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# 第五話 アリは行列の最後尾だけが本当の道を知っている


 夏が終わりかけていた。


 セミの声が減って、かわりに夕方、どこか遠くで雷が鳴るようになった。雨は降らない。光って、鳴って、ジメジメとした雷だった。


 姉と縁側で、アリの行列を見ていた。庭のすみから塀のほうへ、点々と長く続いている。何かの食べかすを運んでいるらしい。


「アリってさ」


 うん、と相づちを打つのが、癖になっていた。


「行列の、最後尾だけが本当の道を知ってるんだよ」


「先頭じゃなくて?」


「先頭は、ただ前に進んでるだけ。どこに向かってるかは知らない。みんな前のアリについてってるだけだから」


 姉は行列を指で辿った。


「でも、いちばん後ろのアリだけは、全部の道を見てきたでしょ。どこで曲がって、どこで迷って、どこが行き止まりだったか。だから本当の道を知ってるのは、最後尾」


「先頭は知らない?」


「知らない。一番えらそうなのに、一番なんにも知らない」


 わたしは行列の最後尾を探した。ずっと目で辿っていって、いちばん後ろの一匹を見つけた。小さくて、ほかのアリと、なにも変わらなかった。本当の道を知っているようには、見えなかった。


 先頭のアリは、もう塀の穴に消えている。いちばん前を行く子は、いちばん先に、見えなくなる。


 それでも、いちばん後ろの子だけは、その道を全部おぼえている。先に行った子が、どこで曲がって、どこで迷ったかも。


 だったら、いい。ぜんぶおぼえていられるなら。


 姉の話も、そうなのかもしれない、とふいに思った。


 ひとつずつ。最初の夜の、飛び出して死んでしまうカエル。家を忘れるカタツムリ。照れて黙るセミ。機嫌のいいダンゴムシ。全部嘘で、全部それっぽくて。でも、もしこの中のどれかひとつが、本当だったら。


 どれだろう。


 わたしは、これまでの話を順番に思い出してみた。どれも嘘だ。ぜんぶ違う。


 全部が嘘だとしたら、なんで姉は、こんなことを続けているんだろう。


「ねえ」


「なに」


「お姉ちゃんの話で、ひとつだけ本当があるとしたら、どれ?」


 姉は、すぐには答えなかった。


 アリの行列が、塀の穴に吸い込まれていく。一匹ずつ、最後尾まで。


「最後尾だよ」


 姉が言った。


「いちばん最後の話が、本当」


「まだ聞いてないよ、それ」


「まだしてないからね」


 姉は笑った。けれどその笑い方は、いつもより少しだけ、遠かった。夕方の雷が、また光った。音は、ずいぶん遅れて聞こえた。


「いつ、するの。最後の話」


「最後の日」


 だからそれがいつなのか、わたしは聞けなかった。


 嘘がひとつずつ増えていく。増えるたびに、最後の日が、一日ぶん近づいている。そういう数え方も、できるのだと、気づいてしまった。


 行列は、もう塀の穴に消えていた。最後の一匹が、本当の道を背負ったまま、穴の中へ入っていった。あとには、なんにも残らなかった。


 遠くで、また雷。


 雨は、とうとう降らなかった。


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