからこれは、返し文である。遅い。分かっている。だがあなたの民との付き合いで、遅いという言葉に大した意味がないことくらいは、私ももう知っている。
旅団の者たちは、いまの私をターレと呼ぶ。あなたたちがくれた、身に余る名だ。だがこの本だけは、古いほうの名で書く。あなたが四十八年、呼んでくれた名前で。
ユネ。いまから、あなたの川辺まで帰る。長い道だが、道連れの顔ぶれは、あなたがいちばんよく知っている。
王国歴1688年 花冠の月
ユーリ・ロ・ヴェンデル




