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9/12

# 第九話 渡り鳥は一羽だけ帰り道を覚えている


 晩秋の、冷たい雨が降っていた。


 夏の雨とは、ぜんぜん違う。細くて、まっすぐで、冷たい。窓ガラスを、すうっと伝って落ちていく。


 その雨の切れ間に、空を鳥が渡っていった。


 何羽もが、列を作って、遠くのほうへ。きれいなV字だった。姉が窓の外を指さした。


「渡り鳥ってさ」


 うん、と頷く。今日の話だ。


「あの中に、一羽だけ、帰り道を覚えてる係がいるんだよ」


「一羽だけ?」


「渡り鳥って、冬は遠くで過ごして、春になったらまた帰ってくるでしょ。でも、みんなが道を覚えてるわけじゃないの。ほとんどの鳥は、ただ前の鳥についていってるだけ。帰り道を、ちゃんと覚えてるのは、一羽だけ」


「その一羽がいないと、帰れないの?」


「帰れない。だから、その係の鳥は、絶対にはぐれちゃいけないの。いちばん大事な役目」


 わたしは、V字の鳥の群れを見た。ぐるぐると入れ替わるので、どれが係なのか、わからなかった。みんな同じように、同じ方向へ、飛んでいた。


「どの鳥が係か、見てもわからないね」


「わからないよ。本人たちも、たぶん、わかってない」


「わかってないの?」


「うん。ただ、その一羽がいなくなったとき、はじめて、みんな気づくの。あ、帰り道を知ってたの、あの子だったんだって」


 鳥の群れは、雨雲の向こうに消えていった。


「帰る」という言葉が、部屋の中に、しばらく残っていた。


 わたしは、なんとなく、その言葉が気になった。帰る。どこかへ行って、また戻ってくること。あるいは、どこかへ、行ってしまうこと。


「お姉ちゃんは」


 やめた。


 何を聞こうとしたのか、自分でもわからなかった。お姉ちゃんは帰り道を覚えてる係なの、とか。お姉ちゃんは、どこかへ帰っちゃうの、とか。いつも、変な質問だった。姉は鳥じゃない。どこへも行かない。ここにいる。


「ん? なに?」


 姉が、こっちを見た。


「なんでもない」


「変なの」


 姉は、また窓の外を見た。鳥はもういなくて、冷たい雨だけが降っていた。


「春になったら」


 姉が、ぽつりと言った。


「あの子たち、ちゃんと帰ってくるかな」


「帰ってくるよ。係の鳥がいるんでしょ」


「そうだね。いるなら、ね」


 その「いるなら」が、なんだか、ひっかかった。


 いるなら、帰ってくる。いなかったら、帰ってこない。姉の言い方は、まるで、その係の鳥が、もういないみたいだった。


 聞きたいことが、たくさんあった。でも、ひとつも聞けなかった。聞いたら、何かが、はっきりしてしまう気がした。はっきりさせたくないことが、この部屋には、いくつかあった。


 冷たい雨は、夜になっても降りつづけた。


「明日は、何の話?」


 わたしは、いつものように聞いた。話を、先につなぎたかった。明日がある、と確かめたかった。


「冬眠の話」


「気が早いね。まだ冬じゃないよ」


「もうすぐだよ」


 もうすぐ、冬だった。姉の声は、雨の音より、少しだけ冷たかった。


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